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運命との出会い

ジャンルは……冒険ものであっているんだろうか?

結構カオスな内容になりそうだからジャンルがこれで良いのか心配です。

多少暴力的な表現が含まれますが、文章が堅い上に露骨過ぎて、全くグロさを感じません。そんな感じです。

こんなの残酷な描写に入るのか解らないけどとりあえずチェック入れておきます。

新月。何も照らすものが無く、ただそこには鮮血が舞うだけだ。

いつもあるはずのものがない世界で、白銀の髪を怪しく光らせながら、忌まわしき異形(いぎょう)が見下ろしている。

「とりあえず……左腕一本でどうやって戦うつもりなのか……教えて貰いたいのだが。」

異形は嘲笑いながら、尚もこちらから目を逸らす事はしない。

右肩から右手の指先まで、完全に感覚が無い。

……いや……これまであった筈のモノが突然無くなったせいで、感覚がついてこない。

身体が……脳が……まだ、右腕が丸々抉り取られた事に気付いてくれない。

次に感じたのは、火傷しそうなほどの熱。

……熱い。………熱い?

そこまで右腕があった筈の場所に、焼いた鉄を押し付けられた時のような熱を感じる。

……何故だ?……痛みではなく熱?

これまでに無い感覚……当たり前だ。腕が根元から無くなるなど、普通では起こり得ない。

その腕でさえ、異形に触れた途端に灰となって消えた。

何かがおかしい。夢か……?しかしこれは……悪夢よりもタチが悪い。

「人間は……腕一本無くなっただけで大人しくなるのだな……。」

……本当に……タチが悪い。目の前の異形といい、右肩から下のそれといい、普通の人間には、平常心でいろというのは無理な話だ。

「く……はぁッ……お前には…人間なんて……どうでもいいんだろうな。俺も……運が悪いな……。殺るなら早く殺れ!!」

「どうでもいい?それは違うな。貴様を殺す気も無い。まあ……たしかに普通の人間には興味など無いが、貴様等は違う。“アビスの子供”……貴様等は神王のスフィアを持っているのだろう?」

