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こんなモヤモヤした頭ではバッシュを買えず、結局俺は家に帰り、昨日実家から届いた野菜で晩御飯を作っていた。
鍋を火にかけながら、今日マサの元カノと入ったコーヒーショップでした会話を思い出す。
『で、俺に何の話があんの』
『えー、なんか先輩冷たくなった。マーくんがどうしてるかなって思って』
『どうもこうも、別に変わんねーよ。ドクターに乗り換えたお前が心配する必要ないんじゃね?しかも太田だろ。訳わかんねーし。俺に聞くのもおかしいと思うけど?』
『なんか言い方にすごいトゲありますね!太田先生、ああ見えて実はすっごい優しいんですよ』
『知らねーって。第一マサだってめちゃくちゃ優しいだろうが』
『マーくんは優しいし大切にしてくれたけど、最後まで私を一番好きにはなってくれなかったですよ』
『は?意味わかんないんだけど』
『5年前私がマーくんに告白した時、言われたんですよ。叶わない人に恋をしてるから、一番好きにはなれない。ゴメンって』
『叶わない人?』
『そうですよ。それで二番目でもいいですからって言って無理矢理付き合って貰ったんですけどね。やっぱり私を一番好きになってくれる人が現れたら、それは嬉しかったんですよ』
『・・・それでも、乗り換えた事には変わりねーだろ』
『別れようって言った時のマーくんのアッサリした態度、先輩にも見せてあげたかったですよ』
何だよ、叶わない人って。聞いた事ねーっての。
「俺だったら、二番目は嫌だ」
鍋の中の豚バラとジャガ芋が、照りが出ておいしそうに色づいてきた。
そこに突然のメール着信音が鳴る。マサだ。
『ナル、今日杏奈といた?』
あのコーヒーショップにいた時、見られてたのか?脱力感を覚える。
「アイツは・・・」
もうそれには触れないで、返事を送ってやった。
『お前、他にずっと好きな子がいたのか?』
迷ったけど、送信ボタンを押した。こういう時、メールというのは一方的で便利だ。今の時代、告白も別れもメールというのも何となくわかる気がする。
そう思いながらどんな返事が来るのかと少し不安になっていると、次に携帯から鳴り響いたのはメール受信音ではなく電話着信音だった。
「ん?!」
ディスプレイに表情された名前はやはり、マサ。
「居留守、って訳にはいかねーよな」
やはり電話となると多少なりとも緊張する。
「モシモシ」
「あ、ナル?何だよさっきのメールは」
やっぱり・・・。しかも少し声が怒ってる?
「いやな、今日買い物に出掛けたらたまたまお前の元カノに出会ったんだよ。そんでそんな話に・・・」
「ナルには関係ないだろ!俺のいない所で杏奈とナルがそんな話するの、気分悪イ」
怒ってる。そりゃ内緒にしてた事を、元カノからバラされたら怒るよな。
「―――ゴメン」
「何で俺が怒ってるかわかってる?」
「え?だって、マサが内緒にしてた事を俺が勝手に・・・」
マサは電話口で大きな溜息をついた。
「もういい」
「えっ、ちょ・・・」
電話を切られてしまうと思い、引き止めようとすると、マサは全然別の事を口にした。
「メシ、まだだろ。食いに出掛けられる?」
「あ・・・悪い。今作り中で・・・」
「マジで?珍しいな。俺の分、ないの?」
まさかそう来るとは。やっぱりアイツも別れたばっかりで人恋しいのか?
「煮物だから沢山ある。・・・ビール買って来いよ?」
「ああ」
こんな状況でも、やっぱりマサと会えるのは嬉しかった。