28 感情ノイズ
前話のあらすじ
女神田中から〔哀〕と〔怒〕の権能を解放されたミヤビは、相反する感情に精神を蝕まれ、号泣しながら暴走する。
だが、放った渾身の風魔法は、《風の神》テトの権能『ウィンド・ジャック』によって無慈悲にも奪われ、逆にカウンターとしてその身に刻まれてしまう。
「やーい、力に溺れたザーコザーコ」
圧倒的な《格》の差を見せつけられ、デバフで心も体もボロボロ。
それでもミヤビは折れず、涙と鼻水に塗れながらテトを睨みつける。
「アンタに勝つならオレの全部を使って勝つ!」
神々がそれを肴に酒盛りを始める中、ミヤビの意地とバグった感情が、テトに一矢報いる瞬間が迫っていた――。
セバスや神々が酒を片手に2人の戦闘を見守る中、戦闘真っ最中のミヤビは〝ある事象〟に意味が分からず混乱していた。
「くそ!(なんで〝風〟の属性しか選べねぇんだ?)」
女神田中から与えられた加護により扱えるようになったスキルの一つ、〔シェイクブロー《振る打撃》•任意の属性を付与〕をテトとの戦いの中で何度も使用しているのだが、自由に選べるはずの〝属性〟が何故か〝風〟に限定されるのだ。
「お前さっきから〝風〟の属性しか選べないんだろ?」
お互いに決定打となる攻撃が決まらないまま戦闘を継続している中、ミヤビが次第に焦った表情になっていく原因をテトは何か含みがある言い方で言葉にする。
「っ!? やっぱりこれアンタのせいか!」
「俺様っていうか、俺様の〝ファン〟? みたいな感じだな、俺様ってば《精霊》、特に〝風〟の精霊に好かれててな、普段から周りに集まるんだが、こういう戦いの時は時間の経過によって段々〝アイドルのコンサート客〟並に集まってくるんだよ」
ミヤビの脳内に映し出されるスキル使用時の属性選択画面にはこう書かれている。
[《 属性接続状況 》
×【 火 】 検出数:0 (エラー:検出対象なし)
×【 水 】 検出数:1 (エラー:信号微弱)
×【 土 】 検出数:0 (エラー:検出対象なし)
◎【 風 】 検出数:9999+ (接続:安定)
※フィールド効果により【風】属性に固定されています。]
「っ?(なんだよこれ……検出数9999って……バグってんのか!?)」
テトの言葉を聞き、ミヤビは脳内映像を再度確認すると、そんな表記がされていた。
なるほど、この数字が〝バグ〟ではなく本当なら〝風〟しか属性が使用出来ないのも納得出来る。
「ちったぁ理解出来たか? 俺様と戦うならあの不意打ちで仕留め切った方が良かったな、これだけ時間が経てば嫌でも〝風の精霊〟が集まってくるんだよ!」
ビシュッ!
ミヤビはテトの放つ風を纏った攻撃を、未だスキルの影響で身体に残る情緒異常によって、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をしながら必死に転がって回避する。
だが、回避行動を取りながらも、その思考(前世で経験したゲーム的な考え)は目の前のウィンドウから目を離さない。
「くそっ、……ぐすっ、涙と鼻水で集中出来ない……、(だからって〝風〟以外使用出来ねぇって事はないだろ……、なんかないのか?)」
ただの「使用不可」なら諦めもつく。
だが、脳内に映し出されるゲームの様なシステム表示がわざわざログを吐き出しているなら、そこには必ず〝理由〟が記載されているはずだ。
「……、(よく見ろ……! 下だ、スクロールバーがある……!)」
ミヤビは揺れる視界の中で、ウィンドウの下部に表示された小さな警告文に焦点を合わせた。
[⚠ 警告
本世界における《基本6属性》の行使には、大気中の『精霊(外部リソース)』との同期が必須です。
