16 代償
前話のあらすじ
【メリウス】に来て初めてスキルを発動するミヤビ。
再発動までに時間はかかるが、セバスを吹き飛ばせるその強さに喜ぶ。
調子に乗ってところで、セバスからある勝負を提案され引き受けようとするが、そのリターンに対するハイリスクの提示に二の足を踏む。
煽られ散々な言い方をされ、無理矢理やる気を引き起こしたミヤビは、セバスとの勝負を引き受けるが……。
あれから……どれくらいの時間が経ったんだろう。
今思えば、選択肢なんか無かったあの安い挑発に乗って、この目の前にいるジジイと戦いにすらならない一方的な虐殺に、なんで必死に耐えてるのかすら分からなくなってくる……。
「まだワガハイ全然本気じゃないんですが……」
また……何回目かも分からない、数えるのもバカらしい上から見下した言葉。
「うるっせぇな」
オレはわざと乱暴な言葉を吐きながら、折れそうになる心を何とか奮い起こしてセバスに立ち向かう。
「まだまだ目にチカラがあるようですね……、フフ、それでこそ鍛え甲斐があるというものです!」
「はっ! なにが鍛え甲斐だよ、ただの弱い者いじめじゃねぇか」
「えぇそうですが? ワガハイより遥かに弱いアナタを徹底的にいじめ抜いて心が折れるのを待ってるんですよ、なにせここでは通常の《死》というものが存在しませんからねぇ」
そうなのだ、何度も殺されながら途中途中でのセバスとの会話で分かったのは、この《天獄》と言う空間は《対象の命の核》を担保に《不死》を得られる空間という事。
それだけ聞けばこれから強くなろうとしてるオレにはメリットしかない気がするが、《身体が死なない》だけで《心》に対する不死の効果は無い。
「漫画とかアニメで見た事あるけど、実際に体験してみると地獄だわこれ……」
「持たざる者が強く在ろうとするのです、これぐらいで泣きを見ていてはダメです……な!」
言葉の終わり際に、鋭い蹴りをオレの頭に放ってくるセバス。
その蹴りをギリギリで躱わす、この勝負が始まってからもう何度も何度も見たその蹴りに、ゆっくりと、だが着実に、少しずつ対応出来ていく。
「コレは避けられるようになりましたねぇ、ちょっとお喋りして休憩したのが良かったですか?」
「バレバレじゃねぇか」
「分からない方がおかしいかと」
そう、毎回セバスの攻撃にやられて生き返る度に自分の精神を回復する為に、必死で思考を巡らせて次の攻撃が来るまでのインターバルを稼いでいたのだ。
それぐらいやらなきゃ、とてもじゃないけど自分を保てない。
「まぁ避けれたからなんなんだって話なんだけどな……」
「ワガハイの蹴りを避けれたとなれば誇ってもいいぐらいですよ……まぁ急にアナタが《数時間前》より強くなったら周りの方はそっちの方が気になるでしょうが」
「それはそう、そっちの上手い言い訳も考えとかないとなぁ」
セバスとの勝負も大事だが、オレはこの空間から戻った時の事も心配していた……。
この《天獄》と言う空間、《不死》という特性に加えて、【メリウス】との時間の流れにかなりの差があるらしいのだ。
セバスの話を信じるなら【メリウス】での1時間が、この《天獄》での1週間らしい。
《らしい》と曖昧なのは、セバスも細かく時間を測った事は無いから大体それぐらいなんじゃないかと割と適当に言っていた。
「まだまだ余裕があるんですねぇ、帰った時の事を考えるなんて」
「余裕なんてねぇよ、ただそういう事考えんのもモチベが上がって良いんだよ」
「殊勝な事ですな……、まぁその小さな見た目でやる気云々の話をされてもただの戯言にしか聞こえないんですが……ね!」
シュパッ!