剣が持てない。しかし得物は刀身こそ長いが、ただの片手剣。片手でも持てるサイズだ。

左手は健康体。だが持とうとするとやはり利き手ではないため、全身に力を入れることになる。右腕がこれでは力が入れられない。持ったところで剣を振るのさえ不可能だ。

魔法は初級がようやく使えるようになった程度。こんな別次元の異形に効くわけがない。

「“アビスの子供”なんて……俺は知らない!スフィアも持っていない!!」

痛みを堪えて叫ぶ。同時に力が入ってしまい、傷口からは更に血が吹き出る。

「ぐ……ああッ!!?」

「それはもう聞き飽きたな。『人の器纏う亜存在』……それが“アビスの子供”だ。」

「この身体は……器じゃない!……俺自身の身体だ!!」

「貴様が知らんのも無理は無い。肉体の継承は、この世に産み落とされるのとほぼ同時に行われる。」

意識が朦朧とする。

右腕が身体から離れてどのくらいたっただろうか。

地面には鮮血が飛び散っている。にも関わらず、異形には一滴も血が飛んでいない。

この異形が何者なのか、見当がつかない。唯一解るのは、こいつが人間ではないこと。

異形と呼ばれる存在であること。

神王のスフィアを求めている時点で普通ではない。良識のある人間ならば神の結晶とも呼ばれるほどの輝石を普通の人間が持っているなど考えるわけがない。

「俺の……住んでた村では……そんな事はしてない!!」

「無知というのは楽だが……辛いものだな。」

異形は嘲笑うように微笑しながら、掌をこちらに向ける。

意識が遠のいていく。さっきまでこの異形に対して感じていた憎悪と恐怖……それらが全てどうでもよくなってくる。

膝が地面につく。

五体が痺れていく。

指先の感覚が無くなる。

瞼が重くなる。

………。


小さな民宿の一室に、柔らかな朝の日差しが差し込む。

壁にはこの民宿の主人の趣味なのか、南国風の仮面や、東洋の武器のレプリカなど、様々な骨董品が立て掛けられている。

しかしいかに大国の都の宿でも、森の中のこの宿には滅多に人など来ない。

この森はとある理由で開発できず、今でもこうして大都市の一部として人の手を加えられることなく残っている。

この日は珍しく、そんな宿の一室で朝を迎える者がいた。

「……ん……朝…か?」

見慣れない布団の上で目を覚ます。

東洋風の黒髪を持った、15、6歳くらいの少年である。髪は男にしては長めで、女性のショートカットより少し短いくらいだ。

深い紺色の瞳には、西洋風の白く清潔な天井が移る。

壁に立て掛けられた骨董品といい、この建物の建築様式といい、昨夜は気にならなかったが、この部屋、かなり混沌としている。

そのまま起き上がり、ぼさぼさの頭を掻きながら辺りを見る。

「………ん~と……とりあえず今日中にギルド本部に着くかな……。」

寝ぼけ眼でそんなことを呟きながら窓を開ける。

窓の外は木々が生い茂り、葉の隙間から僅かに日の光が覗く。

この風景だけを切り取ればかなり平和に見える。しかし現実は違う。

数年前、突如地底より出現した異形達によって、とある国の都は1時間で陥落させられた。世界で最も力のある大国、アムニスだった。

異形はその後、3日で大陸の半分を制圧し、その大地を“黒く”染めていった。

そこで残された国々では元々地表に迷い込んだ異形達を討伐してきたハンターや、異形を研究材料としていた魔道士たちを招集し、異形達を討伐するためにギルドを立ち上げた。

国家により立ち上げられたギルド……その待遇もかなり魅力的で、ギルドに参加するものもどんどん増えていった。

その本部が置かれているのが、今では世界最大となった魔法大国エストだ。

この森の周辺はそこまで賑わっていないが、もう少し中心部へ近づけば、賑わいある中心街が見えてくる。ギルドはその丁度中央に位置しており、どこからでも来易くなっている。

この森からでも、歩きで半日も掛からない。

少年はまだ少し寝ぼけながら、寝間着を脱いで黒を基調とした薄手の服を着込む。

最後に少々厚手のマントを羽織り、腰に短刀を提げた。マントは全身をすっぽり包むタイプのもので、胸部にはギルドのシンボルが刺繍されている。

「しかし……いつ見てもでかい森だな……。」

都の東側は、この森を通らなければ街へ行く事はできない。そのため東側から来る人間は決まってこの森を通る筈なのだが、実際はそんな様子は無く、常に静寂を保っていた。

「ふぇぇっ……す…すいませんでしたぁ~~!!」

……この日を除いて。

「誰だ!?」

「た……助けてくださいぃ~~!!」

少女の声がする。声色からして、かなり幼い。こんな森の中で何をしているのだろうか?

少しの間考え、少年は声のした方へと走る。

「どうした!?」

茂みを越えると、数匹の異形が少女に襲い掛かっている。少女の方は少年より少し幼いだろうか。森を越えている途中、親とはぐれたのだろう。しかし、異形がこの森に出るとは……少年は幾度と無くこの森を渡っているが、異形がこの森に出たのを見るのはこれが初めてだ。

