星の泣ける話
僕は九歳まで、西袋池にある父の会社の寮に住んでいた。
その寮はトイレも洗濯機置場も共同で、もちろん風呂もない。
近くの銭湯まで通うのが日常だった。
当時、片腕のない人も珍しくなく、入れ墨のある人もよく見かけた。
腕がないのは戦争で負傷したせいだ。
入れ墨は禁止されていなかった。
女湯には十二歳まで入ることができた。
僕は父と一緒に行くこともあった。
帰り道、夜空を見上げると、月も星もまるで僕たちについてくるように見えた。
「ねえ、お父さん。なんで月や星はついてくるの?」
「それは遠すぎて、物が動かないように見えるからだよ」
父の説明は、僕にはよくわからなかった。
当時の東京では、天気のいい夜には空一面に星が瞬いていた。
「星座って、何?」
「星座っていうのは、昔の人が見える星を組み合わせて、形をいろいろなものに例えたものさ」
「じゃあ、明るい星は偉いの?」
「そんなことはない。遠くに見える暗い星を六等星というが、それは地球から遠い恒星、つまり太陽なんだ。遠いだけの話だ」
「じゃあ、星座っていっても、距離は関係ないんだね」
「近いか遠いかも関係するし、光量も関係する。一概には言えないな」
僕はその話を聞いて、少しがっかりした。
星座って結局は人間の想像で作ったものなのか。
父は僕の気持ちを察したのか、話を変えた。
「人間は平等だけど、死んだら位階がもらえることがあるぞ」
「位階って何?」
「偉い人に天皇陛下が授ける位のことだ。校長先生や警察署長は正六位をもらうのが普通だ」
「総理大臣は?」
「普通は正二位だな」
「ふーん。人間って、死んだら位階がもらえるんだ」
「いや、ほとんどの人はもらえないけどな。お前も位階をもらえるように頑張れよ」
それから、僕は銭湯の帰り道、星たちがついてくるのを見るのが、少し楽しみになった。




