第一話「黒いうんこ計画」
誰もが思ったことがあるだろう。
うんこの色を自在に変えてみたいと。もちろん私もそうだ。
もちろん、私は本気だった。
きっかけは小学生のころだった。
夏祭りで、私は青いかき氷を食べた。
舌が青くなるのが面白くて、鏡の前で何度も口を開けていたのを覚えている。
そして翌日。
私はトイレで、人生で初めて“茶色以外”の可能性を見た。
ほんの少しだけ、緑がかっていたのだ。
私は便器を見つめながら思った。
「食べたもので、うんこの色は変わる」
その瞬間から、私の研究は始まった。
とはいえ、当時の私は子供だった。
できることには限界があった。
海外の極彩色グミを食べ、翌朝の便器に期待した休日。
焼き芋を二本食べた翌日に、いつもより黄色みが強かった気がしてノートに記録した夜。
ぶどうジュースを二本飲み、腹だけ壊した秋の日。
あの頃の私には、できることが少なすぎた。
だが、大人になった今は違う。
私はスーパーの食品売り場を静かに歩いていた。
目的はただ一つ。
黒いうんこ。
まずは、最も再現性が高いと考えられる色から始める。
スマホのメモ帳には、すでに候補が並んでいた。
・イカ墨
・黒ごま
・ひじき
・海苔
・ココア(大量)
完全犯罪の準備のような一覧だった。
私は棚の前で立ち止まり、イカ墨パスタソースを手に取った。
裏面の原材料欄を確認する。
イカ墨色素。
私は小さく頷いた。
隣にいた親子連れの子供がこちらを見ていた。
たぶん、目が怖かったのだと思う。
帰宅後、私は薄暗い部屋でパスタをすすった。
テレビもつけない。
BGMもない。
ただ静かに、“黒”を体内へ送り込む。
私は、その瞬間だけは研究者になった気分だった。
食後、私はスマホのメモ帳を開いた。
『22:14 イカ墨パスタ摂取完了』
そこまで入力してから、自分が少し笑っていることに気づいた。
いよいよだ。
長年追い求めてきた領域へ、私は今、踏み込もうとしている。
そして翌朝。
私は、便器の前で息を呑んだ。
黒い。
明らかに、黒い。
私は一度、トイレの電気を消した。
見間違いの可能性を排除するためだった。
数秒後、再び電気をつける。
黒い。
やはり黒い。
私は便器へ少し顔を近づけた。
昨日まで存在しなかった色が、そこにあった。
「……成功だ」
私は静かに拳を握った。
鼓動が速い。
だが、不思議と恐怖はなかった。
未知へ到達した人間は、きっとこういう気分なのだろう。
だが、その直後。
スマホで検索した私は、凍りついた。
『黒色便 消化管出血の可能性』
一瞬で達成感が吹き飛んだ。
私は急に不安になり、その日だけで五回もうんこを確認した。
六回目には、少しだけ普通の茶色に戻っていた。
私は、心の底から安心した。




