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2. 再会

「先輩……?」

「松永……くん」


 久々に見る彼は、歳下なのに私よりもずっと落ち着いていて頼もしさを感じた。当時よりも渋さが増していて緊張しちゃうかも。


 それに比べて私は適当な格好で恥ずかしい。変わったなって思われているだろうな。

「ママ……」

 奈々美は人見知りがあるので、松永くんを見てすぐに私に隠れるようにしがみついていた。


「松永くん、奈々美よ。今4歳なの」

「そうなんですね……先輩に、こんなに可愛い娘さんが」

 その言葉がやけに優しく響いて、胸が熱くなった。


 2人でベンチに座る。

 彼の髪が春風に揺れていた。


「松永くんは今何してるの?」

「中学校の社会科教師です」

「……本当に先生になったんだね」

「はい……」


 高校の時に私は松永くんのことを「先生みたい」と言ったことがあった。何でも知っていて相談にも乗ってくれそうだったから。私はそんな彼を尊敬していた。


「先輩は、この地域に戻ってきてたのですね」

「うん。色々あって……離婚したの。今は実家に住んでる」

「え……」

 彼の表情が明らかに変わった。それでも「大変でしたね」と優しく声をかけてくれる。


「何か……困ってることはありませんか」

「ありがとう。学校の先生なら言ってもいいかな。この子、ちょっと他の子に比べたら成長がゆっくりかもしれなくて」


 久々に会った彼にいきなりこんな話をするなんて、引いたかな。だけど松永くんは真剣な表情で教えてくれた。

 

「先輩、市役所に相談窓口があります。一度行ってみてはいかがでしょうか。この市は最近子育て支援が手厚くなっています」

「え……そうなの?」


 そこまで調べる余裕がなかった。私は奈々美のために早速確認しようと思った。

「ありがとう、松永くん」



 その後、市役所の窓口に行って相談し、奈々美を保育所の少人数クラスに参加させることになった。大勢の前だと緊張するけれど、少人数であれば出来ることが増えていった。徐々に自信をつけた奈々美は、秋の運動会では元気にダンスを踊ることができた。


 銀杏の葉が舞い降りる季節。

 奈々美と公園に寄って遊んでいた日だった。


「先輩」

「松永くん」


 再び、松永くんに会うことができた。私は思わず笑顔になって彼の元へ行く。


「松永くんありがとう。私、一人だからって色々焦ってた。市役所の人にたくさん相談できたわ、地元にああいう子育て支援があるなんて知らなかった。ほんとわからないものね。奈々美は不安が少しだけ強いみたい。他の子と比べずに……奈々美と向き合うわ」

「そうですか、良かったです」


 彼もほっとしたように笑顔になってくれた。その笑顔を見た瞬間、私は“母親として”安心したのか、それとも“昔の私”が息を吹き返したのか――分からなくなった。

 やだ、こんなことを考えているなんて。彼には彼の人生があるのに。だけど――彼の顔を見ると、この先も頼りたくなってしまう。どうしてだろう。


「また……困ったことがあれば言ってください」

「ありがとう、松永くん」

 

 彼と別れてからも、どこかで思い出しては切なくなる。あの頃みたいに無邪気に何でも話せたらいいのにな。

 目の前に高校生の男女が通り過ぎて、私は少しだけ寂しさを感じた。きっと秋風だけのせいじゃない。


「ママおなかすいたー」

「そうね、今日はカレーだよ!」

「わーい!」

 そうだ、この子がいると笑顔になれる。だからこれからもきっと大丈夫よね。



 ※※※



 あの秋の日から10年が過ぎた。

 月日が経ち、奈々美は中学3年生になった。

「はぁ、受験どうしよう」

「目の前のことを頑張れば、どうにかなるわよ」


 奈々美は相変わらず不安そうなところはあるけど、成長したと思う。家でも話が盛り上がって、たまに家事を忘れちゃうぐらい。

 娘と話をする時間が一番好き。仕事の辛いことも忘れられるし。


「そうだ、お母さん手紙もらってきた」

「はーい」

 新学期最初の学年だよりには、担任の紹介と4月の予定が書かれている。


「担任、藤井(ふじい)先生だったよ。良かった! 副担は知らない先生だけど顔が怖くって」

「え? そうなの?」

 私が学年だよりを確認すると、そこには彼の名前があった。


 ――松永弦一郎(げんいちろう)


「……え」

「お母さん、どうしたの?」

「いや……この松永先生って前からいた?」

「うん。前も3年生教えてたみたいだけど、うちの学年は初めてだよ」


 知らなかった……松永くんがこの学校にいるなんて。仕事が忙しかったし、他の学年の先生まで見てなかった。

 

 その時、ふと思う。

 奈々美を彼と一緒に見守ることができるんじゃないかって。

 いや……担任の先生がいるのだからあまりにも頼りすぎちゃ、だめよね。


 その後、担任の先生と電話で挨拶をした。優しい女の先生で奈々美には合いそう。

「あ……すみません。副担任もちょうどいますので代わりますね」

「……はい」


 松永くんが……電話に出てくれるの?

 心臓の音が響いてきそう。

 彼が出るまでの間が、やけに長く感じた。


「……副担任の松永です」

 声を聞いた瞬間、10年前の桜の下が一気によみがえる。

「あ……梅野(うめの)奈々美の母です」

「……ちょっと待っていただけますか」


 そう言われて、どこかへ移動するような音が微かに聞こえた。

「……先輩」

「松永くん……」

「職員室から出てきました。ここなら先輩と話せます」

「……ありがとう」


 わざわざ移動してくれるなんて、嬉しくなる。そんなことされると、何かを期待してしまいそう。


「奈々美さん、大きくなられましたね」

「そうなの。反発することも多いわ」

「何か悩んでいることは、ありますか?」


 優しいな、奈々美のことを気にかけてくれるなんて。副担任でこんなに親切な先生、いないよね。きっと松永くんは保護者にも人気なんだろうな。


「今のところは大丈夫」

「……良かったです。何かあればいつでも連絡してください」

「ありがとう、松永くん」


 こうして、奈々美の最後の中学生活が彼と一緒に――始まった。

 この春、きっと私たち親子にも新しい光が差す気がした。

 

 

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