第65話 倒れ逝く者
ヘラルトによる反撃が始まった。
「何が誰も助けてくれなかっただ。そもそも助けるだけの余裕がある人間が一体どれだけいた?」
掴んだ散弾銃に蹴りを入れて中頃からへし折り、エーリクの顔面に拳を叩き込む。
「政治家に手を出すならわかる。見捨てた軍に手を出すならこれも分かる。他のマフィアに手を出す。それもまた分かる。だが一般市民まで巻き込むのはどういう了見だ? 彼等にどんな罪がある?」
猛然と殴りかかるヘラルトに、エーリクは歯をくいしばって拳を払いのけることで防御する。
身につけた鉄板の重みも相まって、ヘラルトの拳はもはや熊のそれと同じような重みがある。
「お前達は世界で自分達だけが不幸だと思い込んで誰彼構わず八つ当たりしているだけのクソ餓鬼達だ」
ヘラルトの拳がようやくエーリクの顔面を捉えた。
顎に当たったエーリクは派手に後ろへと吹き飛んでいく。
「立てクソ餓鬼。大人の俺が教育してやる。終わったらチョコレートソースを山ほどかけたポッフェルチェをケツの穴から食わせてやる」
「クソ餓鬼ときたか。本物の地獄を見たこともないやつが、よりにもよってこの俺をクソ餓鬼と呼ぶか。面白い」
構えたまま手招きするヘラルトに、エーリクは爪が食い込んで血が滲むほど拳を握ると突撃していく。
「国民も政治家も、軍の上層部も、その全てが咎人だ! 奴らは全員地獄に落ちなければならない。俺達はどうあっても恨みを張らさなければならん! それが死んでいった戦友達への手向けの花となる!」
叫びながら、脇目も振らずに真っ直ぐ突撃してくるエーリク。残った片目に殺意を滾らせ、ヘラルトの顔面に一撃たたきこもうと拳を突き出していく。
「国民全てがクソだ! どいつもこいつも平等にクソだ! 俺達が守ってきた国民は人の皮を被ったクソの固まりだ!」
エーリクはヘラルトに飛び付き、脳天に肘を入れられながら腹に付けられた鉄板を凄まじい力で無理矢理引き剥がす。
そうして剥がされた鉄板は、今度はヘラルトの頭に叩きつけられる。
互いに頭から血を流していた。
「俺達だって最初はお互い尊重して生きていこうとした! だが国民は受け入れるどころか排斥してきた! 誇りある軍人はマフィア風情に格下げだ! 国のためと命を落として、生きて帰れば人としての暮らしも許されない。そんなことがあってたまるか!!」
もはや避けもしない。
エーリクは鉄板を放り投げるとひたすらヘラルトの顔面に、腹に拳を叩き込む。死にものぐるいで叩き込まれるそれは一撃で骨が砕けるような威力がある。
ヘラルトも応戦する。攻撃の合間を縫ってエーリクに拳や蹴りを入れていく。
「誰も許してなるものか……誰にも喜びの声をあげさせてなるものか……地獄の釜におちようとも構うものか……復讐だ。国民全部まとめて報いを、応報を」
「ごちゃごちゃとやかましいクソ餓鬼だ。いい加減……死ね」
お互い息が上がり始めた。
「殺し尽くしてやる。俺達が味わった地獄を、国民全員に見せてやる。俺が、俺達が復讐してやる」
「止めてやるぞクソ餓鬼。理屈なんぞ知らん。お前がどんな考えで、大義があってそうしているのかも知ったことか。戦友達の願いを果たすために、俺はお前をぶち殺す」
再び拳を構える。
いくら頑丈でもあと数発くらい頭に叩き込めば流石に倒れるだろう。
ヘラルトには頼もしい仲間の存在もある。
「があああああッ!!」
エーリクの背後、立ち上がったダミアンが腰だめに銃剣を構えて突っ込んでいく。
「ダミアン。その気合いは見事だ。だが...…」
エーリクの視線がダミアンへと向けられた瞬間、ヘラルトも走り出す。
「くたばれエーリク!」
「ハラワタぶちまけて死ね!」
繰り出される銃剣と拳、エーリクはその場で僅かに半身になるだけ。2人の内どちらかの攻撃は当たる。
ヘラルトとダミアンはそう思っていた。
「俺が塹壕でどれだけ近接戦闘をしてきたと思ってる? 挟み撃ちなど日常茶飯事だ」
エーリクは突き出される銃剣を、拳を片手で受け止め、蹴りをダミアンの腹に叩き込んだ。
「グゥッ……」
ダミアンの決死の一撃は届かない。ヘラルトの拳は難なく受け止められた。
だがまだだ、まだヘラルトには残った武器がある。
頭を使えばよいのだ。
「食らえクソガキ!」
頭を後ろに反らしたあと、全力でエーリクへと向かって振り下ろす。両手が塞がっていたエーリクはそれをそらすことができず、直撃した。
「ぐ、あ、あぁ……」
怯んだ隙にヘラルトは渾身の蹴りをエーリクの腹に叩き込む。
エーリクは蹴り飛ばされ、宙を舞い、そしてダイナマイトで破損した場所まで飛んでいく。
「ぐがぁああああッ!!」
エーリクは破損した柱に腹を貫かれた。
「殺して……殺してやる……ムステル人、ムステル人を……殺して……」
エーリクは最期まで血走った目で恨み言を言っていた。かつては国の英雄だった男の、最後の姿がこれだ。
傷つき、血にまみれ、血反吐と共に恨み言を吐く。悲惨な末路。
「ダミアン! 生きてるか!?」
終わりを悟ったヘラルトが倒れているダミアンの元へと駆け寄る。目は開いている。しかしもうダミアンは動かなかった。
「……ご苦労だったダミアン。ゆっくりと眠れ」
血塗れの手でダミアンの目を閉じてやると、ヘラルトはその場を後にした。




