聖痕
衝撃の告白に、私は一瞬思考がフリーズした。シャルルが四大貴族の末裔……。ようやく思考に浸透したのか、思わずシャルルを見上げてしまった。シャルルは大きな舌打ちをし、こちらの視線に気がつくと、なにやらバツの悪そうな顔をしていた。
「えっと……隠すつもりはなかったんだが、別に言う必要もないと思って、な」
「シャルルって、実はすごいんだね……!」
「はぁー……あんまり買い被らんでくれ、ただのはとこってだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。それに……」
一瞬、シャルルは言い淀んで、続けた。
「この街に住むなら、そういうことは伏せておかないといけないんでね。だからルナも、無闇に話したり詮索したりするなよ?」
この時のシャルルはなにか、鬼気迫るものがあった。私は自身の知識に溜め込まれたものたちで瞬時に想像し、よくよく頷いた。
「ちなみにヴァレット家の人間はね……見分けが簡単につく場所がある。どこだと思うー?」
「え、えっと」
シャルルを差し置きハイネさんはそう私に訊いた。この人はさっき会ったばかりの人にこうペラペラと話して大丈夫なのかな……?そう思いつつ、しばらく思考してみたものの、やはりわかる術もないため、首を横に振り、訊いた。
「想像もつかなくて……そんなものがあるんですか?」
「そう!……まぁ想像つかなくても無理はないね。でもこの街や国では神話になっているくらいには有名なんだ。覚えておくと良い」
そう言ってハイネさんはひと息つき、むかーしむかし……と、なにやら長そうな話の切り出しをしたのだが、シャルルが無言のうちにジーッと刺すようにハイネさんを見たため、彼は話を咳で誤魔化し、代わりに端的に言った。
「ま、まぁ長い話は置いておいて……つまり!僕らヴァレット家の人間には、心臓付近に三発の弾丸を受けたような痣があるんだ。ちょっと待ってね……」
「えっ!?」
「おいバカなにして――」
シャルルの制止も虚しく、ハイネさんは白の透き通るシャツのボタンを開け、下着をたくし上げて上裸を外で晒したのだ。毛のない、よく鍛え上げられた筋肉……そして先ほどの言葉通り、見れば心臓付近に確かに弾丸を撃ち込まれたような痣が存在した。この時、私がどれだけ胸をざわつかせていたかは、誰にもわからない。
「――ご覧の通り、ってわけさ。もちろんシャルルにもある。ヴァレット家の血が少しでも流れていれば、必ずあるんだ。これを神話内では聖痕と呼ぶ」
「……」
「はぁー……立ち止まるんじゃなかったな。帰るぞ、ルナ」
そう言って去りゆこうとするシャルル。それを見かねてか、ハイネさんは大急ぎで服を元に戻し、呼び止めた。
「まあまあ待ってくれ、なにも僕がただ君たち――特に、シャルルに世間話をするために声は掛けないことぐらい、君にはわかるだろ?」
シャルルの足が止まる。そして頭を強く掻きながら再度ハイネさんの前に戻り、苛立たしげに無言で首を捻った。
「おーこわいこわい。そんな顔、レディの前でするんじゃないよー」
「早く本題へ入ってくれ。でないと今度こそ帰る」
仕方ないなぁ、と言わんばかりの顔で両手を胸辺りに上げるハイネさん。私はただ呆然と、先ほどの聖痕についてぐるぐると思考を巡らせつつ、彼の話をシャルルの横で聞いた。
「ここ最近の事件は知ってるね?なんだっけな……パンカー?とか巷で囁かれてる、あの化け物に関してのことだ」
話し始めた途端、人が変わったように厳格で鋭い目つきとなったハイネさんは、一段下がったトーンで続ける。
「君があの事件を追っているらしいとの情報が耳に入ったから、忠告しておくんだけどね……あれは生優しいものじゃない。手を引くなら今のうちに、ということさ」
