研究所脱出に
「む、シャルルか。少し遅かったな」
「いったぁぁ……もうちょっと手加減ってもんを——」
「これで研究所の者だった場合面倒になるだろう?仕方ないってやつさ」
「たくっ……こんのメスゴリ――いたたたたぁぁ!?」
「シャルル、口の利き方はもう少し気をつけた方が良いぞ?身を滅ぼすことになる……」
「ギブギブギブギブッ!!!俺が悪かったっ!だから後ろで絞めないで……ッ!!」
エヴァさんの手がシャルルから離れ、シャルルはようやく解放される。しきりに手やら腕を確認してから憎々しそうにエヴァさんを見、後に私へ視線を向け、汗を拭いながら言う。
「よ、ようルナ。助けに来たぜ!」
「うん……大丈夫?」
「ま、まあなぁ……折れたかと思ったぜ」
「シャルル、そろそろ行こう。もうすぐここの奴らが異変に気づく頃だと思う」
エヴァさんはハッキリと言って、扉の外を確認している。変装をしたシャルルも先ほどの戯れから立ち直っており、眉間にほんのり皺を寄せている。
「だろうな。……ひとまずは計画通りに」
「わかった。……ルナ、もう一度私の後についてくるんだ。いざとなったらすぐにその手錠を解錠する。そうしたら君の力で敵を倒せ、いいか?」
「わ、わかった」
「……相手は化け物なんかじゃない、人間だ。本当にやれるな?」
「……うん、やる」
躊躇いながらもそう答える。ほんの数秒だけ私とエヴァさんの視線が交じる。するとエヴァさんは優しく微笑み、では私も最善を尽くさねばな、と言った。
「……準備はいいか二人とも?」
「俺に任せな」
「うん……!」
「よし……行くぞ」
再びリミナルスペースと呼べる白基調の無限回廊へ出た。変わった様子はないが、仄かに、先ほどよりも音が聞こえるようであった。当然シャルルがこの場におり、先ほどより一人分音が多いということもある。
しかしそれ以外、なにか別の音がちらちらと増え始めていた。
エヴァさんが先頭を、私はその後ろを、そしてシャルルがしんがりとなって、三人一列で歩いていた。あの暗い尋問室へ向かっていた時よりもゆっくりと、常に身構えるような心持ちで歩いた。
すると……なにやら数人が、まだ遠いがぞろぞろと歩いてこちらに向かってきていた。エヴァさんが小さく、ルナは静かに、と言って、ゆっくりと歩き続けた。……やがて向かってきていた者たちが、私たちの前で止まる。
どこからやってきたのだろう、その道は真っ直ぐで、曲がり角はなく、突き当たりには私が眠っていた牢屋しかないはずである。
しかしどうだろう、よくよく見やれば向かってきていたのは警官であった。同じような黒衣とブーツ、警官帽を被っており、人数は四人であった。
ひし形のような隊列を組んでおり、先頭の一人が重々しく言う。
「そこの三名、止まれ」
エヴァさんの足が止まる。少し遅れて私やシャルルも歩みを止め、ジッとその警官たちを見つめた。先頭の警官は続けて言う。
「そちらが例の異邦人……貴殿らは尋問担当か?」
「ええそうです。先ほどまであちらの部屋で調べを……」
「尋問官は一人ではないのか?」
どこか疑うような口調に、私はエヴァさんを少し見た。しかしエヴァさんは焦りの表情もなにもなく、ただ淡々と事実を述べるという嘘をついてみせた。
「おや……私は、担当は二名で、と所長には言われておりました。ですのでこちらの者を借りてきたのですが……」
「む……所長直々であったか。これは失礼した、ご苦労である」
「いえ、そちらもご苦労様です」
なにやら互いに敬礼し、その場ですれ違う。私はヒヤヒヤしながら四人の警官とすれ違い、ようやく最後の一人とすれ違った時、安堵の息が漏れた。
やがて先ほどの、私が収容されていた牢部屋の前へと辿り着く。するとエヴァさんは急に左の壁を見て、これまた真っ白なボタンを押した。よく目を凝らさなければ気がつかない。先ほどの警官たちはここから来たようだ。
ボタンを押すと壁でしかなかった扉が開き、六人ほどが乗れるエレベーターが現れた。私たちはそこに乗り込み、エヴァさんが扉を閉めた。続けてなにやらボタンを押し、ゆっくりとエレベーターは動き始めた。
「まだバレていないようだ」
「ヒヤヒヤした……」
「以外に警官ってのもマヌケなもんだな」




