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女の子と爆発音


 鼓動音の少し冷める頃、街の住民からシャルルと呼ばれていた茶髪緑眼の男と手を繋ぎながら(?)変わらず歩いていた。

 景観はあまりにも騒々しい。しかしその現実離れした配管数や建造物の高さ、加えて歯車と思しきからくりの数々に誤魔化しきれぬ興奮を覚えている自分がいた。

 むしろその騒がしさが今の自身にとって共感めいて見えることから、若干の落ち着きも芽生え始めている。


 ほんのり見上げて横の男を見る。ゆらゆらと揺れる、分けた前髪と結ばれた後ろ髪。今ではタバコを咥え、これまたゆらゆらと煙を引き連れたり吐き出したりしている。

 髭こそ生えていないものの、ダンディと呼べる様相をしている。いや……小ダンディぐらいだろうか?

 また、くたびれて薄汚れたワイシャツにショルダーベルト、少し余裕あるボトムスにブーツが普段着なのだろうか……よくよく男に合っていた。


 そんな視線に気がついたのか、男はこれまたにんやり微笑み、鼻を鳴らして言った。


「俺がそんなにカッコいいか、お嬢さん?」


「……いや」


 男は、たはーっ、と笑いタバコの吸い殻を路上へ投げた。その仕草はあまりにも映画じみている。


 正直なところカッコいい、とは思うのだが、あまりにも現実離れしている(というより舞台の人物のように見える)ことから、不思議とどぎまぎするようなことはなかった。それより今の私には訊きたいことがあった。


「これから、どこに行くの?」


「俺の店さ」


 そう言う男はまたもにんやりとし、どことなく悪どさがあった。私は瞬時の思考と鳥肌が一致し、足を止めた。そして掴まれた左手をパッと振り解き、先ほど歩いてきた道を急いで走り出した。男は背後で、えっ!?、と声をあげ、追いかけてきた。


 しかし脚力には力量が出るものだ。いくら足の速い女性であっても男性のトップスプリンターに敵わないことと同じように、そこそこ速い私の足であっても肩を掴まれ、瞬時に捉えられた。私は必死の抵抗として手を何度も振り解いたり足を踏んづけてみたりしたが、虚しいほどに効いてはいなかった。


「ちょっ、ストップストップ!まっ……いったぁ!?」


 そうでもないらしい、意外と効いている。


 そうしてわやくちゃに抵抗を続けていると、背中にひんやりとした感触と人間らしき柔らかさを感じた。すぐに背後からか細く小さな悲鳴が聞こえ、振り返ると、眼前には道端に倒れ膝をつく女の子がいた。ダボダボのお洋服に鮮やかなアイスクリームが付いており、こちらを呆然と見上げている。


「ご、ごめんね!大丈夫!?」


「あっ、アイス……おねえさん、ごめんなさいっ」


 ぶつかってしまったのか少女が転んだのかわからないが、ひとまず謝り、無事を訊いた。少女は無惨な姿になり下がったアイスクリームを少し見つめたが、すぐにこちらへ目を向け直し、謝罪をしてくれた。私の背中はほんのりひんやりしていて、どうやらフードの布切れを越えて制服にまで染みているらしかった。


「私は大丈夫……ごめんね、アイスが台無しに」


「ようリンちゃん、このお嬢ちゃんがすまんね。ほらこれ、使いな」


 男はいつのまにか、ハンカチをリンと呼んだ少女に差し出していた。そのハンカチを使って少女は服に付いたアイスクリームを拭う……ハンカチは新品同然の真っ白な姿から、柄不揃いな染め物へとなり下がっていた。


「ありがとう、シャルルのおじちゃん!」


「はははっ、俺はまだおじちゃんじゃねえぞ!ママによーく洗ってもらいな。あとこれで、新しいアイスでも買いな」


 そう言って、惜しげなく男は少女に一枚の紙幣らしきものを渡した。少女はハンカチを返し、その紙幣を受け取ってニッコリ笑った。


「やったぁ!」


 少女は反対方向へ向けて走っていった。しかし数歩でピタッと足を止め、くるりとまたこちらに駆け出し私の前で止まって、言った。


「おねえさん、心配してくれてありがとう!リンは大丈夫だよ!」


 少女は花咲くように笑った。そしてペコリとお辞儀をし、また走り去っていった……。


「あの子、たまに店の手伝いへ来るのさ。なんでもお母さんの力になるだなんだ言ってな……片親なのさ」


「あんなに、小さいのに」


「そんなやつは珍しくないさ、生きてりゃな。それより急に逃げ出しやがって!一体全体なんだってんだ!?」


「ご、ごめんなさい!でもあんな気持ち悪い笑顔で言われたら……」


 ハッとし口に手を当てた。男は見下ろしながら大層嫌そうな顔をしていた。


「気持ち悪いって、おまえ……ハァ、まあともかく、変に目立たずに済んで良かったな。ここら辺じゃすぐに人が集まるんだ。ここの住人はなんでも祭りかなにかと勘違いしやがるから……」


 男はやれやれ顔で頭を掻きながら、忠告と言わんばかりに険しい顔で言った。


「いいか、お前が言う俺の、気持ち悪い笑顔になにを想像したかは知らないが……そのペラッペラな鉄板みたいな身体に欲情して襲おうなんてことは一切ないからな?まあそういう趣味のやつはこの街にゃゴロゴロいるだろうが……ともかく!これ以上妙な真似してみろ――」


 こちらに顔を近づけ、声音を下げて言う。


「この世界で、死ぬことになるぞ」


 ――生唾が喉を通る音を、この時ほど明確に聞いた覚えはない。

 私は首肯し、その忠告をよくよく飲み込んだ。


「ごめんなさい……でも、ペラッペラなんかじゃありませんからっ」


 忠告は飲み込んだ。しかし、そこだけは言わざるを得なかった。なかなかパッとしない身体的特徴をそう易々と否定されては、こちらだって腹を立てないでいられなかった。男は少し驚いた様子でこちらを見ていたが、やがてこれまでで、一番大きな笑い声と身振りでのけぞった。


「なっ、そんなにおかしい、ですか!?」


「おかしいもオカシイぜ!なかなかのお笑いだ、近場の劇場でだって、こんな喜劇は聞けない!ヒィィー」


「なっ、なっ……!!」


 私は拳を震わせ、目の前で笑い転げる男を睨んでいた、が。


「……ぷっ、ふふっ!」


 そんな男に釣られてか、私も笑い出してしまった。なんだかこうして人を心配したり、怒ったりするのが久しぶりであったからでもあろう。私は先ほどとは別の意味で身体を震わせ、この現実とは違う別の世界で懐かしい、子ども時代のような愉快さを身に覚えた。


 それぞれ笑いの潮が引く頃、男は何かを思い出したかのように手を打ち、口を開いた。


「まだ名前言ってなかったか、俺はシャルル、シャルル・アルブレヒトだ。お嬢さん名前は?」


「ルナ、天橋ルナです。えっと、シャルル、さん?」


「はっ、シャルルでいいぜ。それと敬語はなしでいこう、堅っ苦しいからな、ルナ」


 そう言ってまたブーツを鳴らすシャルル。私はいつぶりかに呼ばれた名前にこそばゆさを覚えつつ、少し頬を上げて彼の後に続いて歩き出そうとした――




 凄まじい爆発音を添えて――。




 

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