魔物王子のお世話係
エリーは魔物王子のお世話係になるために、王都を旅立った。
道を歩けば魔物に出会い、腰を抜かせば喰われてしまうという辺境の地。
末のお姫様が子を産んだというので、そのお世話係がなぜか王都で募集された。
噂では、人よりも魔物のほうが多いというその土地で、末のお姫様はついに魔物と番ったそうだ。
屈強で刃よりも強い拳を持つというその土地の人々が、自分達では手に負えないと投げ出すほどの恐ろしい子供の世話をするためか、お給金はとびきり高い。
『急募!! 大人だけれど小さくて、優しくてよく気がつく気の利いた人。子供のお世話が得意な人。やる気がある人。魔物に驚かない人。きらきらが大丈夫な人。』
抽象的な募集内容だったため、老若男女たくさんの人が集まった。
エリーは今年十六歳になり、一応成人したけれど、見知らぬ人には「親御さんはどこだい?」と問われるほど幼く見える。
優しくて気が利くかはわからないが、頑張ってそうしようと思う。
幼い頃から子だくさんの叔父夫婦の家の世話になっていたため、小さい従姉妹達の世話は慣れていた。
やる気はあるというより、一歳年上の従姉が結婚して新居をかまえるから使用人としてついて来い、というのを断ったため、これまでの家にも居場所はなくなり、住むところも仕事もないので、やるほかない。従姉の夫がエリーを見る目が気持ち悪くてずっと苦手だったので、後悔はしていない。
魔物を見たらきっと驚くけれど、驚いていない振りをしようと思っている。
きらきらはよくわからないけれど、眩しすぎたらサングラスをかければいいからきっと大丈夫だ。
たくさんの応募の中から選ばれたのは三人。エリーと、ミントというエリーと同じ年頃の男の子と、サマンサというエリーの母親くらいの年齢の女性だった。
ミントは男の子だというのに華奢で、そこらの女の子よりキレイな顔をしていた。それが嫌なのか、前髪で顔を隠して猫背気味で弱そうだ。
魔物よりも、辺境の地のお姉さんにとって喰われてしまいそうね、とエリーは密かに思った。
サマンサもやはり背は低くないが痩せていて大人だけれど威圧感は感じさせない。料理が得意で以前はレストランの厨房で働いていたと、明るく教えてくれた。
いつも笑顔でハキハキと喋る彼女だけれど、働きづめで自分の妊娠に気が付かず子を流してしまったと話してくれた時だけは悲しみを隠しきれていなかった。
三人は一緒に辺境の地に旅立った。
充分な資金を与えられていたけれど、ある宿屋で騙されてお金のほとんどを無くしてしまった。
セキュリティのしっかりした宿にしようと言った二人に、少しでも節約しようと宿を決めたエリーのことを誰も責めなかった。
部屋の鍵を閉め忘れたミントのことも、誰も責めなかった。
「昨日の晩、宿に借金取りが来たのを見てしまった」そう言ってサマンサは「しょうがないね。金は天下の回りものだ」と笑った。
辺境の地でもし魔物に出会ったら、きっと誰も助からないだろうなと、エリーは思った。
ミントもサマンサも優しすぎて、誰かを犠牲にして逃げたり出来なくて、三人でぺろりと美味しく食べられて終わりだ。
もしかしたら、わたし達三人は、お姫様と魔物の子供のご飯に選ばれたのかしら。子供を食べるのは忍びないし、大人は固すぎて食べられない人間と魔物のハーフの子のための食料になるのかしら。
辺境の地までまだ半分の旅程だったので、そこから三人は協力して旅を続けた。
野宿をしたり、日雇いの仕事を見つけたり。
偶然祭りの時期だった街で、サマンサが出店の許可をもらい三人で揚げトウモロコシのお店を出した時は大人気で、来年も頼むとお願いされた。
スランプ中だった作曲家がミントの美しさに触発されてスランプを抜け出したとお礼に豪勢な料理をご馳走になったこともある。
ベビーシッターのアルバイトでは、エリーが抱っこするとなぜか赤ちゃんは泣き止むため引っ張りだこだった。エリーが笑うと嬉しくなるからだよ、とミントに言われて恥ずかしくなり、赤ちゃんは優しい人がわかるからね、と言ってくれたサマンサの言葉に、なんだか泣きたくなった。
予定よりもだいぶ遅れて辺境の地に辿り着いた時には、三人の絆は深まっていた。
エリーはもう、二人を見てもすぐに食べられてしまいそう、とは思わない。
三人で力を合わせて、魔物から逃げてやる、そう思うようになっていた。
もし、噂のように半分魔物の子供が出てきても、きっと三人で立ち向かえると、拳を握りしめて辺境の屋敷の門をくぐった。
「遅かったじゃないか」
