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白馬の王子様は民主主義者の夢を見るか

作者: 廃くじら
掲載日:2026/10/26

「突き進め、勇敢なる同志たちよ! 今こそ我らの手で卑劣な専制主義者どもを打倒するのだ!!」

『オオオオオオオオッ!!!』


 赤毛の青年の檄に革命軍に参加した民兵が鬨(とき)の声を上げる。その人数と声量に相対していた兵士たちが怯んだのが目に見えて分かった。民兵たちが外壁の門を打ち破り城塞都市ラウスへとなだれ込む。革命軍に参加する民兵の大半は戦の経験のない素人だ。その武装は貧相で中にはただ棒きれを振り回して騒いでいるだけの者も少なくない。だがその兵数はこの地を防衛する国軍の五倍に相当し、相対する兵士たちは完全に呑まれていた。


 この時代エリン大陸では民主主義思想が台頭し、専制主義国家が衰退して民主主義にとって代わられる事例が多発していた。ここで起きていたのもそんな民主主義思想に端を発した革命の一つである。


 この地の革命軍を主導しているのはアイレンという名の赤毛の青年だった。マンスターの裕福な農家に三男として生まれたアイレンはかつて他国に遊説しそこで民主主義思想を学んだ。そして故郷もそうあるべきと信じ志を同じくする者たちと革命軍を組織し決起した。


 革命の舞台となったコーマック連合国は約20年前にミース国王であったコーマックが五つの王国を統合して出来た若い国家だ。英傑と名高いコーマック上王のもと連合国は外敵の侵略を退けかつてない繁栄を遂げていた。しかしその繁栄の裏で強引な上王のやり口に民の不満と不安は澱のように溜まり続けていた。


 大義はあった。コーマック上王の治世は安定していたが、その息子で後継者と目されているカルブレは粗暴でお世辞にも賢明とは言い難い。専制主義はその為政者が賢く強力である限り最も効率的な政治体制であろうが、為政者が愚かであれば途端に最悪の政治体制に変じ得る。ただ一人の為政者に自分たちの未来を委ねることの危険性は民衆も理解していた。


 勝算もあった。連合国は強大だが決して一枚岩ではない。八年前に連合の一つであるレンスター王国のクール王が謎の死を遂げ上王がその統治権を奪って以降、各国首脳と上王の間には隙間風が吹いていた。援軍が来る可能性は低く、上王の首さえとってしまえば連合は自然と霧散するだろう。そうすれば後は各国に潜んでいる同志たちが立ち上がり、民主主義が専制者による支配を打倒するに違いないとアイレンたちは信じていた。


「やっちまえ!!」

「もう俺たちは誰の支配も受けねぇ!」


 革命に参加した民兵の士気は高かった。


「我らには大義があり信念がある!! 支配者の犬に過ぎぬ雑兵如き恐れる必要はない!!」

『ウオオオオォォッ!!』

「ぐ……っ」


 都市内の市民にも革命軍に同調する者がおり、どこから敵が現れるか分からない状況に国軍は劣勢に追い込まれていた。


「や、止めてください! 私たちが何をしたっていうんですか!?」

「うるせぇっ! 革命に賛同しねぇってことは、あの専制主義者どもの肩を持つってことと一緒なんだよ!!」


 だが被害を受けているのは軍だけではない。革命軍の一部が暴徒化し無関係の市民に略奪や暴行を加えていた。


 反乱の指導者アイレンは同志たちの蛮行に顔を顰めつつも、それに目を瞑り味方を指揮し続けた。


「西の建物を盾に左翼を押し込め! 代官屋敷を占拠すればこの戦いは終わる!」


 上王がいる首都ナヴァンまではこのラウスを含め二つの街と一つの砦を超えて行かねばならない。ただでさえ物資が不足している現状、味方の士気を上げられるなら多少の略奪は黙認せざるを得なかった。


 ──今、我らが上王を打倒せねば将来においてより多くの血が流れることになる。


 アイレンは自分にそう言い聞かせ勝利を優先する。


「ああ! そ、それを奪われたら私たちは生きていけません……!」

「ガタガタぬかすな! 俺たちは革命のために命懸けで戦ってるんだ!! あんまりふざけたことぬかしやがるとぶち殺すぞ!?」

「そんな無茶苦茶な……!?」

「ちっ! 邪魔するなって言って──」


 苛立った革命軍の兵士が市民に錆びた剣を振り上げる。周囲の市民たちから短く悲鳴が漏れた。しかしその凶刃が振り下ろされることはなかった。



 ──ヒュンッ!!