あれこれ考えているうちに、異形の中の一匹が少女に飛び掛かった。

「きゃあッ!!?」

少女は腰が抜けてしまったのか、動けないままその場に留まってしまう。

少年は咄嗟に足元に落ちていた大き目の岩を投げつけた。

そのまま異形に辺り、少女の目の前で蹲る。

それを見た他の異形達は少年の存在に気付き、一斉に飛び掛かってくる。

「チッ……今は手持ち……ダガーナイフだけなんだよな……。」

腰に提げた短刀を抜き、静かに胸の前で構える。

相手は獣……狼に近い姿をしている。しかし影のように暗く、黒い。その姿をはっきり確認する事は難しい。むしろこれが彼等の姿なのだろう。

異形の一匹が飛び掛かってくる。それを少年は瞬き一つせずにぎりぎりのところまで引き寄せ、口の部分に短刀の峰を当て、そのまま強引に払い飛ばす。

こんどは逆手に持ち替え近くで怯んでいた一匹を左手一本で捕まえ、これまた強引に、腕の力と短刀だけで引き裂くように真っ二つに割ってしまった。

ここまでかなり強引で荒々しい戦い方に見えるが、実際はどれも構えたままほとんど姿勢を変えず、しかも動作には力をほとんど入れていないように見える。

彼自身細身で、決して筋肉があるわけでもない。そのため、尚更それは奇妙な光景に見えた。

だが雑な戦い方をしているのは事実で、姿勢を変えずに避けもしないものだから、全身に噛み付きや体当たりを受け、ところどころ痣が出来ていたり、血が滲んだりしていた。

左足に関しては、先程岩をぶつけた異形に完全に喰らいつかれている。そこからは鮮血が飛び散り、辺りは真っ赤に染まっていた。

「ッ!!……足か……!!」

ようやく痛みを感じたのか、左足に喰らいつく異形の首を掴み、右足でその身体を踏むに近い形で蹴り続ける。

そういえば少女はどうしたのだろうか……。

気になって先程少女が居た筈の岩陰に一瞬目を向ける。

……いない……。

当然だ。自分より少し年上くらいの少年が、いきなり血を流しながら戦い始めれば、どんな子だって怖がる。

……どちらにせよ、怖がられるのは慣れている。

この身体を持ってしまってから、この世に生まれたあの日から、この人間離れした力を持つ“器”の所為で、周りの人間に避けられ続けてきた。

今もそうだ。だからこそ、今度こそ心が折れてしまったのかも知れない。

彼が痛みを感じることは滅多に無い。それこそ、足の骨に届くほど深い傷を受けでもしない限り、彼が痛みとして認識する事は無い。

決して神経が狂っているとか、そういう訳ではない。しかし、ただ我慢強いだけでもない。

彼の身体のつくりは、根本的に普通の人間とは違っている。

……その所為で忌み嫌われていた。異形のように。

少年はその場で膝を折った。そのままうつ伏せに倒れ込む。

それを好機と思ったか、異形達が一斉に飛び掛かる。

「ハハ……まさか、良い事と思ってやって、拒絶されるのもわかってやったのに……何で後悔してるんだろうな……。」

肩や脇腹に痛みを感じる。ここまで痛いのは……きっと肉が、多少持っていかれたのだろう。

……目の前の草が揺れる。

朦朧とした意識の中に、異形達の放つ悪臭の中に、木々の間を風が吹いているのを僅かに感じる。

「懐かしい……感じがする……。これは……?」

今度は強く、風が吹き荒れる。

風に、歌のような弾む声が聞こえる。

“我、願う。彼の者に安らぎを……。我、欲す。汝の力を……。”

弾むように幼く……しかし、囁くような静かな声……。

身体が軽い。痛みも消えている。

「なん……だ……?」

先程の鬱々とした感情も、今は無い。足が身体を支える。手が短刀を握りなおす。

何が起こったのかは解らない。ただ、肩にも、脇腹にも、あれほど激しく噛まれていた左足でさえ、傷一つ残っていない。

とにかく身体が動こうとする。

「何が……起こったんだ!?」

身体が勝手に動く。短刀が何かに導かれるように異形達を斬り倒す。

先程とは違う動き。無駄な力が入っていない。鮮やかな軌跡を描きながら、流れるように異形を真っ二つにする。

全身を使って異形の攻撃を全て避け、流れるような動きで反撃に転じる。

飛び掛かってきた異形を紙一重でかわして後ろから蹴飛ばし、そのまま短刀を左手に持ち替えて、再び足に咬みつこうとするもう一匹の下顎を抉る。

戦い方に、先程のような強引さは微塵も無い。最小限の動きで異形の攻撃を避け、最小限の力で斬り捌いてしまう。全く別人の戦い方だ。

「はあ……はあッ……!!」

慣れない動きをしたため、呼吸が落ち着かぬまま、その場に倒れ込む。

気付くと辺りは異形の屍骸で黒く染まっていた。

「そういえば……あの子はうまく逃げたかな……。」

最初、異形は何匹居ただろうか……ここに居る屍骸は十匹と少し……初めは……?

