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エヴァさん

 しばらく放心していたシャルルだったが、やがて我を取り戻したように、自身が着ていた警官用ジャケットを脱ぎ、私にかけてくれた。


「と、とりあえず……わかったから、これ着とけ」


「あ……う、うん」


 私も咄嗟にとってしまった行動を、今更ながら恥ずかしく思い、ジャケットを急いで羽織る。そしてどちらからともなく、また並んで歩き出した。


 重々しく響く靴音。その跳ね返りが聴こえるほどには街は静かで、同時にシャルルと私の間には会話がなかった。


 しばらくジャケットからは手を離せなかった。


 ……それにしても、どうして私の身体にも聖痕と呼ばれる痣があったのか。自身の出生になにか、この世界と繋がりがあったのだろうか。そういえば、父が母と出会ったのは奇跡のような状況があったからだ、と母は昔言っていた。当時は単なるロマンチックな表現に寄ったものだと、幼年ながら少し冷ややかな目で見たものだが……同時に、憧れたものだ。


 異世界への転移、パンカーの連続事件、懐中時計の謎、ヴァレット家の聖痕……なにか運命的なものが働いている。

 私はモノノベ屋に着き、ベッドに入って眠りに就くまで――黙々と、らしくもない妄想的な思考を巡らせた。




 翌朝。シャルルと私は寝不足ながらもいつも通りの刻限に目を覚まし、それぞれ目を擦りながら、昨日入ることの出来なかった風呂に入って、諸々の汚れや眠気を落とした。先に私が入ったのだが、浴室から出ると、以前貰った衣服に似た新しいシャツやベスト、焦茶色のブーツが置いてあった。


 私やシャルルが帰ったことに、コハルやローズは色々と心配してくれた。特にコハルは凄まじく、袖が朽ちてしまいそうなほど涙をボロボロと溢しながら、私の無事を喜んでくれた。ローズは相変わらず、無事で良かったです、と無表情な割に鉄パイプをカンカン鳴らして感情を露わにしていた。うるさい。


 食卓を囲み、ローズの作ったゆで卵とジャム塗りパンをそれぞれ食べる。その間にもこれまでの話やそれぞれの話を思い思いにしていたのだが……シャルルがなにか思い出したかのように話し始めた。


「そういえばルナ、昨日言ってた痣は見間違いじゃないよな?」


 私はその言葉に少し胸が高鳴ったが、すぐに平静を取り戻し、冗談混じりに衣服へ手を掛け、昨日みたいに確認する?と言ってみた。するとシャルルは少しばかり頬を染め、慌ててパンを落としそうになっていた。


「い、いいっ!見せなくていいっ!見間違いじゃなきゃいいんだ!」


「シャルルは見かけによらずピュアなのです」


 シャルルの慌てぶりを見てか、ローズが腕をくるくるしながら淡々とそう言った。コハルはなんだか意外そうな顔をしており、変わらず朝食を楽しんでいる。私は内心、ほくそ笑みながら少し嬉しかったのだが、それが顔に出ていたのか、シャルルに声高注意された。


「まったく……いいか、年相応の女の子が簡単に素肌なんか晒すんじゃないぜ。この街にはそれなりに危険だってあるんだっ!」


「へぇ……シャルルはちゃんと私のこと、女の子だって思ってるんだ」


 私は半分意外に思いつつ、もう半分は、常に飄々としているシャルルをこの機にからかってみようと試みた。なので私の言葉にシャルルも苛立ちが来たのか、こめかみの辺りに青筋を立てながら、悪そうな笑みを浮かべて席を立ち上がった――その時。


「シャルル、いないのか?」


 全員、声のした方を見た。それはシャルルの後方……いや、仕事場からである。壁の薄さや呼びかけた声の大きさもあって、微かだがそうわかる。


 シャルルは切り替え、仕事場の方へ駆けて行った。


 その間、きょとんとしていた私とコハルを他所目に、ローズがこれまた通常運転、淡々と言った。



 

「ルナはシャルルが好きですか?」



 

「……えっ!?」


 脈絡のない質問に、先ほどのからかい心はどこかへいってしまった。ローズは質問の答えを待っているらしく、首を少し傾けてこちらを見つめている。それから、少し混乱した私を無視して質問を続けた。


「どうです?ちなみに私は大好きですよ、作ってくれましたからね、この私という天才万能ロボットを!」


 ウィンウィンガシャン、ピースピース、カンカンカン!無駄なく無駄な動きで好きを表現するローズ。その動きにハッとし、ようやく質問の真意が伝わる。同時に別ベクトルの好きを連想していた私は、なんだかうやむやとした思考を一度振り払い、きちんと答えた。


「うん、私も……シャルルのおかげで、この世界にも慣れたし生きていけてる。もしシャルルが見つけてくれなかったら……どうなってたかも想像できない」


 私のしみじみ湧き出る本音。コハルが頷きながら、同意を示す。


「私もそうですっ!最初はなんか胡散臭い人だなぁーとは思ってたけど、面倒見良いし、この世界の勝手も教えてくれたし……!シャルル大好きー!」


 私たちの答えを聞いてか、ローズは珍しく静かに頷き、ありがとうございます、と言って加えた。


「シャルル好きが増えて光栄です。まあよほどのことがない限り、シャルルを嫌いになる人はいませんけどね。例えば他人に借りたものを勝手に改造してまったく別のものにしてしまったり……発明したものの試運転で建物を破壊したり……」


「あー……」


「それは嫌いになる、かも……」




「なんだか楽しそうな話をしているね」




 私は聞き覚えのある声で驚き顔を上げた。肩辺りで切り揃えられた金髪、線のある緑眼、よくよく整った、まさにお姉さんと呼べる顔立ち。


「エヴァさん!?どうしてここに?」


「えっなにこの超絶美人……だれっ!?ルナ知ってるの!?」


「お久しぶりです、エヴァ」


「あらルナ、元気そうでなによりだ。まあ昨日ぶりだがな。……ローズは、相変わらずだな。それにしても……君も新顔か、名前を訊いてもいいかな?」


 エヴァさんはそう言い、落ち着き払ってシャルルの座っていた席についた。コハルが緊張しながらも自己紹介をし、エヴァさんはうんうんとゆっくり頷いていた。


 昨日見た服と似た、少し厳しくもよく似合っている格好だ。警察帽はなく、のりの効いたクリーム色のシャツは、胸の位置で大きく曲線を描いており、よく引き締まった腰、黒色パンツのスラっとしたライン……同性であろうと憧れてしまうような女性である。


 コハルの自己紹介が終わったのか、エヴァさんは勝手にコーヒーを作り出し、作業がてら話し始めた。


「それにしても、ここで四人か……一人ぐらい預かっても良いだろうか?」


「良いわけねぇだろ」


「おや、シャルル。勝手に上がったよ」


「勝手に上がるんじゃねぇよ……下のとこで待っててくれって言っただろ」


「あそこでは窮屈でね……それにルナの無事も確認しておきたかったのさ」


「……それに関しては、感謝してる。……ありがとう、姉さん」


「ふふっ、どういたしまして」


 ……ん?


「「姉さんっ!?!?」」


 私とコハルが同時に声を上げる。そこでエヴァさんはなにかに気がついたのか、コーヒーの入ったマグカップを持ちながら、こちらを向いた。




「あらためて……私はエヴァ・アルブレヒト。正真正銘、シャルルの姉さ」



 

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