「っだぁ! さすがにもう喰らわねぇおぶっ!」
もういい加減、蹴り出す瞬間さえ感じ取れるようになったセバスの蹴りをギリギリで避けながら、煽る言葉を吐いてる途中で、セバスの拳がオレの腹にめり込んだ。
「次からは拳も混ぜますよ?」
「ガハッ! ハァハァハァ……やって……か……ら……言うんじゃ……ねぇよ」
顔面スレスレで蹴りを躱したせいでガラ空きになっていた腹に、セバスの拳がもろに入ったせいでガードも何も出来ず内臓やら骨やらが身体の中でぐちゃぐちゃになっているのが感覚で分かる……。
「ハッハッハッ、対峙した相手がそんな馬鹿正直な奴とは思わない事ですな」
「……クソ」
こんな見た目の子供を相手にして一切の手加減をしないとか鬼畜過ぎるだろと思う反面、コイツを乗り越えれば強くなれるのだと、そこだけに希望を持ちながらオレはまた意識を手放す。
それからは、時間も何もかもを忘れてただただセバスの攻撃を避けて避けて避けまくった。
なんで攻撃を受けないかって? 一撃で死ぬんだよ! 蹴りを避けた後に上から頭めがけて拳が飛んできたからそれも躱わそうとして、避けるのに間に合わないから両腕でガードしたら、腕ごとぺしゃんこにされた……。
ほんとなんなんだ! って思う……。
全然手加減しねぇんだもんあのジジイ……。
蹴りだけの時はホントにちょっとずつだけど対応していけたのに、拳も混ざってからは一回も避けれねぇ。
「ちょっとストップ!」
「おっ? もう降参ですかな?」
「ちげぇよ! オレがこの場所に来てどれぐらい経ったんだ?」
「さぁ? そういうの数えてないので」
この人普段凄く優秀なはずなのに、ここに来てから戦闘狂みたいに頭のネジ外れてねぇか……?
「さすがに戻った方がよくない?」
「はぁ……という事は降参で宜しいですね? そんな理由で諦めるなんて情けない……」
「誰が降参なんかするか! 実際問題アンタも戻んなきゃだろ? お嬢様の護衛が長い時間離れてもいいのかよ」
「……それもそうですねぇ、ですが勝負の方も大事なんですが」
「オレが受けた勝負に時間の制限なんて無かったはずだぜ?」
何回も何回も殺されて、ホントにもう心が折れかけていた時に閃いた屁理屈……。
コレを思い付いた瞬間から、本当の本当にギリギリまでセバスと戦ってから、壊れかけた精神を回復させる為にと取っておいた切り札……、《一旦帰る》。
オレは限界を感じてその切り札を使う。
「なるほど、ワガハイとしたことがこれは盲点……そこまで時間はかからないと思っていた勝負が、これではいつ終わるか分からなくなりましたねぇ」
「一旦戻ってまた再開すりゃいいじゃん……な?」
「最初に決めなかったワガハイにも非はありますね……いいでしょう、ですが帰る前に次はこんな事で興醒めしないように今ルールを決めておきましょうか」
このまま何もなく帰れれば次も同じ手を使おうとしてたのに先手を打たれて潰された……。
だけどそれは想定済みなんだよ。
「5年!!」
オレはこの勝負のルールを決めようとするセバスに考えていた提案を伝える。
「なんです急に」
「だから勝負の期間は5年って言ってんの! オレが今5歳だから10歳になるまでこの勝負を続けよう」
「いくらなんでもそれは長過ぎでしょ!?」
「その5年の間にオレが諦めたらオレの負け! んで10歳になるまでオレが耐えれたらオレの勝ち! もちろんその間にセバスが飽きてもオレの勝ち! 勝負の時間は毎日他の人が寝静まった夜から6時間、《天獄》の時間で言えば1ヶ月半! どう?」
断られそうな提案に、オレはセバスの言葉をスルーして詳細なルールを矢継ぎ早に提示する。
オレが強くなる為には、テトに、ハブリシンに勝つには、こんな小さなカラダのままじゃダメだ……。
せめてもう少しカラダも心も成長しなきゃ……。
だからセバスが最初に言った勝負のルールに必死で屁理屈を付け足した。
ズルいやり方かもしれないけど、こんな遥かに格が違うセバスという存在を利用しない手はない。
チートが無いなら自分でズルを作ってやる!
「ずいぶんと思い切ったルール変更ですね? ですが、そんな提案が通るとでも? すぐに壊れては面白くないので毎回アナタが生き返る度に話す時間を設けてましたが、そんな事をせずアナタが壊れるまで延々と殺し続けてもいいんですよ? それに、ワガハイがこの瞬間アナタの《心臓》を戻せばそれだけで終わるのですよ?」
「そんな事したらせっかく出来たセバスの楽しみが無くなるんじゃない? オレは必死で避けてるだけだけど、アンタはちょっと楽しんでたんだろ?」
自分が強くなる為に、何が何でもこの提案を通す為に、オレは思考をフル加速してセバスの気を引く言葉を紡ぎ出す。
「……なるほど、確かにここまで時間を消費するぐらいには楽しめていますね」
「だろ? だったら1回で終わらせたらもったいないじゃんか、楽しみは長く続く方が良いと思うぜ!」
「……ハハッ、ワガハイから見れば取るに足らない路傍の石ころの様な存在が、己の為にワガハイを利用しようとするか……、フフッ……ハハハハハッ!」
「っ!」
セバスのその反応に咄嗟に後ろへ一歩下がる。
シュッ!
