07 女王
前回までのあらすじ
急に転生する事になったミヤビが目覚めた場所は、森の奥深くにある一軒の家だった。
そこでミヤビは、何者かに呪われた両親に捨てられそうになるが、唯一与えられていた《田中の加護〔怒〕》という転生特典のおかげで、《女神田中》の援護によって、孤児からの死亡ルートを回避する。
だが、1000年前に【メリウス】に送られてきた人間 《ハブリシン》に狙われている事が判明し、すぐに誘拐バッドエンドルートに突入。
ハブリシンに手も足も出ない女神田中に諦めかけたミヤビだったが、女神田中が呼んだ舎弟っぽい《テト》の機転のおかげで、なんとか危機を脱したのだが……。
ミヤビが転生してきた世界【メリウス】の中で一際珍しい場所と言えば、《精霊界》と呼ばれている大陸には存在しない一種の《異界》である。
そこは【メリウス】に居る住人が簡単には行けない場所ながらも、精霊は【メリウス】の至る所に存在し、その精霊のチカラを借りて《魔法》と言う現象を起こせる事や、精霊に気に入られた者が実際に《精霊界》に行って帰って来た事から、存在だけは知られていた。
そんな《精霊界》のとある場所でミヤビは3度目の目覚めを迎える。
「(んぅ、……ここは?)」
あの壮絶な森を呑み込む渦で気を失っていたミヤビが再び意識を覚醒させると、また見た事が無い場所にいた。
「(もしかして死んだ? ……いや心臓動いてるな、んじゃ何処だここ?)」
パッと視界に映る景色を見たミヤビは、その光景に自分が思い描く天国の様だと思い、すぐに小さな手で自分の心臓の辺りに手を置く。
「気付いたか」
その様子に気付いた女神田中が、冷んやりとした綺麗な手で心配そうな顔をしながらミヤビの頭を優しく撫でる。
「(……)」
「どうした? まだどこか身体に不調があるのか?」
……優しく撫でる手から視線を移し顔を見上げたミヤビは、改めて女神と言う《美》に言葉を無くす。
ここはどうやら《精霊界》の中でも神聖な雰囲気漂う森の中らしいのだが、周囲の木々からこぼれ落ちる光に照らされた女神田中の、困ったように心配する優しげなその顔に魅入ってしまっていた。
前世の15年生きてきた中で、これほどの美しい女性を見た事は無かったミヤビは、その顔に今はもう会えない母を重ねて静かに涙をこぼす。
その涙を起点に、直前までの死に対する恐怖や、目まぐるしく起こる数々の理解を超えた出来事、そしておそらく周りの雰囲気から察した《助かった》と言う思いが、未だ整理の出来ない頭の中でごちゃ混ぜになり、眼から涙を次々と溢れさせる。
それは仕方のない事だろう、現代の情報社会で数々の知識を15年も蓄えて、大体の事は知った気になっていた生意気盛りな彼だが、……まだたった15年しか生きていないのだ。
そんなまだ精神的にも幼い彼が経験するには、余りにも直前まで起こっていた事は異常過ぎた。
「落ち着いたか?」
しばらくミヤビが泣きじゃくる様子を見守り、ひとしきり泣いた事で疲れが見えた頃を見計らい、女神田中はそう声をかけた。
「(はい……、ひぐっ、すいません)」
「謝る事は無い、むしろ謝罪が必要なのはコチラ側だ、……すまなかった、本来ならば奴に気付かれる事なく転生させるはずだったんだが、何処からか情報が漏れていたみたいなんだ」
女神田中の言葉に、まだ泣き収まろうとしない制御不能の不自由な赤ん坊の身体を、全力の精神力で押さえ付けミヤビは謝るが、それはコチラのセリフだと申し訳ない顔で彼女は謝罪の言葉を口にする。
「(……いや、田中さんのせいじゃないです、悪いのはあの化け物じゃないですか)」
そんな彼女にミヤビは気遣いではなく本心でそう言うが、