初め、少女を見つけた時の状況を思い出す。

……。

………。

一匹……足りない……!?

少年は走り出していた。

先程まで息を切らしていたのも忘れて体力の続く限り、走る。

強い風を感じる。走っているというのに前方からではなく右から。

ふと右を見てみると……少女が倒れている。

「ッ!!?……おい!!大丈夫か!?」

少年は血だらけのマントを翻し、少女の方へと駆け寄る。

咬まれた痕は無い。その他、傷を負った形跡も無い。

少女はまるで、死んでいるかのように、静かに眠っている。僅かながら寝息が聞こえる。死んではいないようだ。

「ふぅ……良かった……。」

じゃあ……もう一匹の異形は何処へ……?

………。


とりあえず……街まで連れて行こう。このまま放っておく訳にはいかないし……親探しも街に着いてからにしよう。

血の匂いのするマントを脱ぎ捨てて肩に掛け、その綺麗な白い肌や淡い水色の髪に血が付かないように、細心の注意を払って抱き抱える。

「よいしょ……っと……かなり軽いな……。」

少女は12、3歳くらいだが、それにしては軽すぎる。重さは10歳の少女くらいだ。

「ちゃんと食ってんのか……?」

身体も細い。が、食べていないという程痩せてはいない。背も低く、全体的に小さい感じのシルエットだが、それもそこまで小さい訳ではない。全て年齢相応だ。

腰まで届く長い髪、神々しいまでに白い肌、これで眠っているのだから、その姿はまるで時の止められた人形のようだった。

そのまま立ち上がり、街に向かって歩き出す。

この軽さならば戦闘後でも苦にならない。この調子なら夕方までにはギルドに着くだろう。

少年は先程のことを思い出し、少女のことについて考える。

「この森で……異形が出現するなんて……。突然異形が現れて……逃げているうちに親とはぐれた……とか?」

流石にそれは……なんというか……無いよな。

いや……このくらいの子なら……あり得るのか?

この子が目を覚まして……俺を見たとき、どう思うだろうか……?

「普通は……怖がるよな……。」

当たり前だ。血だらけで戦っているのを見られたわけだし……。

常人から見たら化け物と変わらない。いくら幼くても、このくらいになればそれは解る。

「この子が目を覚ます前に……街に着きたいな……。」

異常な事態に巻き込まれていた少女……妙な懐かしさを感じるが、自分のことを拒絶しないとは限らない。

「何故だろう……今は拒絶されるのが……怖い。」

寒気がする。感じた事の無い寒気。気持ち悪い。

なんだ……この死ぬ時に感じるような……妙な寒気は……?まただ……また意識が朦朧としてきた。今日は多いな……。

何度も倒れそうになる。その度に踏みとどまる。

少女を安全な所へ……街へ連れて行かなければ……。

その意志が、彼の意識を現実に繋ぎ止める。

………それからどのくらい歩いただろうか……。

街は未だに見えない。しかし、日は既に沈みかけている。思い通りに歩が進まない。

「なんだ……この感覚……寒い。」

額には冷や汗が滲む。今までにこんな感覚を感じたことは無い。

少年はとうとうその場に倒れ込む。

「はあ……駄目だ……意識……が……。」

日は完全に沈み、月の光に照らされた森は妙な不気味さを醸し出す。

木々の間から覗く闇が、二人に覆いかぶさるように広がる。まるで異形が群れを成すように。

「……ん………ここは…何処でしょうか……?」

しばらくして、少女のほうが身体を起こす。それから辺りを見回すが、見えるものは木々と……その間に広がる闇。

「えと……確か……。」

少女は意識を失う前の事を思い出す。

自分が異形に襲われていた事、自分より少し年上くらいの少年が庇ってくれた事……。

……少年……?

