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学校帰りの路地裏


 数年前にさかのぼる。


 私は当時、華の女子高生というものに期待しすぎていたように思う。生まれつき賑やかというよりは静かな場所が好きで、コミュニケーションが苦手であった私でも、高校生になれば友達の一人や二人と休み時間に雑談をしたり、放課後にカラオケやカフェに行ったりできるものだと思っていた。


 しかし現実は違った。というより、私の思うようにはいかなかったのだ。話しかけられても何をどう話せば良いかわからない私は、常に沈黙を貫いていた。何度か話しかけてくれた子たちも、横席にいた子も、いつのまにか数人のグループを作って和気藹々と日々を過ごしていた。そんなクラスの子たちを、私は窓横の最後列からぼんやり眺めていた。当時は空もよく眺めていた。雨の篠突く日はソラの体毛を思い出したし、よく晴れた日の空には、ソラの瞳を思い出した。


 本当に友達が欲しかったのか、それはわからない。当時友達を欲しがっていたにも関わらず部活にすら入っていなかった私であり、しいて言うならば、あの時の私は物足りなさや劣等感のほかに、どこか興奮を求めていたのだと思う。普遍的な毎日に飽き飽きしていたわけではない。ただ自身の居場所が、ここにはないのだと思っていたのかもしれない。


 当然の結果として夏休みを前にしたその日も、私は自席にて早々に帰宅の準備をしていた。通学鞄に必要な教科書と夏休み課題を入れていると、前々から聞こえてきていたヒソヒソ声が、どこからともなくやってきた。


 (天橋さん今日も凛々しい!)

 (相変わらず美しい御尊顔!お近づきになれないものかしら……)

 (あの白銀色のセミロングが俺を狂わせる……)

 (今日とか空いてないかな、誘えないかな?)

 (夏休みはきっと、別荘で優雅に過ごすんだろうなぁ……)


 そんな声がよくよく聞こえてきたものだ。その声たちに感謝して声の主へと挨拶にでも行けば、きっと友達にでもなれたのだろう。しかし当時の私は、ただ平静を装いつつ、多少の恥ずかしさと自責の念に苛まれるばかりであった。

 私はみんなの言うように華麗でも、凛々しくもない。平凡で物静かで、生まれ持った白銀色の髪や世間的には整ったと言われる顔立ちに自信の持てない……話しかけに行くこともできない、駄目な子なのだ、と。


 うつむき、自身の上履きとリノリウムの床を伏せ目で眺めながら逃げるように教室を出た。歩くたびキュッキュッパリパリと鳴る床が、まるで自身を責めているように聴こえてならなかった。なるべく音を消すよう、私はこれまたひっそりと歩いた。




         *  *  *



 

 私は通っていた蒸気ヶ丘高等学校の校門を出ると、真っ直ぐ駅方面へ向かった。実際に駅を利用することは滅多になく、ただ学校と家の中間地点に存在しているだけである。そして最寄りの本屋も、そこにあった。私の唯一安らげる場所でもあった。昼下がりの空はやはり澄み切っており、しかし得体の知れない曖昧さを含んでいるようだった。


 駅南口の本屋でちらちらと新刊を見たり、道中陽光によって熱せられた身体を効きすぎた空調によって冷ましたり、そんな日々のルーティンや楽しみを済ませた帰り道。これまたルーティンとなっている路地裏覗きをした。


 陽を避けるように室外機の上で丸まっているソラを発見し、私は弾むような声をかけた。


「ソラ!今日は暑いね……」


 そう言って近寄ると、なぜだかソラは室外機をスタッと降り、路地裏の影に溶けていってしまった。私は思わず首を傾げ、通学鞄を室外機の上に置き、ソラの後を追う。


「ど、どうしたのソラ?」


 いつもならばソラは首を寄越し、撫でるのを待つはずだ。しかしその日は違った。まるで他人のように私を無視したのだ。私はソラの背中を追いかけつつ、その黒々していてほっそりした背中と、思いのほか暗がりとなっている路地裏の奥に胸をざわつかせた。同時に心臓がキュッと鳴った気がした。


 ずんずん奥へ奥へと歩いてゆくソラの背中を、距離や音で警戒させないように追いかけてゆく。夏の昼下がりとは思えぬ冷たさに肩を震わせる。曲がっては進み、曲がっては進み……。


 やがて、違和感を覚えた。


 ソラの背中や暗がりの冷たさは変わらないのだが……路地裏を形成している雑居ビルがやや高いようで、空が見えなくなっている。配管やら室外機の管があっちこっちに張り巡らされており、まるで血管のようであった。


 また曲がっては進み……曲がっては進み……この時には暗がりが増し、先に待つ曲がり角がやけに遠く見え、私の脳裏には不安が霧となって立ち込めていた。


 やがてソラすら見失い、私はぐるり、縦横斜めを見回した。なにか勝手の違う地面、一匹の生命体の中にいると錯覚するほどの配管数。先ほどまで淡く青かった空……私の不安はいよいよ頂点に達し、先に待つ曲がり角から逃げるように走り出した。


 この時、私の脳裏には不安が確かにあった。その不安を確かにしたものは、私の住む街で起きていた《連続失踪事件》であった。

 数ヶ月前から発生しており、原因は不明なのだとか。ある日突然、人が消えてしまうような事件を私は担任教師から聞かされていたはずだったのだ。


 どうして今思い出したんだ……!!私はソラを不安感から追いかけたことを後悔し、さらに暗くなってゆく路地裏を走って戻っていた。景色は変わらず、曲がれど曲がれど血管のような配管はなくならず、空は見えない。ソラの姿もない。


 手足や肺が痺れ、網膜の中に星が回りそうになった頃。私は曲がり角の先にようやく明かりを見た。

 壁際に見慣れた室外機らしき影があり、止まって胸を撫で下ろしつつ、ゆっくりと歩いて光の待つ路地裏の出口に向かった。

 この不安は杞憂に終わるだろう、そう考えサッと手櫛で乱れた髪を直して路地裏を出た。

 

 しかし私の眼前に広がっていたのは――




 薄暮と蒸気のうねる、まったくの別世界であった。



 

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