「あがっ!?」



 どこからともなく飛来した矢が革命軍の兵士の頭蓋を貫き、兵士はその場に崩れ落ちる。同時にあちこちからざわめきが漏れた。


「……お、おい。あれは……!?」

「ああ。あの白馬、間違いない……!」


 騎兵の一団が戦場に姿を見せた。先頭に立つのは巨躯の白馬に跨る美しい金髪の若武者だ。


 その一団は数にして50騎前後。決して戦況を変えるほどの数ではない。だが彼らが現れた瞬間、戦場の空気が明らかに変わった。


「フィアナ騎士団……」


 誰かが言った。


 それはこのエリン大陸において最も誉れ高き戦士たちの名。


 古の時代に大陸各地を巡って民を守ったとされる流浪の自由騎士集団。


 時代の変化とともに一度は滅び、一人の少年によって再建された最も新しき伝説。


『…………っ』


 いつの間に国軍も市民たちも革命軍でさえも戦いの手を止めて静まり返りフィアナ騎士団の一挙手一投足に見入っていた。


「告げる」


 騎士団の先頭に立つ若武者が厳かに口を開いた。


「上王陛下のご下命により、この戦場は我らフィアナ騎士団が引き受けた。賊軍は武器を捨てて投降せよ」

『!』


 その言葉に国軍と市民たちは戦いに巻き込まれまいと蜘蛛の子を散らすようにその場から退いた。一方、賊軍呼ばわりされた革命軍の一人が若武者に言い縋る。


「ま、待ってくれ! 俺たちは──」

「総員、突撃準備」


 しかし若武者はその訴えを一顧だにせず、淡々と腕を振り上げた。


「蹂躙せよ」

『オオオオオオッ!!!』

『!?』


 若武者の号令で騎士たちが一斉に革命軍目掛けて襲い掛かった。数だけで言えば戦力差は20倍以上。普通なら騎士たちに勝ち目はない。


 だが文字通り一騎当千の騎士たちはたかだか20倍の差などものともせず革命軍の戦士たちを蹂躙していった。


「ひぃ……っ」

「おた、お助け──」


 その圧倒的な力の差に心挫かれた革命軍の戦士たちは次々と武器を捨てて投降していく。


「……そんな……なん、で……」


 革命軍の指導者であるアイレンは味方が総崩れとなっていく中、呆然と一人の騎士を見つめていた。


「貴方が、どうして……?」


 フィアナ騎士団の先頭に立って槍を振るう若く美しい金髪の若武者。


「何故貴方がコーマックに味方する! ディムナ王子!!」


 若武者の名はディムナ・マク・クール。コーマック上王に父を謀殺され国を奪われたレンスター王国の王子だった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 コーマック連合国はミース、アルスター、コノート、マンスター、レンスターの五つの王国からなる連合国家で、現在はミース国王で連合設立の立役者でもあるコーマック・マク・アルトが上王として国王たちを束ねている。


 ただし上王が直接統治するミース王国は他の四国に比べ領土も国力も小さく、元々連合は極めて微妙なバランスの上に成り立っていた。


 そんな中で起きたのが八年前のレンスター王国クール王の不審死事件だ。その死に上王が関与しているという証拠はない。だがクール王の死後、上王はレンスター王国に代官を送り込み、王の遺児であるディムナ王子が幼いことを理由に統治権を取り上げてしまった。そのあまりに素早く強引な動きから国内では上王がクール王を謀殺したのだろうとまことしやかに噂されていた。


