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されど夜は続く




「いやぁ〜噂は耳にしていたけど、なかなか良い劇だったねぇ」


「ふふっ、そうだね」


「そりゃそうだが……なんでまだついてきてんだ」


 劇場を後にし、大衆酒場のテーブル席。辺りは先ほどの劇場とうって変わって、さまざまな職種の大人たちがどんちゃん騒ぎを起こしている。上品さを残しているのはこの卓ぐらいである。私はコハルとローズの劇作感想会話に混ざることなく、僅かな眠気と脂っこい料理にぼんやりしつつ、座席に背中を預けていた。


「相変わらず酷いねぇ、君は。さっき言っただろう?この時間のために業務は終わらせてきたんだ。向こう一週間ほどの業務は……ね」


「ならこの後の温泉も来る気かい?君は貴族の当主だろう?」


「当たり前だよー!僕に差別意識はないからねっ!」


「……こいつと裸の付き合いはごめんだ」


「良いじゃないかシャルル〜!僕は君の新たな一面を知れることにワクワクしているよ……!」


「おえぇぇ……気持ち悪りぃ」


「おいシャルル、食事中だぞ」


 三人はそれぞれお酒を片手に会話を続けた。……ん、おんせん?




「おんせんサイッコー!!!」


「私にはあまり良さがわかりません。こんなのはサビが回るだけです」


「ローズはロボットだからね……」


「ふふっ、君たちは仲が良いらしいね」


 大衆浴場。長ったらしい髪を纏めつつ、湯船に浸かる。この世界に来て初めて、手足を自由に伸ばして悠々とお湯を堪能している気がする……。


 ……それにしても、ローズはともかくみんななんだか大人っぽい。


「どうしたんだい、ルナ。あまりジロジロ見られては恥ずかしいものだ」


「あっ、ご、ごめんなさい」


「……まあいい。なんとなくわかった。発育は人それぞれさ、君もそのうち――」


「なっ、なんでもないです!」


 ……馬鹿にされた気分だ。しかしその時のエヴァさんは不敵そうな笑みを浮かべながらも、どこか羨望を眼差しをしていたような気がする。


 コハルもエヴァさんに続いて少し笑ったので、私は思わず立ち上がって反抗の意思を見せた。曲線の滑らかなはずなのに、少しだけ寒かった。




「いやぁ良い風呂だったねぇ〜!なぁシャルル君!」


「……」


「おや、のぼせたのかい?」


「んなわけ――はぁ……なんで風呂でもうるさいんだこいつ」


「ふふっ、君たちも堪能したようだな。こっちではルナが――」


「エヴァさんっ!?」


「ん、ルナがどうかしたのか?」


「ふふっ……いいや、ちょっとしたお悩み相談さ。ね、コハル?」


「ですねぇ〜」


「二人ともやめて……」


「大丈夫ですよルナ。前に本で読みました……女性は乳房や臀部の――」


「ローズやめてッ!!」


 ……道すがら、盛り上がる。街はすっかり夜に覆われ、人影も少なくなり、集合住宅の窓灯りと街灯がポツポツと辺りを照らすのみ。空にかかっていた雲はすっかり消え、金色のマリと煙突から立ち昇る蒸気のそこここに星が瞬いている。


 もう少しでモノノベ屋に到着する時……一団から少し離れた後ろでエヴァさんと話す。


「こうして息抜きでもしないと、シャルルや他のみんなの気が滅入ってしまうと思ってね……今日はどうやら、良いリフレッシュになったみたいだ」


「そう、ですね……ありがとうございます」


「ああ、例には及ばないさ。私もここのところ、パンカーだけでなく色々な事件で少し遊んでみたくなったのさ」


 エヴァさんは空を見つめながら、微笑んでそう言う。私はそんなエヴァさんを他所目に、前を歩く四人を見つめながら……先ほどの、エヴァさんの発言を汲みつつ、しみじみ思って言った。


「みんな楽しそう……シャルルも」


「ああ。特にシャルルには少し楽になって欲しかったからな。……ああ見えて、彼は真面目だからな。こちらが気にしていないとすぐ根を詰めてしまう」


「昔からそうなんですか」


「そうだな……よく、自身の発明に前のめりになりすぎて夜更かしをし、翌朝寝坊をして……なんだか懐かしいね」


「ふふ、なんだか想像通り」


「先ほど言った真面目、ではなかったかもな!……ただ」


 そう言ってエヴァさんは真っ直ぐシャルルの背中を見つめ、姉弟よりも深い、母親のような目をして続けた。


「誰かのために自身の身を滅ぼしかねないぐらい、情には厚い。……だからもしも、シャルルがそのような状況に立った時、君たちが止めてくれ」


「……今の事件、そうなるかもしれませんか?」


「そうなるんじゃないか、と私には予感がするんだ。きっと私では止められない。止めるには……少しだけ、心が遠ざかってしまった」


 程なくして、エヴァさんは遠くの……過去の断片を見つめるように歩いていた。しかしそれはあまりにも一瞬で、エヴァさんは再び笑顔を見せ、続けた。


「まあそうならないように願っているし、君たちの制止も聞かなかったら思いっきり引っ叩いてやれ!私も叩きに行く!」


「あははっ、そうします!」


「エヴァさん、ルナ〜!そろそろ戻ってきて!」


 コハルが振り向きながら手を振る。ローズはコハルと同じ動作をウインウインしている。


「姉さん、ルナ……このバカを止めてくれ」


「バカだなんて酷いなぁ〜!君にちょっとした愛を伝えているだけじゃないかぁ〜!」


 シャルルは救いを求める目を向けて、こちらを見ている。ハイネさんは変わらずシャルルにちょっかいを出し続けている。


「……そろそろ戻ろうか。なんだか楽しそうだ」


「そうですね……!」


 私とエヴァさんは歩調を早め、一団に追いつく。




 ……この夜ほど、なにか満ち足りたものを感じたことはないだろう。周囲に友達とも、仲間とも呼べる人たちがいて。空は少しくすんで見えるが、おおまかに見れば一点の曇りもないといった調子だ。大きく息を吸っても、その一挙手一投足に大した迷いもなく、空気と呼べるものは身体中に染み渡り、涼しい風が私たちの間を通り抜けてゆく……。


 この時間が続いたら良いな。


 なんの懸念もなくそう思えたのは、決して間違いではなかったのかもしれない。しかし直後、ほんのり元いた世界にも哀愁を感じてしまうのは贅沢とすら言える。……私はそんな風に少し、自嘲気味に軽やかな笑みを浮かべて、歩みを続けた。

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