「……きゃあッ!!」

その少年が、血だらけのマントを肩に掛け、少女を抱えたまま倒れている。

「……この顔……。」

見たことがある。2年前に失踪した兄にそっくりだ。

「瞳の色も……私と同じ……お兄ちゃんと同じ色だし……。」

髪の色も……容姿も瓜二つだ。

でも……そんな訳が無い。若すぎる。失踪前の兄より若い。

「う~~ん……どう見てもお兄ちゃんにしか……。」

少年の顔を覗き込む。と、同時に少年が目を覚ます。

「……ふあ……ん……?」

「~~~!!?」

少女は声にならない悲鳴を上げ、直ぐに少年から離れる。

「……キミは……?」

少年は目を擦りながら起き上がり、少女に訊ねる。

「……あ…えっと……。」

状況を理解できていない少年を前に、少女はあたふたとする。

「ああ……異形に襲われていた……え~と……。」

「あ……えと……わ、私、エルル=クロフォートといいます……。」

少女……エルルは慌てながらも、相手が兄ではないことを悟り、自ら名乗った。

「エルル……か。……精霊語で…運命……良い名前だね。なんて呼んだらいいかな?」

少年は立ち上がり、膝を払いながら訊ねた。

拒絶はされていない。それが解っただけでも少年にとっては大きな収穫だ。

「えと……エル…と、お呼び下さい!!」

エルルは顔を真っ赤にし、俯きながら答える。少年はその様子を見て首を傾げた。

エル……それはエルルが兄から呼ばれる時の愛称であり、他の人にそう呼ばれることは無かった。兄にべったりだったエルルにとって、それだけ思い出深い愛称だった。

「エルか……解った。俺はクロノスだ。小さい頃に拾われた身だから……苗字は、解らない。」

「小さい頃……拾われたんですか?」

2年前、兄は姿を消した。小さい頃……となると、流石に2年前では無いだろう。

だけど……何故かクロノスを見て、エルルは懐かしさを感じていた。

「ああ……小さい頃に。まだ物心つく前だったから、詳しくは知らないけどね。ところで、君はこの先の中心街に住んでいるのかな?」

「い…いえ……私は……兄を探してここまで来ました。」

「兄……お兄さんがいるのか。じゃあ、おつかいか何かかい?」

クロノスの質問に、エルルは俯き、黙り込んでしまう。

優しい口調を心がけていたつもりだったけど……気に障るような事でもあったのだろうか……?クロノスは少し考えてから言った。

「ああ……やっぱり人の事情とか詮索するのは良くないよね……。」

クロノスは嫌われるのを恐れている。今まで彼が抱く事の無かった感情であり、抱いてもおかしく無い筈の感情。機嫌を取りたいとか、そういうのとも違う。

「あの……実は……兄は、2年前に失踪してしまったんです……。」

「え……?何だって?」

突然言われ、思わず訊き返す。

「あ……なんでも無いです!!忘れて…下さい。」

「ああ……ごめん……。」

クロノスも、それ以上は何も訊かなかった。

………訊けなかった。


今日中には森を抜けたい。というより抜ける必要がある。

この先に宿は無い。街に出なければ泊まる所が無い。若い少女が一緒だ。流石に野宿は出来ない。

自然と早足になる。

自己紹介の後、こうして街まで同行することになったが、それから一度も話していない。

クロノスは後悔した。

「……地雷だったか。これだからいつも人から避けられるんだな……。」

エルルの少し前を歩きながらそんな事を考えていると、不意に後ろから声が掛かった。

「……あ…あの!!クロノス……さん?」

「え!?な……何?どうか……した?」

エルルに突然声を掛けられ、だらしない返事をしてしまう。

「あの……先ほど訊き損ねてしまったんですが……私は…その、クロノスさんのこと……なんとお呼びすればいいんでしょうか?」