 当時7歳だったディムナ王子は上王による暗殺を恐れた臣下によって匿われ、政変直後に姿をくらますこととなる。


 その後レンスター王国がミース王国の事実上の属国となり七年が経過。レンスター王国の民さえもディムナ王子の存在を忘れかけていた頃、彼は再び歴史の表舞台に姿を現した。


 ドルイド僧のもとで育てられたディムナ王子は伝説に謳われるフィアナ騎士団を再建し、北方から襲来した蛮族の軍勢を寡兵にて撃退。雄々しく成長した姿を人々に見せつけた。


 レンスター王国の民はディムナ王子の帰還に歓喜し、新たな王の即位を期待した。しかし上王は理由を付けてそれを認めなかった。


 母マーナと妹姫サドブを人質に取られていたディムナ王子は上王の決定を粛々と受け入れ、現在はフィアナ騎士団を率い各地の治安維持にあたっている。表向きはレンスター王となるための実績作りとされているが誰もそんなことは信じていない。ほとんどの者がいずれこの国の覇権を巡ってコーマック上王とディムナ王子の間で争いが起きるだろうと予想していた。


 革命軍の指導者アイレンもその一人である。


 ミース王国を攻めればきっとディムナ王子はフィアナ騎士団を率いてコーマック上王に反乱を起こす。いや反乱までいかずとも積極的に革命軍に敵対することはしないだろうと考えていた。


 上王を倒した後は対立する可能性もあったが、それでも人格者と評判で民衆からの人気の高いディムナ王子のこと。上王よりは話が通じる相手には違いないし、今の彼のおかれた状況を鑑みれば革命政府の幹部の座を提示すれば引き込むことも不可能ではない。少なくともアイレンたちはそう楽観視していた。




「ディム。賊の頭(かしら)だって奴を連れて来たぜ」

「…………」


 フィアナ騎士団の前に革命軍はほとんど碌な抵抗もできず壊滅し、降伏した。


 フィアナ騎士団に目立った被害はなし。革命軍の側もフィアナ騎士団が参戦して以降は数えるほどしか死者は出ていない。これは手加減されたというのもあろうし、心を折られて最後まで戦い抜くことができなかったというのも大きかった。


 最終的に捕虜となった革命軍の兵士は1000人近い。これだけの人数を収容できる施設が市内にある筈もなく、彼らは武装解除した上で都市外に身柄を移し駐留する国軍に見張らせていた。彼らの沙汰はこれから決まる。


 ディムナは主が逃亡して不在となったこの街の代官屋敷をフィアナ騎士団の拠点として一時的に徴発。自身は代官の執務室に陣取って被害を受けた街の復興指揮を執っていた。


「……キール。人前じゃ団長って呼べって言ってるだろ」


 ディムナは気安い態度で話しかけてきたキールタを半眼で睨みつける。部下であり幼馴染でもあるこの栗毛の騎士は主君の叱責を気にすることなく肩を竦めた。


「いいじゃねぇか別に。人目があるわけでもないんだしよ」

「あるだろ、そこに」


 ディムナの視線の先にはキールタが連れてきたアイレンがいた。反逆者にも関わらず手足を縛られてさえいない。しかし良からぬことを企めばその瞬間殺されるだろうことはアイレンも理解していた。


 キールタは飄々とした目に怜悧な光を宿しアイレンを横目に見る。


「そいつ、人なの?」

「それをこれから決めるんだ」

「っ」


 酷薄な二人のやり取りにアイレンは息を呑んだ。ディムナがアイレンに応接用の椅子に座るよう促して自身はその向かいに座る。キールタは二人から離れ、出入り口横の壁に背を預けてアイレンの背後に立った。