瞬間、目の前をセバスの右足が通り過ぎ、予想が当たった事に喜ぶ暇もなく、次は前方へ後ろを振り返りながら飛び退く。
ブンッ!
ゴッ!
目の前から一瞬でオレの後ろに移動したセバスの振り下ろした拳が、一瞬前までオレが居た場所に通り過ぎ地面を派手割る。
飛び散った破片を両腕でガードしながら、今出せる全力で右にジャンプする。
パンッ!
「ぐっ!」
完全に避けれていないせいで、次に繰り出されたセバスの突進が左腕に当たった……予想通り跡形も無く左腕が弾け飛ぶ。
攻撃はそこで止まり、肩から弾け飛んだ左腕があった場所に手を当て蹲るオレの所へセバスがゆっくりと歩いてくる。
「……」
「……」
目の前まで来て黙ってオレを見下ろすセバスに、やっぱり無理な提案だったかと、無謀な事をした少し前の自分を悔やむ。
「はぁぁぁぁ……、ワガハイも少し丸くなったんですかねぇ……」
セバスは困った様な笑った様な顔をしながら盛大に長い溜め息を吐き、頭をボリボリと掻きむしる。
「……っ」
「痛みで声も出ませんか……、まぁ先程までならワガハイの攻撃で全身弾けて即死でしたからねぇ……その痛みは、アナタの成長の証ですよ」
大量の血が押さえている左肩から流れ、今にも倒れそうになるのを何とか耐えてセバスの方をジッと見る。
「まぁいいでしょう……、少しは伸び代を見せたアナタの提案を受けましょう」
「ほん……とか?」
「えぇ、ただし! 【メリウス】に居る時は今までの様なクソガキみたいな言動はやめて、ワガハイとお嬢様の言う事をしっかり聞く事です! もちろん他の周りのメイド達の言う事もですよ?」
「わか……った」
「再生してきましたね」
セバスがそう言うと、オレの無くなった左腕が肩の傷口から再生されていく……ちょっとグロいな。
「ワガハイが言う事では無いかもしれませんが、内心はどう思っても構いませんので表面上だけでも真面目になりなさい、アナタがワガハイを利用しようとしたその強かさがあればそれぐらいは出来るでしょう、あんな下手な生き方よりもっと上手に生きなさい」
「そんなの強くなるのに関係ないだろ」
「ホント〜〜〜に! だからアナタは《凡人》なんですよ! イイからやりなさい! それが出来なければこの勝負はワガハイの勝ちとして最初に決めた通りあの獣人の娘を殺します、イイですね!?」
「わ、わかったよ、やればいいんだろ!」
セバスの圧に、強引に首を縦に振らされる。
オレにとっては余計なルールも追加されたけど、何とかルールを変更出来た。
左腕も治って、セバスが提案を受け入れてくれてホッとしたのか、ふとある事に気付く。
「そういえばさ、《ここ》ってもしかして飯とか睡眠とかって必要ないの?」
「今さらですか……、《不死》の特性を持つこの空間ではそんなモノ必要無いんですよ、何したって生き返るんですから」
「マジか! だから腹減らなかったのか! すげぇじゃん《天獄》って!」
「そんなところで凄さを実感されるとはこのシステムを作った者も思ってないでしょうね……」
ヴゥン!
オレとセバスがそんな会話をしていると、少し離れたところで聞いた事のあるような音が聞こえた。
ゴゴゴ!
……ガチャ!