「あ、ああ!!そんなことか……そうだな…ギルドの人達にはクロって呼ばれるけど……あんまりそう呼ばれるのは好きじゃないかな……。とりあえず好きに呼んでいいよ。」

「そうなんですか……じゃあ……!!」

エルルはそこで一旦止め、顔を真っ赤にしながら深呼吸した。

「お……おにいちゃん!!」

「ぶっ!!?」

クロノスは思わず噴き出す。出会って間もない少女からいきなりそう呼ばれるとは流石に思っても見なかったようだ。

「え~と……とりあえず…何故?」

「あ、あの……実はクロノスさん……失踪したお兄ちゃんにそっくりなんです。生き写しとか、瓜二つみたいな感じなんです!!」

クロノスはとりあえず空っぽになってしまった頭で考えてみる。

「え~と……生き写し?……瓜二つ?そこまで似てるのかな……?」

「はいっ!失踪前のお兄ちゃんより若い感じですけど、それでもかなり似ていますっ!!」

エルルは今にもキラキラと光り出しそうな目で、クロノスを見つめている。

クロノスは更に混乱する。こんな状況に置かれて平常心でいれたら、それこそ異常というものだ。

「ま……まあ…好きに呼んでいいって言ってしまったし……いや、言ったけど!!……でもさ、エルは俺をそんな風に呼んでもいいの?」

「私は……はいっ!!私がそうお呼びしたいんです!!」

逃げ道が潰される。更に、嫌われるのが怖いクロノスは、エルルに強く意見する事も出来ない。完全に退路を断たれてしまう。

「まただ……また地雷踏んだ……。」

結局、クロノスは反論できぬまま、おにいちゃんと呼ばれる破目になってしまった。

………街が見えてくる。街灯は既に灯り、中心街は、夜とは思えないほど賑やかに見える。

「せめて兄さんとか兄貴とか……おにいちゃんは流石に……。そういう問題でも無いけどさ……。」

と、面と向かって文句など言える筈も無く、呟くだけで終わってしまう。

「はあ……。」

「どうかしましたか?……おにいちゃん?」

前を向いて歩けなくなってくる。

森から抜け出せたというのに、隣を歩く少女からおにいちゃんと呼ばれるのが更に恥ずかしい。これでは森の中に居た時の方がマシだった……気がする。

しかもエルルは嬉しそうに笑ってるし。

「いや……どうもしないよ。」

「そう…ですか?」

森で知り合った時に比べ、随分親しげに話しかけてくれる。

それだけで、呼び名の事などどうでもよくなってしまう。

中心街に着けば、ギルド本部まで30分と掛からない。既に午後7時を過ぎていたが、ギルドは基本的に24時間どんな時でも異形の出現に対応できるようになっている。

「あとちょっとでギルド本部へ着くけど……エルの家はこの街には無いんだね?」

「はい……。……私は…お兄ちゃんを探している身なので。」

エルルの表情が少し暗くなる。

当たり前だ。こんな小さい子が兄を探すために一人、ここまで旅をしてきた。かなり辛かっただろう。

「だったら……ギルドの一室を使わせて貰えるように頼んでみるよ。」

「え……?いいんですか!?」

「ああ……ただ…俺はギルドじゃ一番年下だし、下っ端扱いだからさ……部屋を用意できるかは……約束できないけど……。ま、なんとかしてみるよ。」

そんな感じで話しているうちに、街の中心、ギルド本部へと到着した。

エルルを入口で待たせ、中へ入って行く。

「お?クロじゃないか!?ようやく帰ってきたな?いままで何やってたんだ?」

ギルドの受付に出迎えられる。当初の予定では夕方には帰ってくるつもりだったため、心配されていたようだ。

「ああ……いろいろあってね。ところで、ちょっと相談があるんだ。」

「ん?俺に相談なんて……訳有りみたいだな?」

流石、異形関係の事件を一挙に請け負うギルドだ。受付ですら隙が無い。察しがいいのか、勘がいいのか、隠し事なんてできやしない。歳はまだクロノスより4、5歳くらいしか変わらないのに、雰囲気はかなり大人のように見える。

