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30分後、コンビニの袋を提げたマサがチャイムを鳴らした。
「オジャマしまーす。お、なんかいい匂いする」
先程の電話での怒り声と打って変わり、上機嫌な様子だ。
「煮物と味噌汁と白飯、あと納豆。文句ねーだろ」
「十分。スゲーな」
マサと囲む暖かい食卓。俺の中であらぬ妄想が膨らむ。イヤイヤ。それより、さっきの話を、もう一度ちゃんと謝ろうと思っていたんだ。
「・・・なあ、今日はゴメン。元カノに余計な事聞いて」
マサが不機嫌になるのを覚悟して切り出した。するとマサは今度は困った様な顔で笑った。
「もういいって。どうせ杏奈が無理矢理付き合わせて勝手に喋ったんだろ」
もう怒っていない事ホッとはするが。それより何か、あの子とわかり合えている感じがムカつく。別れた元カノにまで嫉妬してしまう。
「なあ、二番目でも、やっぱりあの子も好きだった?」
「・・・じゃあナルはいつも一番好きな子と付き合ってた?」
俺の問には答えず、逆に痛い所を突かれた。俺は多分無意識でいつも一番はマサだった。
「そうだな。違うかも」
「だろ」
何が『だろ』かはわからない。ただ一番聞きたいマサの叶わない思い人が誰なのかという事は、口に出す事は出来なかった。
その晩もマサは泊まった。寝返りを打ったマサが抱き着いてきたまま眠っていたので、俺はまた眠れなかった。
眠い月曜日。いつもの朝カンファレンス。
今日のオペは、眼科の局麻、か。マサは・・・スパイン?じゃあ執刀医は太田じゃねえか。しかも外回りの研修でマサの元カノも入んの?!上も考えて組んでやれよ。
「ナル、シワ寄ってる」
横に立つマサが小声で言って自分の眉間を指差す。
「あ・・・」
「もしかして俺の心配してくれてた?」
「へ?!別にっ・・・いや、まあ・・・」
妙に歯切れ悪くなってしまう。この間からどうも調子が狂っている。
「俺ならダイジョーブ。じゃ、入り口まで患者迎えに行くか」
カンファが終わり、マサに背中を押される。
「ああ・・・」
溢れ出しそうなグチャグチャになった感情を抱えて歩き出すと、すぐに腕を掴まれてよろけそうになった。
「な、何だよ。マサ?」
俺の二の腕を引いたマサは耳元で短く囁いてきた。
―――俺がずっと好きなのは、ナルなんだけど?
「えっ?今、何て―――」
マサの事が好きで、好きで、好き過ぎて。そのせいで耳がおかしくなったのか?
「4時間半後、オペ終わるから。昼にでもナルの気持ちを教えてよ」
言ってマサは笑顔で入室した患者の元へと行ってしまった。