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密告




 パンカー出現の振動をキャッチした私とシャルルは急いで出向いた。細路地を通り抜け、やがて人波の大きい場所に到達する。見慣れた顔がちらほらおり、シャルルと私に状況だけ伝えて、爆発音の絶えない位置からどんどん遠ざかってゆく。


「……ルナ」


 人混みの間を掻い潜りながら、シャルルは私に聞こえるように語気を強めつつ、言葉を選んで言った。


「もしさっきの話を聞いて躊躇うなら……俺がやる。この銃でも頭を何発か撃てば……だから、そのときは言ってくれ」


 私は自身の内に渦巻く嫌気とシャルルの気遣いに感謝しつつ、彼の耳元にも届くように言った。


「大丈夫、私……迷わないよ」


 言葉はきっと正しく、間違っている。しかしこれが最善だとも思うから――私はその言葉通り、人混みを抜けた先で歪に荒れ狂うパンカーへ……懐中時計を刀に願い変え、刃先を向けた。


「ヴウオオォォォォォッ……」


 シャルルを後方に残り、私は怪物へと刃先を向けつつ商店街のアーケードへと飛び移る。怪物はこちらをジッと見つめながら、やがて手のひらから光球をやたらめったら放ち始めた。


 光球、着弾と同時に爆発。そこここで炸裂し、炎と煙がはらはらと上がる。跳んで、跳んで――パンカーの隙を見る。しかし目の前の怪物は思考など存在しない様子で、ただ光球を放ち続けるのみであった。


 なにか様子がおかしい。


 それはシャルルも同感であったのか、次に私がシャルルの元へと着地した時、彼は声を荒げながら言った。


「ルナ、これまでと違うぞッ!!」


 私は頷き、パンカーが無垢に暴れ回る様を見ながら、その動きをあらためて観察した。


 ……これまでのパンカーは明らかな敵対意思があった。それはなにか、自身の身を守る行動にも似ていて、加えて混乱状態でもあったように思う。しかし今回はどうだ……まだ思考の発達しきっていないような、自身がなにをすれば良いのか、そもそも身を守る必要があるのか甚だ疑問に思っているような――


 建物の陰からそう分析していた時だった。爛れた喉をいつも通り使おうとしているかのような声が、パンカーからしたのだ――。




「オォ……えぇ……チャ……」




 耳、脳……そして記憶。それらが直結しある確信めいた思考が芽生えた時、なにかプツリと切れたような気がして、異様なまでの怒りが腹ワタと脳みそに渦巻いた。パンカー……人……そして、今回の動作と聞き覚えのある言葉。


「シャルル……リンだよ、あれ」


 シャルルは一言も発することなく、私の背後からは環境音に混ざって歯軋りが聴こえた。


 パンカーはわけもわからぬ、といった様子で暴れながら叫んだ。かと思えばピタリと止まり、目から別の光粒を落とした。


「……私、行ってくる」


 シャルルは背後から、ああ、とだけ言った。私はゆっくりと物陰から出て、パンカーの目の前に立った。


「オ、え……エ、チ……ャ……」


 再び、パンカーはそう言った。佇む私に汗などなく、ただなぜこうなってしまったのかという無頼な後悔と……もしこうした犯人がいるのならば、私は躊躇なく斬り殺すだろう、という明確な殺意だけがこめかみの青筋に伝うばかりであった。


「オエェ、チャ……?」


 パンカーはそれまでの動きを止め、こちらを凝視し首を傾げて言う。頭がどうにかなりそうだった。


「今、どうにかするから」


 攻撃するそぶりのないパンカーを前に、私は深呼吸をし、刀を構えて祈りながら前方へ跳躍した。




 ……せめてなにも痛く、なにも知りませんように。




 パンカーの背後で着地し、刀を懐中時計へと戻す。振り向くとパンカーの動きは完全になくなり、巨躯は地鳴りを上げて倒れた。切り落とした頭は地に伏し、ゆっくりとどす黒い生血を垂らしながら……声にならない状況で口をパクパクと動かしていた。


 アリガトウ。


 私はたいして疲労のしていないはずの身体が一気に崩れ落ちる感覚を知った。膝の受け身などお構いなしに、今度は私が地に伏したのだ。最善ではあったように思う。しかしこれはなんだ?どうしてこんなことになっているのだ?