 アイレンが恐る恐る席についたのを見てからディムナは言った。


「さて、知っているかもしれんが名乗らせてもらおう。フィアナ騎士団団長ディムナ・マク・クールだ」

「……アイレンだ」


 ディムナはアイレンより一回り近く年下の筈だが落ち着いていた。アイレンはそんな彼に呑まれまいと虚勢を張る。


 王族相手に失礼な態度ではあったが、ディムナは気にした様子もなく続けた。


「そうか。早速だがいくつか確認させて欲しい。アイレン、君がこの街を襲った賊のトップということで間違いないかい?」

「違う」


 キッパリとしたアイレンの否定にディムナは無言で片眉を上げる。


「我々は賊でなく革命の志士だ。訂正してもらおう。それにトップと言うのも正確ではない。形式的に私がリーダーを務めさせてもらってはいるが、我々の間に上下関係はなく──」

「おい」


 ──スゥ


 アイレンの耳元で低い囁き声が聞こえ、喉に冷たいものが触れた。


「っ!?」


 いつの間にかアイレンの背後に接近していたキールタが、ナイフの刃先で薄くアイレンの首の肉をなぞる。


「何聞いてもねぇことベラベラ喋ってんだ? テメェはウチの大将が聞いたことにだけ答えてりゃいいんだよ」

「……っ」


 つい先ほどまで陽気に笑っていた騎士から抜き身の殺意をぶつけられ、アイレンは顔を引き攣らせて息を呑んだ。見かねたディムナが口を挟む。


「そこまでだ、キール」

「……しかしよぉ」

「さっき僕が言ったことを忘れたのか? こんなことで一々騒いでたら話が進まないだろう」

「…………」


 言われてキールタはディムナに呆れた視線を向ける。そしてアイレンから離れて再び壁に背を預けた。解放されたアイレンは血の滲んだ首を手でなぞり、恐怖を誤魔化すように皮肉を言う。


「……部下の非礼に謝罪の一つも無しかね?」

「する必要があるのかい? 罪人の立場でありながらその態度、当然殺される覚悟があってのことだと思っていたんだが……もし覚悟も無しに野良犬のようにキャンキャン吠えていたのなら君たちの評価を更に下方修正する必要があるね」


 アッサリと言い返されアイレンは悔しそうに歯がみする。そして視線を逸らして吐き捨てた。


「……同志たちの情報を話せというなら無駄だぞ。例え拷問されても仲間は売らん」

「興味ないよ」


 ディムナはそれに失笑を返した。


「君たちごときがこの10倍集まったところで私たちの敵じゃあない。それに情報なら今頃国軍がもっと口の軽い連中から聞き出しているだろうさ」

「っ! なら何故私をここに呼んだ!? 敗軍の将を笑うつもりか!?」

「そういきり立つなよ。私はただ君たちの話を聞きたいだけさ」

「……話?」


 アイレンが話を聞ける状態になったのを見てからディムナは言った。


「そうだ。君たちが何故こんなことをしたのか気になってね」

「……何故? 何故だと?」

「ああ。何か立ち上がらざるを得ない事情があったというならともかく、現状において上王陛下の治世は安定している。多少強引な所はあるにせよ、民にとっては公平で良い王であった筈だ。にも関わらず敢えて今君たちが蜂起した理由はどこにあるのか。私はそれが知りたい」

「…………」


 ディムナの表情からは彼が何を考えているのか窺い知れない。


 だがアイレンはチャンスだと思った。ディムナは自分たちに興味を持っている。話の持って行き方次第では彼とフィアナ騎士団をこちら側に引き込むことができるかもしれない。


「……例え現時点において上王コーマック・マク・アルトが優れた為政者であったとしても、将来においてもそうであるとは限るまい。人である以上は変心することもあるだろうし、裏では暗い企みを巡らせているのかもしれない。まして彼の後継者がどうかなど言わずもがなだ。たった一人の人間に自分たちの命運を委ねることがどれだけ危険なことか貴方に分からない筈がないだろう?」


 アイレンの発言はディムナが父王を謀殺されたと噂されていることを意識したものだったが、ディムナは特に感銘を受けたようには見えなかった。


「仮に陛下が変心したとて、それはその時考えればいいことではないかな。将来の不安を理由に現在の利益や功績を否定する必要はないだろう。まぁそれも一つの考え方ではあるかもしれないが、暴力的な手段に訴える根拠としては些か苦しい理屈に感じる。そもそも陛下とて国を自分の思うがままに出来ているわけではない。もしそうなら連合国などと言う統治形態をとる必要はないわけだからね」


