02 格差
人によって判断は分かれるだろうが、多くの人は勇者転移を選ぶのではなかろうか、今までの人生で苦労が多い人ほどチートで楽そうな勇者に惹かれるのではないか。
燐もその例に漏れず、レティの話を聞いて、選ぶなら勇者と思っていた。
雅もそう思っていた、だが燐もそう思っているだろうと雅は分かっていた。
「あ、そのままじゃ喋れないわよね、声だけ出せるようにしてあげるわ、…喚くんじゃないわよ?」
レティはそう言いながら、2人の見えない拘束を喋れるように緩くする。
「僕は勇者の転移がイイ!!」
レティが拘束を緩めた途端に燐は自分に出せる最大の音量で自分の選択を叫ぶ。
「…(やっぱりそうだよな)」
雅は燐の叫び声には驚いたものの、予想通りな叫んだ内容に納得していた。
…燐の今までの人生を一言で表すなら《不幸》だ。
親に虐待を受け、育児放棄されていた。
不幸中の幸いか、近所の人の通報で、まだ3歳にも満たない年齢で児童養護施設に預けられた。
だが、親の愛情を受けずにきた影響で、施設では周りに馴染めないでいた。
そのせいか、友達もおらず、中学に入ってからはイジメの標的にされていた。
イジメから救ってくれたのが雅だったのだが、彼のそれまでの人生を思えば勇者として転移を選ぶのは当然といえば当然だった。
「燐はやっぱ勇者だよな! オレも勇者は有りっちゃ有りなんだけど、最近読んだマンガでさ、赤ちゃんから強くなるやつ見てて、転生の方がオレ的に面白そうなんだよなぁ」
雅も燐から昔の話は聞いていた、だからその選択を押し除けてまで自分の選択を言う事は出来なかった。
「そうなんだ! 良かったぁ(雅くんありがとう、ごめんね…)」
燐も、雅が勇者を選ぶだろうと思っていた、だが自分が先に選択すれば、暗いドン底だったあのイジメから助けてくれた友達は、譲ってくれるだろうと分かっていた、だから先に叫んだのだ。
「どうやら、お互い意見が被らず決まったようですね、被ったら面倒くさかったので良かったです」
「ちなみに被ってたらどうなったの?」
「う〜ん、倒れるまで殴り合いかな?」
被らないで良かった…、雅は心からそう思い安堵する。
「じゃぁ、燐くんは《転移》で、雅くんは《転生》ね」
レティが再確認するように2人に話かける。
「あんまり時間かけてもしょうがないから簡単に説明するね」
《転移》
創造魔法、全属性、鑑定〔MAX〕、アイテムボックス〔大〕、女神の加護〔大〕、ラッキースケベ〔大〕
《転生》
田中の加護〔怒〕
レティは2人の前に半透明のウィンドウを出現させ、それぞれのチートを表示させる。
「共通の能力は言語理解ってとこですかねぇ、簡単に言うとこんな感じかなぁ、…あ、雅さんは下の下の平民スタートです」
「ちょっ」
「勇者の能力すごいね! 創造魔法だって天前くん!」
「お、おう、すげぇな…、じゃなくて! オレの能力無いじゃん! ってか田中の加護ってなんだよ! 誰だよ! なんで怒ってんだよ!」
「田中さん偏頭痛持ちなんで」
「大変そうだよね偏頭痛って」
「あぁそうなんだ、…とはならねぇよ!」
あまりにもな《転移》と《転生》の差に雅は叫ぶが、レティとチートでホクホクな燐は気にした様子もなく適当に言葉を返す。
「今の意識を持って1から転生出来るんですからチートなんてあるわけないじゃないですか、むしろ加護があるだけ感謝して欲しいです、田中さんだって暇じゃないんですからね!」
「だから田中って誰だよ!?」
「ハイ! じゃぁ異世界に渡る準備しちゃいますねー、とりあえず《転生》の方から先にやっちゃいますか」
雅の叫びをスルーしてレティは準備を始める。
「生まれた時からスタートになるから《転生》の方が15歳になるぐらいのタイミングで《転移》の方が異世界に渡るようにするねぇ、まぁ今回に限って言えば、先に異世界に渡るこの15年が《転生》のアドバンテージってとこかな」
確かに考えようによっては先に異世界に渡り15年をその世界で過ごすのだから知識や経験において有利になるかもしれない、だが、なにも少年2人で競うわけでもないのだからアドバンテージと言われても雅にとって満足出来るような情報ではなかった。
「もう一個ぐらいなんかあってもイイだろ!」
「ダ〜メ、またビンタされたくないもん、じゃぁ飛ばすねぇ〜」
雅の悲痛な叫びもむなしく《転生》の準備が完了し、雅の足元に複雑な模様の魔法陣が現れ、ゆっくりと、まるで底なし沼に落ちるような速度で雅が落ちていく。
「じゃぁねぇ〜、良い人生を〜」
雅に向かって手をヒラヒラ振りながらレティは燐の方に近付いていく。
「さぁ、《転移》にはちょっと時間かかるからその間お姉さんとイイコトしましょうね! 大丈夫、天井のシミ数えてる間に終わるから、ね!?」
「え、ちょ、お姉さん? 顔が笑顔なのになんかコワイんだけど!?」
雅を送り出したレティは、我慢が出来なかったのか、燐にナニかをしようとジリジリと歩みよっていく。
「燐! 羨ましすぎんだろ! …でも、次あった時に感想聞かせてくれよな」
昔の映画で見たように、サムズアップしながら雅はそう言って魔法陣の中に沈んでいく。
「天前くん待って! 僕は君の事が…」
燐が何かを伝えようとしたが、その言葉の途中で雅は魔法陣の中に全て沈み、燐の叫びは聞こえなかった。
そして雅の視界は光を失い、意識が徐々に薄くなり、新たな生に変わっていく。
【願わくばそれぞれの新たな人生を、歩み切らん事を】
誰かの声が聞こえた気がしたが、その声は誰に聞きとられる事もなく、消えていく。
「大丈夫、一回ヤッちゃえば後は慣れたもんだから」
「いぃーやぁー!」
…はぁ
ゴゥ!
バチン!!
「ひぎぁっ!」
気を遣って損しちゃうタイプ꜀( ꜆╶ ω╶ )꜆