寝静まる街
部屋すみの格子戸から闇が蔓延る。夜になろうともこの街は蒸気と機械の音が遠方より複数唸っており、私がいる一部屋にも、その調べが夜風に乗って来ている。
しかしやっぱり夜だ、と当たり前のことを思う。大抵の人々は寝静まっており、昼間の騒々しさは嘘のように無くなっていた。私は妙に冴えた目を部屋すみの虚空へと滑らせ、ふらふら揺蕩う疲労感とともにベッドへ横たわって、先ほどのシャルルやローズとの会話を思い出していた。
あの後……しばらくして、私が落ち着いてから再度ローズとシャルルの話を聞いた。
元も子もない、帰る帰らないの話は抜きとして、これからこの世界で生きていくための注意事項や、今日起きたあの怪物襲撃事件の詳細、そしてあの刀……懐中時計の話である。
彼らはまず、私のような異邦人が無闇に素性を晒してしまうことは大変危険だ、ということを険しく言った。なにか特別な事情があるのだとか……その事情は省略されたが、とにかく異邦人であることはこの先、この街でバレてはいけない。特に警察連中には……とのことであった。
次に、あの怪物のことである。怪物襲撃はここ最近になって始まった怪奇事件らしい。名前を『パンカー』と呼称しているようで、しかしその正体は未だ掴めていないのだとか。基本的な制圧、確保は警察がおこなっているらしく、今回私が倒してしまったことはまったくの想定外として住民に認知されるだろう、とのことであった。
最後に……あの刀である。シャルルとローズに形見である懐中時計を見せたが、首を捻るばかりであった。しかしここで気になる情報が出て来た。
* * *
「これ……相当精巧な作りしてやがる」
「フン。こんな機械、私の足下にも及びません。時計機能は私にもあるのですよ?……ただいま午後八時です!」
「おう、今は午後八時二十一分三十秒だ。ローズの時計機能はのちのち改良するとして……どうもただの懐中時計じゃないらしい」
「……どういうこと?」
「なんでも、刀になる瞬間を俺は見ていたからな」
「えっ!?」
「あれは……既存の様々な法則やら機構を大きく逸脱いた、まさに変形だ。少なくとも、この街にこれを越える発明はないな」
「私の存在は逸脱しているのでは?」
「そりゃそうなんだが……ローズの機構はほぼ全て説明がつく。この懐中時計は……時計機能が驚くほど精巧だ、ということぐらいしか言えないな」
シャルルはそう言って顎をさすった。ローズはまじまじと懐中時計を見ており、なにやらイタズラを画策しているようだった。
技術力の違い……私の脳裏にはその言葉が浮かんだ。明らかに元いた世界とは違う産業形態と言えるし、蒸気機関やらゼンマイ駆動の発展は目覚ましいと言える。しかし科学技術などの観点から見れば、その力量差は明らかである。確かにこの世界の人にとってこの懐中時計は得体の知れないものとなるだろう。
しかしわからないのは、変形だ。どうしてこの懐中時計が突然、白銀色した刀となりえたのか。現代科学の知識を持ってしてもありえない質量変化と材質変化……そうして私もシャルルと同じようにうんうん唸っていると、シャルルはなにかに気がついたらしく、言った。
「これ……動力源はなんだ?それらしいものが見当たらない」
「電池はないし……ゼンマイとか?」
「いや……ゼンマイを巻くための部分が明らかに足りない。どこかで似たような機構を見たような……」
* * *
それ以降はうんうん唸るか、関係のないローズの発言で困惑するか笑うかのどちらかしかしていない。結局、懐中時計は明日の朝までという条件でシャルルに預けた。きっと今頃、寝る間も惜しんでなんとか正体を暴こうと躍起になっているだろう。彼はよくよく意気込んでいた。
……とにかく、今日はもう寝てしまおう。一日にいろいろなことが起こりすぎて、かなり疲労が来ているようだ。
私はそうして筋肉痛やら多少の頭痛に悩まされながらも、布団やらベッドの柔らかさに沈んでいくような感覚に身を包まれて、僅かな意識の末端にシャルルのがなり声とローズの愉快な駆動音を聴いて、ストンと夢のるつぼへと落ちていった。