[対象定義:火/水/土/風/光/闇]
精霊濃度が著しく低下しているエリアでは、自身の魔力残量に関わらずスキルを発動できません。
※例外:■■(未定義)領域による内部出力はこの限りではありません。]
さらに、その不可解な例外条項の下に、現在使用可能なスキル一覧が続いていた。
――――――――――――――――
《 接続可能スキル一覧 》
[属性固定:【 風 】]
● 〔 アクセル 〕
>> 状態:ブースト(消費コスト:ゼロ)
● 〔 ミラージュ 〕
>> 状態:ブースト(消費コスト:ゼロ)
● 〔 シェイクブロー 〕
>> 状態:属性強制付与(【 風 】)
[ ⚠拡張スロット:■■■(データなし) ]
――――――――――――――――
「……は? 消費コスト、ゼロ……?」
ミヤビは警告文から続く内容を、テトの攻撃を掻い潜り、時折り反撃を交えながら、前話で培ったゲーム知識に照らし合わせる。
「ハハッ、俺様に〝風〟が使えないって分かったみたいだな! 攻撃に属性が無くなってんぞ!」
「うるさい!(アイツのせいでフィールド効果が〝風〟に固定されてるのは分かった! このまま〝風〟を使ってもアイツに吸収されるだけ……ってかオレが使えるスキル全部〝風〟かよ!?)」
そんなミヤビの脳内映像など知る由もないテトは、ミヤビの攻撃に属性が付与されなくなった事に気付き、相手の手札が1つ無くなったと安堵していた。
「まぁ、どうやら〝この世界のルール〟を今身をもって知ったお前と俺様とじゃ《精霊》からの〝愛され方〟が違うってなもんよ」
「何得意気に喋ってんだよ! 勝手に勝った気になるな!(今この場がアイツの〝風〟に支配されてんならオレのスキルが使えるわけない、〝消費コストゼロ〟って事は使えるって事だ! ってか使い放題じゃねぇか!)」
セバスとの修行のおかげか、テトの攻撃を躱しながらミヤビは考える。
そのミヤビを見て、テトは彼が手札の1つを失ったと思い、余裕の言葉を吐く。
だがそれとは裏腹に、ミヤビの頭の中は〝スキル使い放題〟という内容に気付き、逆転の一手を導き出そうとしていた。
「不意打ちを喰らった時はどうなる事かと思ったが、スキルの内容さえ分かればどうとでもなるんだよ! もうお前の〝デバフ掌底〟は喰らわねぇし他の攻撃も《精霊》に愛された、しかも〝風〟を得意とする俺様には効かねぇ、勝負は時間の問題だろ?
」
「そんなのまだ分かんないだろ!(一撃……、一回でも攻撃が当たりさえすれば……、どうしたらいい?)」
お互いに一歩も譲らずに戦う中、この勝負を終わらせる為にテトが先に動き出す。
「なら、その減らず口ごと吹き飛ばしてやるよ。俺様の全力全開、特等席で味わえ!」
テトが両手を広げると、周囲に漂っていた無数の風の精霊たちが一斉に彼の手元へ収束し始める。
それはまるで、ライブのクライマックスを飾る巨大なステージ演出のようであり――ミヤビにとっては、逃げ場のない処刑宣告でもあった。
だが、そんな状況の中、急速にミヤビの脳内で〝危険〟な思考が1つ浮かぶ。
「……、(……待てよ? テトが〝風の精霊〟に愛されているのにオレの風属性が「コストゼロ」で「使い放題」? それって風の精霊が俺の風魔法を『テトの所有物』だと誤認して、回線を全開放してるってことじゃね?)」
この場の風の精霊に対する正規のアクセス権限はテトにある……、だから普通に風魔法を撃っても奪われる。
だが、その全開放されたパスの中に、精霊すら認識できない〝例外〟の欄にあった『未定義データ(拡張スロット)』……つまり、自分のこの『感情』を無理やりねじ込んだら?