 ディムナがどこまで本心を語っているかは分からない。だがアイレンは更に踏み込んで反論した。


「我々は目先の利益を問題にしているわけではない。人が生まれながらに持つべき普遍的権利と自由から目を逸らすべきではないと言っているのだ。今飼い主に恵まれているからとその状態に甘んじているのでは家畜や愛玩動物と何ら変わりがないではないか。人が人たる所以とは己の足で大地に立ち、己の手で人生を切り開くことにこそあるのだ」

「人権思想、民主主義というやつかい」


 ディムナはアイレンの言葉を肯定も否定もしなかった。その上で問いかける。


「その民主主義とやらはそれほど素晴らしいモノなのかな? 私も他国でそうした思想と制度が台頭していることは知っているが、実際にそれが上手く機能しているとは寡聞にして聞かない。民衆に意思決定権を委ねた結果、自分たちに都合の良い主張ばかりが飛び交うようになり衆愚政治などと揶揄されているとも聞くよ?」


 ディムナの発言は事実だ。残念ながら現時点においてこのエリン大陸では民主主義が正しく機能しているとは言い難かった。


「それは違う」


 だがそれでもアイレンはディムナの言葉を否定した。


「確かに貴方の言うように今のところ民主主義をとった国が上手く行っているとは言い難い。だがそれは彼らが従来とは異なる新しい仕組みに取り組んでいるからだ。誰もやったことがないことに取り組んでいるのだから問題が起きない方がおかしい。そのことを以って慣れた従来の仕組みの方が優れているというのは不公平な論法だろう」

「なるほど」


 ディムナはアイレンの主張に頷き理解を示す。そのことに気を良くしたアイレンは続けた。


「そもそも専制政治において為政者がどれほど優れた統治を行おうと、それは決して民主政治に及ぶものではない。何故なら自分の人生の責任を他人に委ねる生き方は家畜のそれであって人間がとるべき道ではないからだ。専制政治の罪とはまさにそれで、人民が失政の責任を為政者に負わせることで、彼らから人としてあるべき自立心を奪ってしまうことにある」

「ふむふむ。それが君たちに実現可能なものかはさて置くとして、理屈としては美しく聞こえるね」


 ディムナの反応に失笑の色を感じとり、アイレンはついカッとなって熱弁を振るった。


「理屈だけではない! ここで我らが死んだとしても一度芽吹いた民主主義は決して枯れはしない! 我らの信念と正義がいつか専制政治を打ち倒す! 必ずだ!!」


 アイレンは荒い息を吐いてディムナを睨みつけた。


 ──パチパチパチパチ


「そうか素晴らしい信念だ」


 そう言ってディムナは拍手した。しかしその表情は全くアイレンの主張に感銘を受けた風には見えなかった。


「だが私の思うところ、君の主張には少なくとも三つの穴がある」

「なんだと……?」


 ディムナは一本一本指を立てながら告げた。


「一つ、信念や想いの強さで結果が変わるなら誰も苦労はしない。戦場では誰だって生きたいと強く願っているのだからね。二つ、君たちの信念は君たちの行動の犠牲となった民には何の価値もありはしない。彼らにしてみれば君の信念とやらは愚行を糊塗するための言い訳にしか聞こえないだろう」