「それはそうだが、俺の認識が甘かったのも事実だ……、テトに連絡した時にもう少し奴に対する情報を聞いていれば、また結果は違ったかもしれないんだからな」
女神田中は少しでも何かが欠けていれば全滅していたあの状況に責任を感じていた。
「(《たられば》の話なんてしてもしょうがないですよ、……助かって良かった、今はそれで良いです)」
「たしかにそうだな……フフ、まだ幼いキミに元気付けられるとは、俺もまだまだだな」
ミヤビの少し背伸びしたその言葉に、心地良く流れる風に髪を揺らしながら、女神田中は優しく微笑む。
「(…………)」
「……ん? どうした?」
「(いえ! なんでもないです)」
微笑んだ女神田中の顔に視線を奪われたミヤビは、彼女の言葉に顔を耳まで真っ赤に染め、視線をそらしながらそう返す。
「おっ、いたいた、《精霊女王》への謁見もうすぐみたいッスよ姉御」
「おう、意外と早かったじゃねぇか、あの女王のことだからもっと時間がかかると思ってたんだがな」
ミヤビが照れたタイミングでちょうどよくテトが現れ、女王への謁見を知らせに来た。
そのテトの声を聞いた女神田中は、先程までの優しい顔と口調とは違い、最初にミヤビが見た綺麗だが少しキツい表情と雑な口調に戻っていた。
「女王さんも早くロキに会いたいんじゃないッスかね……?」
「えっ、オマエ言ってねぇの?」
「その方早く謁見出来るかなって」
「はぁ……、絶対面倒くせぇ事になってるだろ、っつかここでロキの事呼び捨てにすんじゃねぇよ」
後ろめたい表情でそう言って来たテトに、女神田中はこの後に会う古い友人にどう説明しようかと頭を悩ましながら、テトに上級神であるロキの呼び方に注意する。
「サーセン、でもあの方なら呼び捨てでも怒ったりしないッスよ」
「本人はな、《精霊界》ではやめとけって話だ、女王の大切な存在ってことは精霊全部に好かれてるって事だからな」
「なるほど、舐めた態度だと精霊に嫌われるかもって事ッスね」
「そういう事」
テトの軽い感じに女神田中は再度注意を促す、精霊女王の想い人であるロキを、神とはいえ見習いであるテトが軽く扱おうものなら精霊達は良く思わないかもしれないと。
意外な事にこの【メリウス】、特に《精霊界》に存在する精霊は神の序列には厳しいらしいのだ。
「じゃぁ行くか、ミヤビは俺が抱いていってやる」
「(えっ?)」
そう言って女神田中は、何故森のこんな所にあるのかは不明のベビーベッドからミヤビを抱き上げる。
「姉御に抱っこしてもらえるとか羨ま……じゃなくてすっげぇ珍しい事なんだからありがたく思えよガキ」
「赤ん坊を抱っこするぐらいで何言ってやがんだ……」
女神田中に抱っこされたミヤビにテトは恩着せがましく言うが、それを聞いていた彼女は呆れた顔でテトにそう返す。
「赤ん坊つったって、コイツ中身15歳なんッスよね? そんな思春期真っ最中のガキが、こーんなスタイル抜群の美人に抱っこされてるんスよ? もうこんなのセクハラじゃないッスか!」
「オマエの頭の中がセクハラだよ!」
ゴンッ!
「痛ってぇー!」
早口で捲し立てるテトの言葉とイヤらしさが混じる視線に女神田中は拳で黙らせる。
「無駄口叩いてないで行くぞ」
「くっそ、覚えとけよガキ」
「(……オレ関係無くね?)」
姉御と慕っている人から叱られたのをミヤビのせいにするテトはそう言うが、言われたミヤビ本人は自業自得なテトの行いに、女神田中の胸に顔を埋めるという仕草で対抗した。
「な!? 姉御! やっぱソイツただのエロガキっすよ!」
「いちいちうっせぇな! 赤ん坊だっつってんだろ!」
ガッ!