「……、(……魔力で造る綺麗な風を送るから奪われるんだ、ならテトが吸収できないほどの〝精神汚染〟を混ぜた風なら――どうなる?」
『この〔怒〕と〔哀〕の〝感情〟という理解が及ばない《未定義データ》を――使い放題のスキル〝風〟に乗せたら、どうなる?』
ミヤビは足を止め、迫り来るテトの《ファンサービス(暴風)》から逃げるのをやめた。
死を覚悟したわけではない。
逃げるリソースの全てを、攻撃(精神汚染によるバグ)に回すためだ。
「ハッ、観念したか? 安心しろ、痛いのは一瞬――」
「(……オレの全部を、意味が分からない拡張スロットへ……! 風の皮を被った〝毒〟を食らいやがれ……!)」
ミヤビは大きく息を吸い込み、涙と鼻水で汚れた顔を歪めながら、両手を突き出す。
選択したスキルは、ただの風魔法。
だが、その中身は、ドロドロとした〔哀〕と、爆発的な〔怒〕でパンパンに膨れ上がっていた。
「う、あ、ああああああああっ!!」
ミヤビの絶叫と共に放たれたのは、本来の澄んだ翠色の風ではない。
赤黒いノイズがバチバチと走り、空間そのものが「ジジッ、ザザッ」と嫌な音を立てて歪む、禍々しい〝暴風のバグ〟だった。
「あぁ? なんだその汚ねぇ風……ま、俺様のファンになれば関係――」
テトは余裕の笑みで、その汚染された風を《ウィンド・ジャック》で支配しようと手をかざす。
――だが。
「……は? 重っ……!? なんだこれ、吸収できねぇ!? っていうか俺の精霊たちがビビって逃げて……!?」
テトの表情が、余裕から驚愕へ、そして焦燥へと一瞬で変わる。
ミヤビが放ったのは、風の形をしたゲームで言うところの「システムエラー」の塊。
風の精霊に愛されたテトの命令すら受け付けないその一撃は、テトが展開していた風の防御網を紙のように食い破り、その喉元へと迫る。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
「ッざけんな! こんな気色悪いの触りたくねぇんだよォ!!」
テトはとっさに風の操作を放棄。
神としての純粋な魔力を展開し、物理的なシールドを目の前に構築する。
ドオォォォォォォォン!!
《天獄》全体が揺れるほどの爆音と衝撃波。
舞い上がった土煙が、ミヤビとテトの姿を完全に覆い隠す。
「…………」
やがて、煙が晴れると――。
「……っぶねぇぇ……。マジかよ、俺様の全力のシールドにヒビ入ってんじゃん……」
そこには、冷や汗を拭いながら立ち尽くすテトの姿があった。
無傷ではある。
だが、その目の前の障壁はガラスのように砕け散り、彼が愛用するチャラついた衣服の裾が少しだけ焦げ付いていた。
そして、その向かい側。
「…………」
ミヤビは、白目を剥いて地面に大の字で倒れていた。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃのままだが、全ての力と感情を吐き出し切ったその表情は、どこか安らかで――、ミヤビの視界がホワイトアウトし、身体の感覚が急速に遠のいていく。
キャパシティを遥かに超えた負荷に、ミヤビの脳内では最後のシステムログが流れていた。
[ ⚠ 警告:システムエラー発生 ]
[ 内部処理落ちにより、強制シャットダウンします…… ]
[ ……スリープモード(休止状態)へ移行します ]
プツン、と。
テレビの電源を抜いたように、ミヤビの意識は深い闇へと落ちていった。
「…………ヤバかったぁ……、シールドにヒビ入るとかおかしいだろ……」
静寂が戻った《天獄》で、冷や汗混じりのテトの声が響く。
もうミヤビには聞こえていないが、その声は微かに震えていた。
「風の中に〝変なモン〟混ぜやがった……、あんなの、ウィンド・ジャックで奪えるわけねぇだろ……気色わりぃ」
「おやおや。文句を言いながらも、彼を生かしてくださるとは。テト様もお優しい」
「うるせぇクソ執事! どんな教育してんだよ!?」
「ほっほっほ、〝ワテクシ〟の教育は、それはそれは素晴らしい教育ですよ……〝ワガハイ〟が目を掛けるだけの……ね?」
「っ! チッ」
テトの文句に、セバスは執事の時の一人称を使い、そのあとに殺気混じりの本性を覗かせる。
その殺気に気押されたテトを尻目に、セバスは白目を剥いて倒れているミヤビの元へと歩み寄る。
そして、ボロ雑巾のようになった少年の襟首を掴んで持ち上げると――いつもの柔和で、底知れない笑顔を深めた。




