父との夢
* * *
「はいっ、ではこの問題がわかる人で発表してくれるよ〜って子は手を挙げて〜」
耳をつんざく奇声やら大声と同時に大量の手が挙がる。中には立ち上がったり、両手を変わるがわる挙げている子もいる。
そんな中私は、一人静かに手を挙げず、完璧な沈黙を貫いていた。
やがて一人の同級生が選ばれ、誰でもわかりそうな問題を自信満々に答えた。担任教師の、正解!に喜んで着席……そして教室の後方に並ぶ数多の保護者の方へ目を向け、特定の二人へ笑みとピースサインを向けていた。
そんな風にして、担任教師からは多くの発表機会を与えられた同級生たちは意気揚々と手を挙げ、答え、そして手を振ったりにっこり笑ったりしていた。私は変わらず黒板とノートに目を通し、騒ぎ立てる同級生たちを尻目に一抹の悲しさを抱えるばかりであった。
帰宅し、ある程度の洗濯物や食事を済ませる頃、玄関のドアが開いた。
私は椅子から立ち上がり、読みかけの本もそのままで玄関へ向かう。
玄関にはくたびれた、おおよそ生気のない顔をした父が立っていた。私は駆け寄り、今にも土間に腰掛けんとする父へ、不満を持って言った。
「お父さん今日、授業参観……来てくれるって言ったじゃん」
「……すまんなぁ」
「クラスの子の親はみんな来てたよ、お父さんもお母さんもいる子もいたよ、なんで来てくれなかったの!」
「……本当に、ごめんなぁ」
私は悔しくて、悲しくて、たまらず自室へ駆け出した。勢いよく布団へダイブし、顔を枕へ押し当てた。
どうしてお母さんは死んじゃったの、どうしてお父さんはいつも辛そうな顔をしているの……そんな問いが頭をよぎる。
でも、本当はわかっていた。
死んだ人は戻らず、残された者はただ悲しむことを許されず、時は無情にも進んでいくことを。
その時、涙は出なかった。
……お母さん。
一瞬の想起に涙が溢れる。
母との思い出が色濃く、鮮明に、熱を帯びて現れる。あの頃はまだ母も元気に笑って、父も静かだが笑みを浮かべて……そして私は、そんな、誰よりも仲の良い二人が大好きで、一緒に心から笑っていた。
もう一度戻れたのなら……私は――
* * *
「お父さん……お母さん」
そんな自身の、無意識の言葉に目が覚める。少し上体を起こそうとすると、頭や身体全身に鈍痛が走った。
先ほどの……あれは夢だろうか、それとも記憶だろうか?そんな問いを抱えつつ、痛みに耐えてひとまず起き上がろうとした。
ガシャリ、どこかから音がする。
「おや……どうやらお目覚めのようだ」
落ち着き払っているが、どこか不穏さのある意味ありげな言葉の響き。私はようやく上体を起こし、目の前の人物を見る。
規律と黒衣が一瞬にして自身を悟らせる。
警察である。
そしてその人の背後……鉄格子が黒々と佇む。
「君はまるまる三日ほど眠っていたんだ。ここにはもうあの化け物もいないし、トワレの街並みもない」
その声音はよく通り、重々しく私に現状を伝えた。その警察は金糸を少し耳にかけ、エメラルドを思わせる緑眼で私をしかと見据え、続けた。
「君には色々訊きたいことがある。そのために拘束させてもらった。……立ち上がれるのなら来い、あちらで話をするとしよう」
私はシャルルとローズの話を思い出し、自身の置かれている状況に戦慄した。身震いが不安からやってきて、起きて早々、全身の鈍痛をサッと引かせてしまった。
警察はツカツカとゆっくり歩き、私に近づいて極太の手錠をかけた。その太さは尋常ではなく、かけられると同時に異様な重みが手首にかかった。
「では、来い」
手錠に続く鎖をがっしり持ち、警官はそう言ってくるりと踵を返し、鉄格子の扉出口へ向けて歩き出した。私はそれに続くかたちで、半ば強引に立ち上がって歩き出した。
牢屋の出口をくぐる時、ガシャリガシャリと無機質で不快な拘束具の音だけが、耳に届いた。