当主だという男は、同じ人間かと疑うほど大きかった。声も怒鳴っているかのように大きいが、エリー達を心配しているのが声音からわかる。
「早くこっちに来て、清潔にしてちょうだい」
当主の妻だという女性も、並みの男性よりも大きく、逞しい。
エリーが世話になっていた叔父は口うるさくてすぐに手が出たけれど、彼女なら軽く一捻りだろうなと、頼もしさが感じられる。
三人は風呂に入れられ、清潔な衣服を支給され、お腹も満たされ、子供部屋に通された。
籠の中からは怪獣のような鳴き声が聞こえる。耳を覆いたくなるほどの大声で、必死で泣いているのがわかった。
三人はそっと籠に近づき、中を覗き込む。
顔を真っ赤に染めて懸命に泣いている子供は、うつぶせになってバタバタと暴れている。
「寝返りが出来るようになったのね」
そう言って、子供を抱き上げたのは大柄な女性だった。
肌は浅黒く、髪は真っ黒、眼は大きく彫りも深い。さきほどの当主夫妻によく似た、辺境の地の特徴を全部入れたかのような女性は、おそらくこの赤ちゃんの母親、末のお姫様だろう。
「初めての寝返りかな」
嬉しそうに彼女の横に並んだのは、エリー達が見慣れたサイズの成人男性だった。
金色の髪に青い瞳は、泣きわめいている赤ちゃんと全く一緒で、父親だろうことがすぐにわかる。
「わたし達もさっき戻ったんだ」
子供の母親である末姫は、辺境の地で一番の弓の使い手で、大規模な魔物討伐にはどうしても出動を余儀なくされるという。
夫は腕のいい医師で、ともに前線に向かっていた。
スタンピードが発生して大暴れする魔物の討伐に駆り出されていた二人は、さきほど戻ったばかりで、愛しい子供に久しぶりに会えたと喜んでいる。
「なんとか潰さずにお世話しておりました」
「ちょっと撫でただけで捻りつぶしてしまいそうで、指先でちょん、としておりました」
控えていた使用人達が口々に末姫夫妻に詰め寄る。
この屋敷にいる誰もが大柄で、筋肉粒々だ。
浅黒い肌に黒髪で体の大きな彼らにとっては、雪のような白い肌に金色の髪、宝石のような青い瞳のきらきらした小さな赤ちゃんは、魔物よりも異質なのかもしれない。
放っておけば泣き止んで、そこらの馬に乗って遊んで、手掴みで魚を取ってきていたような辺境の子供達とは違い、すぐに泣きケガをして熱を出すこの赤ちゃんの世話を両親以外おっかなびっくりしかすることが出来なくて、二人が魔物討伐に出ている間に急遽お世話係の募集が出されたらしい。
辺境の地の人間ではなく、小さき人間(辺境の人に比べて)のほうがよいと、わざわざ王都に募集を出したことで、エリー達三人が選ばれたのだ。
「可愛い赤ちゃん」
三人は顔を見合わせてプッと吹き出す。
こんな小さくて可愛い、まだ自分で立って歩くことも出来ない赤ちゃんに食べられてしまうと怯えていたことが可笑しくて可笑しくて、涙が出るほど笑った。
エリー達は予定通り、赤ちゃんのお世話係としてお屋敷で雇ってもらえることになった。
赤ちゃんは可愛いけれど、泣き止まなかったり離乳食を食べてくれなかったりと悩みは尽きなかった。けれど、これまでの旅の途中のように、三人で協力してお世話をした。
絵本を読んだり散歩に行ったり、少しずつお世話の幅も広がり、日々の楽しみも増える。
エリーは仕事の合間に、辺境の人達に武術を教わった。
もう機嫌が悪いからと殴られるのはゴメンだし、目の前にいる誰かを守ることが出来るようになることが嬉しい。
少しずつついていく筋肉がエリーにの心も体も強くしていった。
ミントは髪を切って背筋を伸ばすようになった。ここでは彼の容姿を揶揄う者はいない。前がよく見えるようになったミントは本を読むようになり、気が付けば図書室のすべての本の内容を答えられるようになって、人間辞書として大活躍だ。
サマンサは得意の料理の腕を生かして、屋敷の赤ちゃん以外にも離乳食や幼児食を作るようになった。辺境の地に住む女性達にも子供達にも喜ばれ、いつしかご飯のお母さんと親しみを込めて呼ばれるようになった。
十数年後には、辺境のお姫様の子供はその容姿から「きらきら王子」と呼ばれるようになる。
金色の髪に青い瞳の美青年に成長した王子は、自分の背よりも高い槍を振り回して捕まえた魔物を乗り回し、血塗れになって帰宅する。
彼は見てくれがきらきらしている自分なんかより、自分のお世話係達のほうが好きなことに一生懸命でよっぽどきらきらした人生を送っていると、そう教えてくれるのは、もっとずっと後のこと。
冬の童話祭りに参加したくて書いたのですが、思ったより長くなってしまいました。
読んでくださり、ありがとうございます。




