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跳躍と沈黙

 跳躍先に壁、配管を掴んで構える。しかしパンカーのスピードどは先日よりも速く、跳んで壁、跳んで壁を繰り返して避けるしかない。


 地面へ着地と同時に火球。

 縦に切り裂いてようやく避ける。汗が止まらない。判断を間違えれば……やられる!


「ウガアァァァァッ!!!!!」


「まずい……っ!」


 だんだんと速度に適応され、かすり傷が増える。肩や足先が裂ける。シャルルにもらった白シャツやブーツが切れる。


 再三の火球を避けて壁に跳躍した時――パンカーの腕が先に到着し、建物ごと叩き潰される。


「うぐ……っ!!!」


 白銀色の髪に鮮血。左目の視界に赤が混ざる。パンカーは雄叫びを上げ、瓦礫をどけて立ちあがろうとする私にまたも火球を繰り出そうとしている。


 このままじゃ……そう身震いした時――ふと閃く。柄を強く握りしめ、その思考が動作へ反映されるよう刷り込む。


 一か八か――私は、火球を繰り出そうとするパンカーの元へと跳躍した。有視界スピードのギリギリ、刃を腕へと撫でた。


「ウ、ウガアァァァァ!?」


「はぁ……はぁ……」


 パンカーの左黒腕は肘より先がなくなり、切り落とされた前腕は火球を繰り出すことなく空虚に地面へ投げ出された。

 パンカーが怯んでいる隙に、私は一度距離を取るため上空へ舞う。


 パンカーは空気をビリビリ震わすほどの雄叫びを上げながら、私に向けて右黒腕を上げる。手のひらの穴から閃光、同様に火球を繰り出そうとしている。


「うおぉぉぉぉッ!!!」


 落下しながら刀を黒腕に向けて立てる。刹那、火球は放たれる。直撃すれば塵も残らない……だから!


 お願い……ッ!!!


 私は柄を締め付け、先日繰り出した赫刀を想像する。

 火球、刃、熱、そして赤。


 私の願いが通じたのか、刃は赤く染まり、凄まじい蒸気の刃を纏った。振り下ろし、火球もろとも右黒腕を斜めに一閃。


「ガアァァァアァァァッッ!!!!」


「ぐえっッ!!」


 着地しきれず転がる。すでに服はボロボロで、泥と煤まみれである。全身の軋みを耐え、なんとか立ち上がる。


 パンカーは切断された両腕から大量の黒い蒸気と見たことのない、ドロドロした紫の血を垂れ流して苦痛に吠えている。そして直後、私を再度視認し、最期の足掻きとして突進をしてきた。


 私はその突進を間一髪避ける。

 パンカーは集合住宅の壁に突っ込み、瓦礫や鉄筋に邪魔をされて抜け出せず、うごめく。

 私はその背後から首にめがけて跳び出し――




 一閃、直後に紫と黒――。




 ……パンカーは動かなくなり、ついに倒れた。同時に瓦礫が土煙を立てて崩れる。


「はぁ……はぁ……やったぁ」


 禍々しい炎がちらつく中ペタリと地面へへたり込んだ。フッと手から重みが消える。視線を向けると刀は懐中時計の姿へ戻っていた。


「お母さん……ありがとう」




 ゴツリ。何か頭上から音がした。




 まだパンカーが生きていた!そう咄嗟に思って振り向こうとしたのだが……上体は地に伏し、それ以上身体を起こすことができなかった。無論、立ち上がることも。


 遅れて鈍痛が頭を襲った。

 何か熱が、後頭部からジンジンと襲いかかった。

 意識が朧になってゆく。

 目を開けていられない。

 

 空と地が逆転したような感覚と、手足から力が漏れてゆく不安の中、私は遠くに響くサイレンのようなものを聴いて……意識を、失った。


 ……後にわかったことだが、この時崩れかけていたレンガ状の壁が頭上を打っていた。私は背後の落石に気がつくことができなかったのだった。




         *  *  *




 俺とローズ、そしてコハルの三人で夕刻のトワレ街を走る。街は一部混乱の最中にあり、人混みが行く手を阻む中俺たちはトワレ区内の駅へと向かっていた。

 

「ご、ごめんなさい……っ!!私が分担して行こうなんて言わなきゃ!!」


「流石にこれは仕方ねぇ……問題は、あいつが帰ってこねぇことだ……!!」


 自身の額に汗が滲む。同時に嫌な予感が脳内を駆け巡る。


 モノノベ屋にて仕事をしていると、ローズとコハルが焦りの表情を浮かべて帰ってきた。息も荒く、頼んでいた品物も持っている雰囲気ではない。俺がわけを訊くと、コハルがいまにも泣き出しそうになりながら、こう言ったのだ――




 さっき、前に言ってた化け物が出てルナと戦ってた話を聞いたんだけど、倒れたルナと一緒に警察が連れてっちゃったみたい――、と。




 現場を急いで確認したが、瓦礫やら炎が転がる中にパンカーもルナも見当たらなかった。ちょうど消火やら撤去作業にあたっていた顔見知りの作業員に当時のことを訊くと――やはり警察が怪物の亡骸と、応戦していた人物を回収したと言っていた。


 もうすぐで駅だ。普段グダグダの警察どもがここまで行動が早いとは……焦りの中そう考えていると、ローズが立ち止まり、一つの道路線を指差した。

 

「シャルル、あちらに――」


「……っ!!遅かったかッ!!」


 ローズが帝国横断列車を指差す。その貨物に、警察が秘密裏に使うためのカモフラージュとして利用するロゴが描かれていた。



 

 走り出した列車はゆっくりと、しかし俺たちの追いつけないスピードへと転換し、沈みゆく夕焼けの空へ消えていった……。



 

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