真夜中の邂逅
「……ろ」
「……」
「もう着くぞ、起きろ」
「ん……」
シャルルの呼びかけで目を覚ます。貨物車の中からちらちら見れば、そこは見慣れたトワレ街の風景であった。しかしまだ夜なのか、街は静けさに満ちている。ただこの列車や遠くの摩天楼屹立の管が、けたたましく唸っている。
「到着と同時に紛れて出るぞ。怪しまれると面倒だ」
「うん」
やがて列車は減速しだし、ブレーキ音がかなかなキリキリと鳴る。一度汽笛が大きく響き、直後、列車はガタンと揺れて動かなくなった。シャルルの合図で貨物車の扉を少し上げ、瞬時に飛び出した。
辺りを見渡す。見ればどうやら着地点は駅ホームの端だったようで、誰も私たちが貨物車から出てきたことに気づいていない様子だった。というより、この時間に客などいるはずもなく、いるのは駅員や貨物を下ろすための従業員ばかり。……逆にまずいのでは?と思ったが杞憂で、それぞれ人々は自身の仕事にしか目が入っていないようだった。
「さて……紛れて出るかな」
シャルルが私の手を引きつつ、駅の端、大きな柱の陰に入ってちろちろ辺りを見渡していた。高く開けた天井、いくつも張り巡らされた蛍光灯、ホームは数個存在しており、それぞれ番号が振られている。クリーム色の印象を持たせる駅全体はまさしく、工業都市を思わせた。
「……ルナ、少しこれを被っていてくれ」
「これ、フード……?」
「これで顔を隠しつつ正面から出る。俺は今警官の姿だ、怪しまれることはないさ」
私は差し出された薄手のロングフードを被り、シャルルは一度身だしなみを整えてから、それぞれ並んで歩き始めた。
大抵の駅員はこちらにまったく目もくれず仕事に没頭していた。たとえ少しこちらを見た者がいても、すぐに目線を外し、仕事へと戻っていった。改札口と思われるゲートにも駅員は在駐していたが、自身の仕事に忙殺されているのか、気だるげな表情でデスクにかじりついていた。
何も怪しまれることはなく、ゲートをくぐる。シャルルは焦りを抑えるように、あたかも公務中であるかのように振る舞い、私を連れて一定の速度で歩く。……これならもう大丈夫だ、そう思いながら無言で私も続く。
改札を抜けた先、すでに見慣れたトワレの街並みがあった。若干のゴミと硝煙の混ざった匂い。私は歩きながら深呼吸し、すでに懐かしみを覚えた空気を味わった。一人胸を撫で下ろし、さらに街の奥へと進もうとするシャルルの後を追うかたちで進み続けた。
駅出口付近、なにやら数人の馭者と、一人明らかに身なりの違う者がいた。彼らはひそひそと談笑しており、こちらに気づいていない。シャルルと私はその傍をなんでもないかのように歩いていた。
するとどうだろう、一人身なりの違う男性のみこちらに目を凝らし、パッと顔色を変えてこちらに手を振ってきた。
「やっぱり、シャルルじゃないか!!」
「……げっ」
シャルルは立ち止まり、顔を逸らしながら、なにか厄介そうな顔をしていた。私はわけもわからないので立ち止まり、無言でシャルルの顔を見上げていた。身なりの違う男性は、おーいこっち来なよ、と陽気に言って、シャルルを誘う。
やがて耐えかねたのか、その男性は馭者と思しき者たちに二、三言告げ、こちらに向かってきた。シャルルは小さくうんざりとした舌打ちをした。
「こんな夜更けに出会うとはねー!やはり、君と僕にはなにか見えない縁があるようだ」
「……たまたまだ、まったく」
「それにしても……その格好はなんだい?まるで警察そのものじゃないか。それに……側にいるのは誰だい?もしや……誘拐っ!?」
「んなわけあるかっ!!」
「いやはや君は少しグレーなことをしているとは知っていたが、こればっかりは見過ごせ――え、違うの?」
「めんどくせぇ……」
「まあまあそう言うな!君と僕の仲じゃないか、多少の誤解はより仲を深めると言うしね!」
「はぁー……お前と仲良しになった覚えはねぇ。せいぜい犬のフンをかき集めて売りに出した位の仲だ」
シャルルは終始うんざりとしており、今までに見せたことのないジト目をしていた。それとは対照的に、目の前の男性は終始楽しげである。
「それにしても……その子、見ない顔だね。この街に白銀色の髪をした青眼の子などいただろうか?見れば忘れようもないんだが……」
「あー……つい最近うちに入った新人だ。つーか、やっぱり覚えてやがったか。この脳みそお化けめ」
「まあねー。そのおかげで今の地位があるってものさ」
いまいち掴めていない私を見てか、シャルルはため息混じりに目の前の男性を指差し、紹介をしてくれた。
「こいつはハイネ、ハイネ・ヴァレット」
「どうもお嬢さん、ヴァレット家十八代当主のハイネ・ヴァレットです。以後お見知りおきを」
「えっと、ルナです……貴族、ですか?」
ひとまず苗字は伏せた。この世界に来てから自身の苗字は伏せておいたほうが良いと思ったからだ。
この街に住む人々の苗字に漢字らしき語感は使用されておらず、自身の苗字が異邦人だと疑わせてしまう危険性があった。
目の前の男性……ハイネさんは私の質問に大きく頷き、堂々と胸を張る。そして目線をシャルルにさりげなく向け、なにやら言ってほしい感を醸し出している。それを見かねてシャルルはまたもうんざりとした表情で、頭を少し掻きながら言った。
「はぁー……こいつのヴァレット家は、このエトワール帝国で四大貴族と呼ばれてる」
私は思わず仰天し目を見開いたが、ハイネさんは続けて補足した。
「そうそう、そしてこのシャルル君はねぇ……そんなヴァレット家の血筋、僕のはとこに当たるナイスガイってわけさ」




