モノノベ屋にて
「よし、ここまで来れば大丈夫だ」
「……ここって」
「紹介しよう!ここが俺の店、モノノベ屋だ!」
バーン、と効果音の付きそうなシャルルの身振りと声音に反して、その店は薄汚れた街路の一隅に小さく佇む、小さな小さな店であった。
シャルルの促しによりそろそろと店に入ると……狭い。人の歩くスペースはほんの僅かであり、そこここに積もるガラクタや謎の部品どもは、店内を唯一照らす白熱電球によって鈍い光を放っている。
奥まった場所に来客用のテーブルと椅子。さらに奥にはシャルルの仕事机らしき、書類とさまざまな機器の積まれたテーブルがあった。薄汚れてはいるが、実に勤勉であろうことが示されている。
意外と真面目なのかな……そう感心していると、シャルルはその、彼の仕事机の後ろにある扉を開け、私を手招きした。私は後に続き、中へ入った……。
「そしてこの奥がなんとっ!俺の生活スペースでーす!!」
バーン、また効果音が付いた。
しかし特筆すべきものはない。しいて言うならば、先ほどの仕事場よりさらにガラクタ類が積もっており、実に不便そうな場所だな、と思ったくらいである。靴を脱いで狭い廊下をとことこ行く。
ここが風呂場でここが物置きで――とシャルルはのんびり紹介しながら歩いた。
ちらほら蜘蛛の巣や油汚れ、なんのために付いたかわからないシミに戦々恐々としながらついていく。廊下の奥、たどり着いたのは一つの部屋であった。
数秒のラグを要して白熱電球の灯りがパッと点く。その一室は……その一室だけはなんとなく片付いており、ベッドと手頃な書き物机、そしてシャルルの人柄からは考えられない量の蔵書を抱えた、立派な味のある本棚があった。加えて、数人用のテーブルと椅子が鎮座している。
私がその本棚やテーブルを見つめていると、シャルルがなにかを投げた。
「わっ!?」
「それタオル。ひとまず風呂でも入ってきな。その後は……とりあえず飯でも食おう!話はそれからだな」
「……ありが、とう」
シャルルはそう言って、風呂場はさっき指差したとこね、と付け加えて机に向かい、なにやら機材と紙を用意して黙々と作業に取り掛かっていた。
私はその様子をぼんやり眺めていたが、ひとまず言うとおりに風呂へ入ってこようと思い、廊下へ出た。
廊下の、暗いキッチンのすぐ隣に風呂場はあった。脱衣所はまた狭く、初めは電気のスイッチがわからず闇雲に暗がりを触った。
やがて灯りが点き、扉を閉めてひと息ついて、するすると夏仕様の学生服を脱いだ……。
見れば学生服は、先ほどの戦闘によってとこらどころ擦れており、泥汚れや煤が付いていた。
風呂場へ入ると仰天した。まったく様式が違っていたからである。蛇口らしきものは謎の形で、そこら中に配管が巡っている。シャワーヘッドは鉄パイプのようで、シャンプーやリンス、果てにボディーソープがどれであるかもわからなかった。
そんな風に困惑していたものの。
人間というのはなかなか適応の天才らしく、すんなりとシャワーヘッドから温水は出たし(最初に蛇口を捻った時凄まじい音がなって熱水が出たので叫んだ)、勘に頼ってシャンプーもリンスもきちんと出た(何度か間違えたけれど)。
身体についた汚れを独特の香りがするボディーソープで洗い流している最中……私はこの世界や化け物のことより先に、あの刀のことを考えていた。
死に際に流れた走馬灯。
そこで流れた幼い日の記憶。
懐中時計と刀。
さきほど衣服を脱いだ時、懐中時計をポケットから取り出したが、別に異常らしい異常は見当たらず、いままでとなんら変わらずカチカチと動き続けていた。状況から察するに、あの懐中時計がなぜか、白銀色の刀へ変貌を遂げたと考えるよりほかない。
でも……なんで?
おおよその泡を流し切り、水気を手で払ってから脱衣所に出る。タオルを手に取り、白銀色した自身の長髪や身体の水気を拭いていく。ちらっと脱いだ衣服を確認すると……ない。
その代わりなのか、これまた異世界らしい服が丁寧に畳まれ置いてあった。側にはあの懐中時計も。
妙にこそばゆい感覚を心に抱いたが、今はそんな心情でいられるほどこの世界をわかっていない。ゆえに安心する暇もない。
私は心の中でシャルルにまず礼を言い、その衣服を身に纏った。
着替え、タオルと懐中時計を持って脱衣所を出ようとドアノブに手をかけた。するとそこで鼻が鳴った。シャンプーやリンスではない、なにか美味しい匂いを扉越しに感じたのである。
私は心の中でガッツポーズをした。
なんせ元の世界で昼食をとって以来、なにも食べていなかったからである。きっとシャルルがなにか美味しいものを作っているのだろう。そう思い私はウキウキしながらゆっくりと扉を開けた……。
「あら、もうお出ですか、お嬢さん」
「……え?」
だれ……?