「君は何のために戦ったのだ?」


「……え」


 聴き馴染みのない声が背後から響く。振り返るとそこには、厚手のロングフードを被り顔はまったく見えず、そしてこれまた厚底のブーツを履いた人物。あれ、どこかでこの特徴を聞いたような……そう思い出し、私は二転三転する自身の情緒に混乱しつつ、目の前のフードマンに訊いた。


「あなたは……誰です」


「……君に危害は加えない。ちょっとした問答がしたいだけさ」


 フードマンはどこか霧のように掴めぬ調子で笑う。


「再度訊こうか。君は何のために戦っていたのだ?」


「私は……この街のみんなをパンカーから守りたくて――」


「そのパンカーは元人間さ。この街の住民を使って、私が起こしていたのさ」


「なっ!?」


 驚き――次に到来したのは身を焦がすほどの怒り。私はほとんど反射的に目の前に立つフードマンへ殴りかかった……が、私の振るった拳はフードマンに当たることなく空を切った。回避されたのではない。なにかホログラムのようなものなのだ、このフードマンは。


「無駄だよ。これは別の場所で映像を撮っている。……そして安心したまえ。パンカー連続出没事件はこれで最後だ」


「……どういうこと」


「彼らはちょっとした犠牲だ、よく言うだろう?大きなもののために僅かな犠牲は仕方がない、と。……私はこれから、歴史すら消し飛ばすほどの事件を起こす」


「そんなのさせないっ!」


「まあ君にはどうすることもできまい……おっと!そうだそうだ、飛ばしていたね。君は街の人々のためだと言っていたが果たしてそうかな?」


「えっ」


「君はそこまで大きなものを守りたいわけじゃない、そうだろう?……君は仲間、もっと突き詰めれば、シャルルのためじゃないのかい?」


「……っ!?」


「その反応は図星、といったところか。それにそこまで狼狽える必要はないよ、大抵の人間はそうして生きている。というより誰のためにも動かない方が多いだろう?……ま、そんな話をしたいわけじゃない。ずばり、君の行動原理となっているシャルルのことさ」


 フードマンは手を広げながら意気揚々と話す。



 

「彼はね……母親殺しさ。あれだけ街の人々を想うふりをしておきながら、根本は実の母親すら手にかける畜生さ、サイコキラーさ」


「なっ……そんな嘘っ!!」


「嘘と思いたいならそうしたまえ。本人に訊くのが一番早いがね」


 フードマンは不気味に笑い、後に私の背後からやって来るシャルルに気がついたらしく、長ったらしいマントを翻して言った。


「そろそろお暇かな……それじゃあお嬢さん、また」


「……」


 シャルルが霧を払って到着したと同時に、ホログラムは消えてしまった。シャルルは慌てた様子で、私の肩を掴んで言った。


「すまん、向こうで瓦礫に足を取られたやつがいて……ルナはなかなか戻って来ないし、どこも怪我はないかっ!?」


「う、うん」

 

 シャルルの動揺は本物である。私もその、普段見せる彼の善性は疑ってなどいなかった。しかしなぜだろう、あのフードマンが言っていた内容が、脳の片隅に影を落としている。


 しかし今はそれどころではない。私は先ほどのフードマンのことをシャルルに報告した。……唯一、母親殺しの件だけは隠して。


「……ひとまず、ここを離れよう。あんまり長居すると別の厄介ごとに巻き込まれそうだ」


 遠くから警察の到来を知らせる笛が鳴る。私とシャルルは人目につかない路地裏や脇道を利用しつつ、モノノベ屋へ向かった歩いた。……そうだ。フードマンのあの言葉が嘘かどうかは本人に訊けばいい。それだけのことなのだ。


 私はフードマンの不敵で怪しげな笑みの残像を見ながら、絶えず立ち込める霧の中、帰路についた。

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