そこまでハイネさんが話すと、今度は対照的にシャルルが少し笑い始め、かと思えばいきなりハイネさんの襟首を掴み、強引に引き寄せて怒気を含んだ声で言った。
「ハイネさん……俺は生半可な覚悟で仕事やってねぇんだ。そんなことのために引き止めたってなら……あんた相手だって――」
そこまで言って……掴まれていたハイネさんは、今までで一番の笑い声を上げた。待機していた馭者が驚いた様子でこちらを見ている。シャルルは表情を変えることなく、掴み上げたハイネさんを睨み続けている。
「……いやーまったくっ!やっぱり君は、僕が認めた人間の一人のようだっ!!その返事を待っていたさ!」
「……」
「シャ、シャルル」
私がそう咄嗟に名前を言うと、シャルルはこれまた大きなため息と舌打ちをし、ゆっくりとハイネさんの襟首から手を離した。
「……はぁ。あんた、その他人を試すような真似はよした方が良いぜ」
「はー、ごめんごめん!つい癖でね……後ろのお前、なにをしている?この会話に手出しは必要ないと先刻告げたはずだ。その鉄屑を下ろせ」
ハイネさんはシャルルを見たままそう告げた。私がハッとして見れば……シャルルの後ろ、闇に紛れてまったく気配を察知させない、馭者の一人と思しき人物がいた。その黒塗りの男は一丁スッと、ジャケットの袖に漆黒の銃器をしまった。
「会話の定員は三名までだ。貴様は向こうの馭者といろ、これは命令だ……行け」
ハイネさんが今度は怒気を含んでそう告げると、黒塗りの男はまたも闇に溶けるように消えた……そう、消えた。そう表現するほかない、音のない去り方だった。ハイネさんは手を叩いて調子を戻し、先ほどの話を続けた。
「さてさて邪魔が消えたね……続けようか!さっき君に言ったことは本当さ。実際、厄介な相手になると思うよ」
それから少し言い淀み、なにか大きな転換をして言った。
「この事件……恐らく、四大貴族の一部が関わってる。ヴァレット家の一部も、ね」
「それって……」
「ここに来て間もないルナちゃんでも危険だとわかるほどには、今回一筋縄ではいかないだろう」
「……」
シャルルは腕を組み、無言で頷く。ハイネさんは数歩ほど馭者の方へ歩み寄り、去りゆく姿勢を見せながら加えた。
「だからもし、シャルル。君や君の仲間が事件の手がかりを見つけた時……僕にも相談してくれ。僕もわかったことがあれば君に連絡はするが、立場上、大きくは動けないからね」
「……わかった」
「……うん!よーし、言いたいことは言えたし、そろそろ僕も眠いからね、帰らせてもらうよ」
ふわふわとあくびをし、歩きながらそう言うハイネさんは、馭者に迎えられつつこちらに手を振った。
「またねシャルルー、ルナちゃんもまたねー!」
ハイネさんの一団が夜更けの街に消えた後……私とシャルルは無言で、疲労感を漂わせて見慣れた街を歩いていた。シャルルは終始なにやら黙考している様子で、時折なにか虚空へ呟いていた。
東の空、分厚く垂れ込める雲の端がだんだんと妖しく光り出す。東雲の街、まだ人影はなく、なにかを言葉にするには響きすぎてしまうような気がした。
「ねぇ、シャルル」
「ん、なんだ?」
「ちょっと……見て、欲しいものがあるの」
私はそう言って、研究所の白衣を上から下へ少し伸ばし、ちょうど心臓付近が見える格好となった。少しばかり高鳴るこの心臓……原因は不安か、それとも――。
「っ!?!?なにしてんだルナ、おまっ――……な、なんで……どうなってんだっ?」
「わからない。でも、ハイネさんの話と一致するの、かな……?」
私は自身でも再度確認した……やはり、私の心臓付近、三点の弾痕のような……不思議な痣があった。




