第59話 愛しき三流
「ヘラルト・ファン・デン・ベルク、また俺達の邪魔をするつもりか。だがそうはいかんぞ」
ヘラルト達が隠れている場所から500m程度離れた場所に畑がある。ウィレムは積まれた藁に身を隠し、顔には接着剤で藁を貼り付け自身の存在を隠匿していた。
ウィレムはボルトを引いた。ヘラルトが島に来たと報告があってから、防衛隊の一部を切り取りヘラルトを撃ちに来たのだ。因縁の相手でもあり目標であるヘラルトは今現在輸送車両の残骸に隠れているが、そう長くは居られない。
仲間が攻撃を加えれば、反撃するなり逃げるなりしなければならないだろう。
「出てこい……」
はるか先に見える輸送車両、それは既に破壊されていて乗り込んで逃げることはできない。
鉄板を剥がして盾にして突っ込むのも不可能だろう。加えて仲間はヘラルトの隠れている車両に近づいている。
輸送車両に銃口を向けたまま、ウィレムはひたすらその時を待つ。
そうすると仲間が銃撃を加えながら近づいた、その時だ。
「手榴弾か……」
仲間が悲鳴をあげその場に伏せた。目を凝らせば彼等の足元に転がるものがあった。
手榴弾である。
「その距離なら蹴り返せ。馬鹿者共が」
ウィレムが悪態をついた次の瞬間、手榴弾が炸裂した。味方は負傷してその場でもがき苦しんでいる。
しかし、ウィレムは動かない。
「出てこい。俺はそんなことでは動かんぞ。何人味方が死ぬのを見てきたと思っている」
銃口は動かさない。
負傷者を助けようと他の仲間が援護射撃を加えながら近づいていく。
だが輸送車両にできた僅かな隙間から狙い撃ちされ、あえなく負傷者の仲間入りになっていく。
悲鳴をあげる仲間が刻々と増えていった。
「……馬鹿者共が、攻め方が甘い」
這いずって逃げようとする者、悪あがきでヘラルト達の隠れる輸送車両に攻撃を加える者、呻き声をあげながら助けを求める者、反応は様々だ。
悲鳴をあげる仲間が刻々と増えていった。
──助けて、死ぬたくない。か……
口の動きで言葉を読む。
「くそったれめ」
這いずって逃げようとする者、悪あがきでヘラルト達の隠れる輸送車両に攻撃を加える者、呻き声をあげながら助けを求める者、反応は様々だ。
「撃ったらこっちの位置が割れる。撃てない」
照星越しに味方の苦しむ姿が目に写る。苦悶の表情で倒れ、助けを求める姿が写る。
お調子者だが訓練は真面目に受けていたベンが、家族の為と愚直にすぎるが一生懸命働いていたアーベが、詰めは甘いが仲間思いのファビアンが、射撃の腕前は今一つだがコーヒーをいれるのはうまいミハエルが……
助けを、求めている。
「……俺は1流の狙撃手だ。こんなことでは……」
特に限界というわけでもない。その気になれば1週間でも標的を待てるのがウィレムという男だ。だがその手は震えていた。
ウィレムの瞳にはいまだに負傷者を助けようと援護射撃を加え近づく仲間達の姿が見える。
「出てこい、早く。そうでないと……」
仲間が、死んでしまう。
しかしヘラルト達は無情だ。隠れ潜み、そのまま出てこない。おそらく味方が全員倒れるまでそのままだろう。
最終的にはしびれを切らして出てくるはずだ。ウィレムはその瞬間をただ待てばいい。
本当にそれでよいのか?
「………………」
苦悶の表情で倒れる味方を見て、ウィレムは小銃を握り直し、呟いた。
「中尉殿、申し訳ない。どうやら俺は2流のようだ」
ウィレムは連発用の弾倉を小銃に取り付けその場に立ち上がると一直線に仲間達の方へと走っていく。
声が届く距離まで走るとウィレムは声の限り叫んだ。
「貴様等一体何をしているか! メッレ! オーラフ! 援護してやるから負傷者を連れてこい! ニコ! 車を回せ!」
柄にもなく大声で叫びながら、ヘラルト達の隠れる輸送車両の残骸に向け射撃を浴びせた。
「オットー、何をボサッとしている! 負傷者を運び込んで撤退だ! 早くしろ!」
「は、はいッ!!」
仲間達の所へとたどり着いたウィレム。投げられた手榴弾を、火のついたダイナマイトを、片っ端から小銃で撃ち落としていく。
「リーヌス、早くしろとは言ったが慌てろとは言っていない! 落ち着け! 負傷した馬鹿共は積み込んだな!? 撤退だ!」
最後にウィレムが車に乗り込み、撤退すれば皆助かる。あとは救護所まで走らせればいいのだ。
だが……
「ぐっ……!」
乗り込もうと一瞬、ほんの一瞬だけ目を反らした隙を狙い、ヘラルト達はウィレムを撃った。
乾いた銃声と共に、ウィレムの右腕には風穴が空く。
「ッ! 出せ! ニコ!」
「ウィレムさん!」
「早くしろ!!」
血が噴出する右腕は構わず、ウィレムは車をおもいっきり叩いて車を出すように命じた。
「ぐぅっ……あぁ……最悪だ。2流どころか3流だな」
走り去っていく車を見ながら、ウィレムはその場に倒れる。
脂汗をかきながら、痛みで動けなくなるウィレム。そんな彼の元へ、ヘラルト達は姿を見せた。
「ウィレムだな? こんな距離で顔をみたのは初めてだ」
古い軍服姿の大男。ウィレムはそれを見て思わず舌打ちをした。
「貴様がヘラルトか。なるほど間近で見れば間の抜けた顔をしているな。居場所が分かっていながら仕留め損ねた間抜けの顔だ」
ウィレムは倒れながら悪態をついた。利き腕を撃ち抜かれている。もう小銃は握れないし拳銃も同様。というより抜こうとすれば即座に撃たれて死ぬだろう。
「それとダミアンか。裏切り者が、なんのためにここに来た?」
「エーリクを止めに来たのさ。それとウィレム、アンタはもっと寡黙な人だと思ってたんだがな」
2人ともウィレムに銃を向けてきている。引き金に指をかけ、あとは少しでも動かせばウィレムの頭はくす玉のように割れるだろう。
「……ウィレム、お前はなぜ出てきたんだ?」
ヘラルトのそんな問いに、ウィレムは嘲りながら答えた。
「馬鹿だな。お前らは俺の思惑通りに動いたんだ。俺が出てくればお前らは俺を狙うだろう。そうすればあいつ等の逃げる時間を稼げる」
「俺達が出てくるまで待てば、増援なんぞ来なくても最小限の犠牲で倒せたはずだが?」
「最小限の犠牲か……俺1人の死であいつ等が全員生き残るなら計算は合う。お前はその程度の計算もできないのか?」
ざまぁみろというような態度と言動に、ヘラルトは特に何も言うことはない。
「……ダミアン、行くぞ」
銃口を下ろしたヘラルトは懐から簡易な救急セットをウィレムに投げて寄越すとダミアンを連れて一直線に本部のある方角へと向かって走り出した。
「……この場合俺はなんだ? 3流通り越して4流か? 情けない」
1人残されたウィレムは腕の止血をしながら空を見る。
「……あいつ等、迷子になってないだろうな」
止血を終えたウィレムは救護所のある方へと走った。
不出来な仲間に教育が必要だ。そして褒めてやらなければならない。よくぞ見捨てて逃げてくれたと、よくぞ仲間を助けてくれたと。