「っ!」


 ディムナの指摘にアイレンは顔を歪める。そして続く三つ目の指摘にアイレンは虚を突かれた。


「三つ、仮に民主主義が君の言うように素晴らしいものだったとして、君たちはそれを担うに相応しい人間なのかい?」

「────」


 言われた意味が分からず目を瞬かせるアイレンにディムナは苦笑を深めた。


「分かりにくいなら言い換えようか。君たちは上王陛下から権力を奪取して具体的にこの国をどうするつもりだったのかな?」


 アイレンはディムナが何を聞きたいのか分からなかった。だから反射的に頭の中にある定型文を口にする。


「それは……一部の特権階級から民衆に権利を取り戻し、国を正常な状態に──」

「聞きたいのはその先だよ。一口に民主主義といっても骨子となる制度から具体的な施策まで色々あるだろう。そうしたビジョンや国を運営する人材にあてはあるのかい?」


 当然アイレンの頭の中にも、そうした国のイメージはあった。彼なりにこうしたい、こうあるべきだという理想像や腹案は持っていたのだ。だがそれを改めてディムナに問われ、自分の考えに自信を持てなくなったアイレンはつい玉虫色の回答を口にしていた。


「……それはこれから皆で話し合って決めるべきことだ」


 その答えに今度はディムナも隠すことなく失笑した。


「要は何も決まっていないか、腹案はあっても口に出せるほどのものではないということだね」

「!」

「話し合いとは利害関係者の利益の奪い合いであり妥協点を探る場だ。そんなやり方でまともな結論が出るとは思えないな。いや世の中には一人で考えるより相乗効果で素晴らしい意見が生まれると考える向きもあるらしいが、残念ながらそんな賢明な事例は極めて稀だろう。独裁者の愚行を恐れる君たちが民衆の賢明さに縋るというのは矛盾しているように思うね。少なくとも今この時代に生きる我々はそれほど賢明とは言えまいし、人は数が増えれば増えるほどいくらでも愚かに無責任になれる生き物だ」


 ディムナの発言はこの大陸における民主主義の課題を正確に言い当てていた。


 この時代の市民の教育レベルや政治的習熟度はお世辞にも高いものではなく、政治参加といっても彼らは無秩序かつ無責任に自分たちに都合の良い要求をがなり立てることしか出来ていなかった。新たに成立した民主主義国家の大半は衆愚政治が蔓延しすぐに機能不全に陥っていた。


 比較的上手く行っている事例がないではないが、そうしたケースでは代表者に極めて強い権限が集中し、結局市民は自分たちの意思で新たな独裁者を選んだだけという何とも皮肉な事象が発生していた。


「それは違う」


 アイレンは目の前の王子が民主主義の実態について自分が想像している以上に詳しいことを理解した上で反論した。


「先ほども言った通り今はまだ試行錯誤の段階だ。現時点における未熟さが制度そのものを貶める理由にはならない」

「ふむ」

「何より重要なのは市民が政治に責任を持つことだ。その結果がどうあれ権利と責任こそが人を成長させる。政治の失敗や害悪を自分たちの責任と捉えることで、人は自立した人間として生きていくことができるのだ」

「なるほど。君の言いたいことはよく分かった」


 ディムナは熱のない瞳と声で言った。


「つまり君は『分別のない子供の成長のために彼らに政治権力を与えてみよう。きっと彼ら──いや自分たちは成長してみせるし、その為なら多少の問題には目を瞑るべきだ』と言いたいわけだ」

「そんなことは──!?」


 露悪的な物言いにアイレンは反論しようとするが、ディムナの冷えた目を見て最後まで言葉を発することができなかった。ディムナは更に続ける。


「だが君の言うように権利や責任が人を成長させるというならば、この世に愚かな王や腐敗した貴族など存在しないことになってしまう。それだけで成長し自立した人間になるというのはあまりに希望背的観測が過ぎるように思うし、悪く言えば責任の丸投げだ」

「……それでも、全ての人間が子供のままではないだろう」

「勿論それは否定しないよ」


 アイレンの苦しい反論を首肯した上でディムナは言った。


「けれど現実が見えているとも思えない。そもそも市民が政治に責任を持つことが重要と言うが、その責任とはいったいどの程度の重みを持つんだい?」

「……何だと?」


 アイレンはディムナが何を言っているのか分からず、訝し気に眉を顰めた。


「人口数十人程度の寒村ならともかく、大都市なら人口は数千から数万に届くだろう。国全体なら数十万、あるいは百万人を超えるかもしれない。民主主義の理屈で言えばそれら全員に平等に政治に関わる権利を与えることになるのだろうが、果たして一万分の一にも満たない責任と権利にどれだけの人間が真剣になれると思う? 結局自分一人の言葉になんて価値はないと政治への無関心が進むだけではないのかな?」