「珍しい事例だよ。森に異形が出現した。」

「森に!!?」

「ああ……そこで、襲われていた少女を一人保護したんだが……今、家族を探してこの街まで来たようで、泊まる所が無いんだ。だから……。」

何が言いたいのか解ったのか、受付の男はそれ以上の言葉を遮ってしまった。

「今は一般市民には部屋を貸し出せないんだ。なにしろこの時期は新規入団者が多いからね。部屋は全部埋まっているんだ。居住区増築の見込みもまだ立っていないし……。」

「う~~ん……。」

クロノスは考え込む。エルルは兄を探すためにこの街に留まるという。しかし、幾ら金があっても、こんな大きな街の宿屋に泊まり続けるのは不可能に近い。しかも彼女はまだ少女だ。森の中の民宿ですら、泊まり続けるのは大変だろう。

不意に、受付が提案する。

「お前の家なら余っている部屋が幾らでもあるだろ?そこに泊めてやれば良いじゃないか。」

受付の提案に、クロノスは溜め息を吐く。

「家には俺しか居ないのに?」

「関係ないさ。非常事態だろ?そもそもお前が持ってきた厄介事だ。他人の手なんて借りないで、自分でなんとかしてみろ。」

「俺の家ね……一応訊いてみるよ。他に方法も無いし。まあ……向こうから嫌だって言ってくるさ。」

「それにしても…ギルドの外の人間にほとんど干渉しないお前が……その娘に惚れたのか?」

決してからかうような口調ではなく、かといって真剣というわけでも無さそうだ。この男は本当によく解らない。

「今日出会ったばかりだし……解らない……と言っておきたいな……。」

受付はそれ以上何も言わず、ただ笑っているばかりだった。

「あと……暁光(ぎょうこう)は?」

受付は数秒考え、思い出したように目を見開く。

暁光とはクロノスの所持する刀身の長い剣で、少し重いつくりとなっているが、クロノスの異常なまでの腕力ならば片手で軽々と振るう事ができる。

彼の愛用していた剣だったが、今年の初めに異形に折られ、鍛冶屋へと修理に出していた。

暁光は規格外のシロモノらしく、これを直せる鍛冶職人を探すだけで、3ヶ月も大陸中を歩き回る破目になった。

「あれはもうお前の家に届けてある筈だ。金は前回の報奨金から支払っといたから。」

「解ったよ。ありがとう……それじゃ。」

そのままギルド本部を出る。

「おにいちゃん!!……その…部屋はどうでしたか?」

エルルが駆け寄ってくる。綺麗な水色の髪が弾むように揺れる。

暗闇の中では更に、彼女の姿は映える。漆黒の中でも光を失わない。

「……駄目だった……居住区に空きが無くなるなんて今までほとんど無かったんだけどなぁ……。」

「そうですか……。」

二人揃って溜め息を吐く。

「とりあえず……俺の家に泊めるという提案をされたけど……やっぱ嫌だよね?」

「え!!?」

予想以上に驚かれる。こういうのは本当に心が折れそうになる。

「俺……メンタル弱いのかな……。まあ……当たり前だ……当たり前……幼くても女の子だし……。」

沈んだ表情でそう呟いていると、今度は予想外の返事が返ってくる。

「あ……あの…あのあのっ!!もしご迷惑でなければ、泊めて下さると助かりますっ!!」

「え……え……?それって……。」

頭が混乱する。今日はこの子に混乱させられてばかりだ。

「おにいちゃんが家に泊めてくれるのに嫌なんて……そんな……私からお願いしたいくらいですっ!!」

「え……え……ええッ!!?本当に!?」

思わず大声を上げてしまう。目の前では、エルルが頬を赤く染めながら微笑んでいる。

「はいっ!!これからお世話になりますっ!!」

今日はもう何が起こっても驚けないな……クロノスは心の中でそう呟いた。

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