胸に顔を埋めた後にドヤ顔でこちらを見てくるミヤビにテトは再抗議するが、いちいちうるさいテトに彼女はそう言いながら蹴りを放つ。
そんなやり取りをしながら、テトの案内によってミヤビを抱きながら進む女神田中。
「(すげぇ……)」
テトの先程の言葉から、おそらく《精霊女王》の所に向かっているは分かっているのだが、ミヤビは初めて見る景色や、すれ違う《精霊》と思わしき存在に興味津々でそれどころではなかった。
マンガやアニメで観たような、澄み切った雰囲気の所々の木々から光が漏れている森や、羽根の生えた小さな人型の生物に切り株に顔が付いた生物など、転生前には空想の中でしかなかったモノ達が実際に目の前に存在する光景にワクワクが止まらなかった。
「フフ、珍しいか?」
「(はい! こんな凄い光景見た事ないです!)」
抱かれながらキョロキョロと色んな所に視線を移すミヤビに女神田中は少し安心した。
あんな事があった後なのだから、恐怖のあまり心が塞ぎ込んでもおかしくなかったのだ。
すれ違う《精霊》達も友好的な者達ばかりで、それも良かったのだろう。
おそらく口では悪態を吐きながらも気を使ってくれているのだと、女神田中は自分を慕ってくれているテトの後ろ姿に感謝する。
どんな世界だろうと、自分の領域に入ってくる《異物》に必要以上に警戒する者はいる、テトはそんな者達にミヤビを会わせないように《精霊女王》への道を進んでいた。
「止まれ! ここは女王様の居城である、許可の無い者の通行は認めぬ」
しばらくテトの案内で森の中を進むと、そこまで大きくはないが《城》と思わしき建物が見え、その城の門まで進むと、長く尖った耳が特徴的な2人の人物が手にしている槍を構えてミヤビ達を止める。
「許可は得てるはずだが?」
女神田中は槍を構えて威圧してくる門番に眉間に皺を寄せた顔でそう返し、テトの方へ視線を向ける。
「さ、さっき謁見申請したッスよ、……ほらコレ」
女神田中の視線にイライラしているのを読み取ったテトは焦りながら門番に1枚の紙を見せる。
「……ロキ様は?」
「へ?」
「この申請書には同行する者の中にロキ様の名前が書いているのだが、ロキ様はどこに?」
「あ、あ〜と、今ちょっとトイレかなぁ、先行っといてくれって言われたんで、俺様達だけ中入れてもらえる?」
テトに渡された申請書を見た門番は、ロキと書かれている名前を確認し、目の前の3人を見るが自分の知っているあの憧れのロキの顔がない事に気付き、訝しげにテトに質問するが、テトは分かりやすく焦り必死に誤魔化す。
「貴様が同行人にロキ様がいるから謁見を早くしろと言っていたんだろうが! 本人がいないようならこの門を通すわけにはいかぬ」
「いやっ、ちょっと事情があるんだって、そこもちゃんと説明したいからまずは女王さんに会わせてもらいたいんだっつの、……分かる?」
槍の刃先をこちらに向けながら言い放つ門番の頑なな態度に、テトはイラつく感情を抑えながら冷静にそう返すが、
「貴様達の事情など知らぬ、これ以上無駄口を叩くなら強制的に排除するがよろしいか?」
「……ほう、オマエら誰に言ってるのか分かってやってるんだな?」
「ふっ、ロキ様を騙る輩の事なぞ知ってどうする」
力尽くで帰らそうとする門番に、テトの会話を黙って見ていた女神田中の怒りが限界に達していた。
「あ、姉御? ちょっと落ち着いてッス! なんとかなりますから、ね?」
「俺は落ち着いてるが? ……とりあえずそこの雑魚エルフ共、その槍降ろせ」
「な! 貴様! ロキ様を騙るだけでなく我等を侮辱するとは、……どうやら死にたいらしいな!」
女神田中の怒りをなんとか宥めようとテトは落ち着くよう促すが、彼女は聞く耳を持たず門番に喧嘩腰で話しかける。
それを聞いた門番も侮辱された事に腹を立て、怒りに任せて女神田中に槍を突き込もうとするが、
「赤ん坊に刃物向けてんじゃねぇぇぇ!」
キンッ!
その叫びと共に一瞬で張られた結界に槍が跳ね返され、その衝撃で無様に尻餅をつく。
「ティバニアァァァ! 出て来いこのケツデカ女ぁぁぁ!」
尻餅をついた門番の事など全く気にせず、女神田中は怒りのままに誰かの名前を叫ぶ。
ドドドド!
バンッ!
「誰がケツがデカいだけの超絶美人ですって!?」
女神田中が叫んだ瞬間、城の上層階の方から何か大型の動物が移動する時のような地響きが聞こえ、バルコニーに通じる扉が勢いよく開かれ、何者かの声がそこから響き渡る。
「いや、たぶん褒めては無いッスよ!?」
「この私に向けられる言葉に褒め言葉以外の言葉なんて存在しないのよ! ……ってアラ? アララ? もしかしてヤンキーゴリラさんですか?」
「ヨシ、その喧嘩割り増しで買ってやるから今すぐそこから降りて来い引き篭もりケツデカ女」
バルコニーに現れた謎の女性のポジティブな言葉にテトは全力で突っ込むが、その女性は女神田中を見つけると彼女を煽るような言葉を吐き、それを聞いた女神田中は額に青スジを浮かべ、剣呑な雰囲気で言葉を返す。
「(え? ……ここも安全じゃない感じなの!?)」
女神田中の腕に抱かれたミヤビは、そこから見える彼女の怒りの表情に、先程まで訪れていた平穏なひと時を懐かしく感じながら、再び泣きそうになっていた……。
なんでもポジティブに変換出来るメンタルが欲しい……(。-∀-)