誇らしい毛
掲載日:2026/06/09
冬の朝、川べりを歩いていると、犬が一匹こちらを見ていた。
首を高くし、耳をぴんと立たせ、胸を張っている。別に威張っているわけではない。ただ、自分の毛を着ているだけである。
獣というものは不自由だ。暑いからといって脱ぎ捨てることも、寒いからといってもう一枚重ねることもできない。ただ季節に従って、生えたり抜けたりするのを待つだけである。色も形も自分では選べない。鹿は鹿の毛を、狐は狐の毛を、生まれてから死ぬまで着続ける。衣装箪笥もなければ、流行もない。
ところが、その姿には妙な迷いがない。
自分の毛が少しぼさぼさでも、色がくすんでいても、それを恥じているようには見えない。たった一着しか持たぬ服を、黙って着ている。
人間は違う。
何枚でも服を持てる。色も形も好きに選べる。季節ごとに替え、気分ごとに替え、時には昨日と別人のような格好にもなれる。
自由である。
けれども、その自由のなかで、人はしばしば鏡の前に立ち尽くす。
これでよいのか、似合っているのか、誰かに笑われないか。
服を選ぶ自由を手に入れた代わりに、服に選ばれる不安も背負いこんだ。
獣は毛を替えられない。
人間は服を替えられる。
どちらが不自由なのだろう。
川べりの犬は、そんな問いなど知らぬ顔で歩いていった。
唯一の服を誇らしげに揺らしながら。