「!」


 アイレンは虚を突かれた顔をした。


「それは……きちんと市民に説明すれば──」

「選挙の時だけ投票に行くぐらいはするかもしれないね。ただしそれで政治の良し悪しをどこまで判断できるかは怪しいものだし、結局衆愚政治ってやつの温床になるだけじゃないかな」

「…………」


 民主主義を先行して導入した国では既に投票率が低下し、政治への無関心が問題視されているという話はアイレンも知っていた。アイレンはそれを市民の意識を変えることで改善できる問題と楽観視していたが、これは単に投票率を上げれば良いという話ではない。形だけの投票ではディムナの言うように衆愚政治が蔓延る原因となるだけで、市民に政治の良し悪しを判断できるだけの高度な教育と意識を持たせねば根本的な解決とはならない。しかし果たしてそれにどれだけの時間と労力がかかるのか。また市民の側も一万分の一にも満たない責任と権利のためにどこまで本気で取り組んでくれるのか。


 現実が見えていないというディムナの言葉に、アイレンは反論出来なかった。


「だから私は君に訊ねたんだよ──民主主義が君の言うように素晴らしいものだったとして、君たちはそれを担うに相応しい人間なのか、とね」

「…………」


 そうだと言い切ることは簡単だった。けれどアイレンはその言葉を口にすることができなかった。


 ディムナはそんなアイレンにどこか同情するような目で続ける。


「国の未来について碌なビジョンもなく、ただ受け売りの理想を語るだけ。責任を負うと言いながらやっていることは責任の分散と押し付けだ。そんな形だけの民主主義を導入して『政治の害悪の責任は、その政治家を選んだ自分たちにある』なんて殊勝なことを言える人間がどれだけいると思う? どうせ最後は『自分たちの信頼を裏切った政治家が悪い』とでも言って責任を押し付けて終わるんじゃないかな」

「…………」


 その光景がありありと想像できてしまい、アイレンはキュッと口を噤んだ。


「民主主義によって生まれるのが権利を主張するだけで政治に無責任な無数の市民だとしたら、それは君たちが打倒しようとしている血筋にあぐらをかいた王侯貴族と何が違うんだい?」

「…………」


 痛烈な皮肉にアイレンは反論の言葉が思いつかなかった。そんな彼にディムナは憐れみに満ちた目で告げた。


「民主主義と言う理想が美しいことは認めよう。だがどれほど美しい貴婦人を娶ったからと言って君自身の価値が上がるわけじゃあない。君はまず民主主義という美女に相応しい男になってから求婚すべきだったね」

「────」


 理想や制度がどれほど素晴らしくともお前たちはそれに釣り合わない。その言葉にアイレンは頭を殴りつけられたような衝撃を受け視界がぐらぐらと揺れた。


 そんな彼を見てディムナはこれ以上は話をする価値はないと判断しキールタに命じて下がらせようとした。


「キール。用は済んだ。彼を──」

「仮に!」


 しかしディムナの言葉を遮ってアイレンは言った。


「仮に我々が民主主義に相応しい人間ではなかったとして! だがそれは今のまま専制政治が存続することを肯定する理由にはならない筈だ!!」


 それはただの論点のすり替えだったが、ディムナは黙ってアイレンの言葉の続きを聞いた。


「たった一人の人間に全てを委ねる危険性を軽視すべきではない! いざその危険が目の前にやってきた時、私たちにそれを跳ね除ける牙があるという保証はどこにもないのだから! コーマック上王は今は民にとって良い主人かもしれないが明日もそうであるとは限るまい! そのことを貴方は誰より理解している筈だ!! 父親を上王に殺され、母と妹を人質に取られ、むざむざ国を奪われた貴方ならば!!」


