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夢羊と明朝




         *  *  *




 誰もいない病室。射し込む陽光。揺れるカーテンと看護婦さんのテキパキした足取りは、誰かにとって母は一患者であり一人の人間にすぎない、ということをありありと示した。


 私は小さな足取りで、枠のない世界を移る。次に見えたのは白黒の会場。ささやかな祈りや感謝の場であるにも関わらず、父は泣き続けていたし、私は見上げて母の姿を探すばかりであった。


 またも枠のない世界を跨ぎ、移動する。私はテーブルに座って宿題をしている。やがて父が帰宅し、会話することなく夕食の支度をする。それぞれ無言で食べ進める。


 私が言う。


「お母さんも早く帰ってこないかなぁ」


 父の箸が落ちる。私は首を傾げる。そのまま父は暗がりの一室へ消えていった。私は遅れて父を追いかけ、閉ざされた扉に耳を当て、そして父の押さえきれぬ慟哭を聴いた。


 私は扉の先、だんだん暗くなっていく道を歩いてゆく。ただ唯一、形見の懐中時計を握りしめて……。




         *  *  *




 ゆっくり身を起こすと、暴力的な騒々しさやら刺激臭やらが覚醒を促した。ベッドから身を下ろし、大きく伸びをして、窓外を眺めながらひと息ついた。


 夢……この世界に来てからどうも多く、母や父、幼かった頃の自分を思い出す。それがなにを暗示しているのか、はたまたなんの関係もないのか。

 ……しかしひとまず置いておこう。まずは無事朝を迎えることが出来た安堵を噛み締めつつ、シャルルやローズへの挨拶を済ませなくちゃ。


 再び立ち上がり、扉を開いて廊下へ出る。すると目の前には奇抜なエプロンらしき前掛けをしたローズが、鍋とお玉を持って立っていた。ローズは私の顔を見るなり少ししょんぼりしだした。


「この爆音で起こすつもりだったのですが……」


「な、なんかごめん」


「いえ、仕方ありません。切り替えていきましょう。それにまだシャルルが残っていますから」


 そうドヤ顔で言い、私が寝ていた部屋の向かいの扉を開き、でかでかとベッドで大の字になって寝ているシャルルをやかましく起こしていた。シャルルは飛び起き、ベッドから盛大に落ちていた。




 テーブルを三人で囲み、ローズの用意してくれた朝食をゆっくりいただく。ローズの頭……殴られた箇所からは湯気のようなものが出ており、彼女はしれっとコーヒーらしきものを淹れていた。

 向かいに座るシャルルは先ほどの鍋カンカンにより酷く機嫌が悪いのか(当たり前である)、紫煙を燻らせながら新聞を見ていた。


「ふーっ……やっぱり、昨日の事件はちゃんと記事になってるな。顔が撮られていないだけ、まだマシかな」


 シャルルに、私にも見せて、と言うと、なにか意外だったのか一瞬ポカンとした顔をして、丁寧に新聞を畳んでから手渡してくれた。

 大見出しには『トワレタイムズ』と書かれており、そのすぐ隣の見出しには、「パンカー出現 討伐者は何者か」とデカデカ書かれていた。


 見出し隣には事件時に見た怪物……パンカーへ切り掛かる様子の私が写真におり、フードを取る前の状態であった。そのことに若干安堵しつつ、記事へと目線を滑らせた。


 パンカー連続出没事件への考察、警察による解剖と原因究明への意思、パンカー討伐者――私のことである――の捜索……捜索っ!?


「ええ、探されてるっ!?」


「そりゃそうだ。なんせ警察の持つ武力をいくつか使っても鎮圧できないようなバケモンを、たった一人で制圧した――そんな奴を放っておくわけがない。たぶん異邦人だって勘づかれてるんだろうな」


「ルナすごいですね。私も出来ますよ」


「……」


「まあ顔は写ってないんだ、探しようはないだろ」


 シャルルは気軽にそう言って灰皿にタバコを擦り付けた。ローズは、火を感知消火します、と言ってシャルルに水をかけた。数秒後、二度目のげんこつを食らっていた。




 朝食がひと通り済み……シャルルやローズの後に続いて、昨日見たガラクタばかりの魑魅魍魎感拭えぬ職場へと出た。服はそのままで、くたびれたハンチング帽とヘアゴム、無骨なコルセットに革ブーツを添えた一様となっている。

 これまで結んでいなかった髪をポニーテールとして結ぶことは、なんだか新鮮で新しい日々の始まりを感じさせた。


 よーし、とシャルルが手を打つ。ローズへなにやらメモを渡してから悠々とこちらに近づき、必要最低限らしき説明だけをしていく。


「基本的にこのモノノベ屋ってのは、なんでも屋さんだ――ババアの炊事洗濯やらガキのおもり、猫ちゃん探しからグレーすれすれの探偵ごとまで……まあ、ルナにはおいおい大変なことをやってもらうかも知れないが、ひとまずおつかいからやってもらう。良いか?」


 ほんわかとしたものから耳を疑うような言葉、そしてなにやら重大そうな響きの言葉が耳を通過し脳に届く。私はゆっくりと深呼吸し、さまざまなものがない混ぜとなった、しかし覚悟を決める返事をした。



 

「うん、頑張るよ」



 

「……ありがとな。よーしそうと決まれば仕事を始めるとするかぁ!ローズ、そっちは任せたぞ」


「お仕事、ですね。行きますよルナ」


「えっ、ちょっ!」


 ローズは私の手を強引に掴み、ずるずる街へと繰り出した。店外へと見送りに出たシャルルを一瞥し、この世界二日目の空を見上げた。変わらず分厚い、土煙色した雲が垂れ込めていたが、隙間からは若干の陽光と青空がのぞいていた。思いのほか、悪い気分ではなかった。

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