「ふむ……、なにやら面白そうな事をしているな《星喰い》よ」
セバスは咄嗟にオレをまた隠そうとしたが、気付くタイミングが遅れたのと、前回よりその存在出てくるのが早かったせいで間に合わなかった。
「……そちらからすれば面白味も無いただの戯れですよ、それよりどうしたんですか? もしかして偉い人あるあるの仕事無さ過ぎて暇を持て余す的なやつですか?」
「……ぐっ」
セバスとの戦いでちょっとは成長したけど、そんなもの意味は無いとでも言わんばかりのその圧に押し潰されそうになる。
「あぁー、ちょっとその無駄に振り撒いている何処かのケバいオバサンの香水みたいな殺気抑えてもらえます? 匂ってきそうでウザいんですが」
「フッ、相も変わらず無駄に口が回るみたいだな……、ほら、これでどうだ?」
「……っは、ハァハァハァ」
セバスの言葉にその存在が物理的に押し潰されそうな殺気を抑えた瞬間、やっとまともに呼吸が出来たオレは必死に酸素を肺に送り込む。
「おや? 今回は何やら機嫌が良いようですな、ワガハイの言葉に素直に応じてくれるなんて初めてじゃないですか?」
「いやなに、少し興味が引かれる波動を感じたのでね……、そこの虫ケラから女神のチカラを感じるのだが、たかが虫ケラごときが何故女神のチカラを持っているのかとね」
その存在……《デイズ》はオレの方を向きそう言ってきた。
オレは最初に会った時と違いデイズの殺気も抑えられた事で、初めて彼の姿を目にする。
恐ろしい程に整った中性的な顔立ちに、地球でオレが見た事のあるモデルなんか霞むぐらいの体躯、その瞳に見つめられると自分の全てを見透かされたように感じて目を逸らしたくなるが、何故か惹きつけられる存在感に目が離せなくなる……。
……なんか息苦しい。
……あれ? なんでオレ生きてんだ? こんな尊い方の瞳にオレのような汚物をウツシテハイケナイ……
「おっとストップ! そんなに見つめると壊れちゃうんで程々してもらえると助かるんですがね?」
「フフフ、いやすまないな、ちょっとしたイタズラだよ」
パン!
ダレカガオレノカオヲナグル……。
「ミヤビ殿! 戻ってくるのです!」
「アレ? オレハナニヲシていたんだ?」
「自分で自分の首を絞めていたんですよ……、ったく、イタズラで殺さないでくれます?」
「オマエの大事なオモチャならオマエが止めると分かっていたからな」
……何が、起こった?
デイズの姿を、目を見た瞬間からあの方の事しか考えられなくなって……、《あの方》ってなんだよ!?
……なんだこのカラダの奥底から湧き上がる変な《気持ち》は。
アノカタニヨロコンデホシイ……。
「ミヤビ殿! しっかりするのです!」
「無駄だよ、たかが虫ケラが我の力に抗えるわけもないだろう……女神のチカラを感じたが、この程度も抵抗出来ないなら生きていても無駄だろう」
「オレノゼンブヲアノカタニ……」
「ちっ! 仕方ありませんね!」
シュパッ!
「フッ、首を落として自ら大事なオモチャを壊す……か」
「アナタもホント良い性格してますね」
「褒め言葉として受け取っておこうか……ん?」
「アレ? オレいつのまにか死んでた?」
「ミヤビ殿! 正気に戻りましたか?」
「お、おう……」
セバスの焦り様に若干引きながらも、その状況から自分に何かしらの悪い影響が出ていたのだと推測する。
……あれか、ゲームとかマンガでいうとこの《魅了》みたいなやつか!
「一回死ねばリセットされるみたいですね、さすが《不死》ですねぇ」
「《星喰い》よ、まさかオマエその虫ケラをこの《天獄》に適応させたのか!?」
「えっ? ダメだったんですか? ワガハイがアナタ方にやられた事を真似したら大丈夫かなぁ? って思ってやったんですが……ダメでした?」
「良いとか悪いとかの問題ではない! 虫ケラとは言え、無実の者をこの《天獄》に存在させる事の意味が分からないオマエでは無いだろう!」
「はぁ、よく分かっていませんが?」
オレは何故か焦るデイズと絶対知っててやった顔しながら惚けているセバスを交互に見ながら、なんとなく大丈夫そうだなと少し安心する。
「クッ! ……まぁいいだろう、いや、良くはないが、オマエがそういう態度なら我も相応の対応をしようではないか」
「見よう見まねで賭けでやったので、ワガハイのケツ拭いて貰えるならありがたいですなぁ」
え? オレ賭けでこの場所で生きれたの?
セバスはデイズを煽れるのが嬉しいのか、嬉々とした顔をしながら話している。
「……その余裕を今すぐ壊してやろう、〝管理者《Days•No.7》が命じる、投獄者《星喰い》による違反を発見、ペナルティとして管理者権限によりこの者と《異分子》による《核》のリンクを生成し対象の《異分子》と《星喰い》の生命システムを同期、これにより以降どちらかの生命が絶たれる時、もう一方の生命を自動的に絶つ〟《システム起動》」
デイズが長々とした文言を吐いた瞬間、オレとデイズの胸の辺りが光だし、互いを繋ぐ光の線が現れた。
「ハハ……やってくれましたね……」
「我を謀ろうとした報いと思え」
「えっと……、コレどういう事?」
先程とは変わって悔しそうな顔のセバスと、してやったりな顔のデイズを見て、もしかしてヤバいのかも? と1人除け者にされた気分のオレは狼狽えた……。