 その叫びに背後のキールタが再び殺意に満ちた目を向けたことをアイレンは気づかなかった。


 一方ディムナは表情一つ変えずに告げる。


「そうだな。だからもしこれから先、上王陛下が為政者として道を外れることがあれば、その時は私が陛下を殺すよ」

「────」

「どんな手段を以てしても私が陛下を殺して、その首を挿げ替える。それが私の責任だ」


 主君に対する叛意ともとれる覚悟を口にしたディムナにアイレンは言葉を失う。ディムナは更に続けた。


「それと政治に携わる人間の腐敗や変心を問題とするなら、それは民主主義も同じことだろう。仮にこの先理想的な民主主義国家が成立したとしても、民が建国の理念を忘れず賢明であり続ける保証はどこにもない。むしろ人権というぬるま湯に浸かった人々の心は緩やかに劣化していくのではないかな? そして一度腐敗した人心を元に戻すのは簡単なことではない。国が過ちを犯した時、為政者が王や貴族であればその首を挿げ替えれば済むが、民主主義国家の場合はどうすればいい? 責任を取って民を皆殺しにでもするのかい?」

「…………」


 俯き沈黙するアイレンに、ディムナは改めてこの対話の意図を伝えた。


「この後、君たちは王都に移送され裁判にかけられることになる。恐らく大多数の者は奴隷に落とされ強制労働に従事。主犯格の君たちは裁判の結果次第だが……最悪の場合、一族連座での死罪もあり得るだろう」

「っ」


 自分だけでなく家族まで連座で殺されるかもしれないという現実を突きつけられ、アイレンの顔から血の気が引く。


「私は直接裁判に関わることはできないが、意見を添えて記録に残すことぐらいはできる。せめて君たちが命を懸けて叶えようとした理想について、どんな形であれ後世に残すことができればと思って話を聞いたわけだが──残念ながらその価値はなかったようだ」

「!」

「もう用はない。キール、連れていけ」

「りょーかい」

「待て! まだ話は終わっていない!! 私は──ごふっ!?」


 するりと影のように忍び寄っていたキールタがアイレンの首を鷲掴みにして宙吊りにし、器用に頸動脈を圧迫して意識を奪う。そして気絶したアイレンを肩に担いで執務室から出て行った。




 暫くしてアイレンを連行したキールタが部屋に戻ってくると、ディムナは一人黙々と書類仕事を行っていた。


 キールタはそんな主人に近づくと、何気ない口調で言った。


「良かったのか、あれで?」

「……何が?」

「さっきの野郎、頭は沸いてるけど市民への影響力はそれなりなんだろう? 上手く取り込めば役に立ったんじゃないか?」


 キールタは『何に』役立つかは口にしなかった。ディムナは書類から顔を上げることもせずアッサリと言った。


「必要ない。あんな連中と手を組んでも将来刈り取る首の数が増えるだけさ。100年後ならともかく、僕が生きている内にあの連中と手を組むことはないよ」

「……それもそうだな」


 キールタはあっさりと認めて肩を竦めた。そして机の上に置かれたまだインクの乾いていない書類にふと目をやる。そこには次のような一文が記されていた。


『今回の反乱の首謀者は民主主義思想に毒されただけの一般人であり今回の失敗により既に求心力を失っている。しかし厳罰を加えればその犠牲が民主主義者の間で神格化され、却って他の地域における反乱に波及する恐れあり。戦時における捕虜として扱うことを推奨する』

「…………」


 それは表現はともかく、内容としては今回の反乱に参加した革命軍について寛大な処置を求める意見書だった。


 キールタが意味ありげな視線を向けていることに気づいたディムナは一瞬だけ顔を上げ、感情の分かりにくい顔と声で言った。


「言っただろう。思想そのものを否定するつもりはない、って。芽吹くかどうかは知らんが、残しておけばいつか未来で誰かの役にたつこともあるだろうさ」

「ふ~ん」

連載用に考えているネタのプロトタイプ。

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