第55話 語らい
アントンが去った後、ヘラルトはエフェリーナの下へと向かった。
「会いに来てくれたのねヘラルト。嬉しいわ。ごめんなさいすこし外すわね」
「エフェリーナ、早く帰ってきてくれよ?」
エフェリーナはホテル・アーメルスから逃げた後、他の従業員達と共にヴォスの拠点で構成員達に娯楽を提供していた。
歌に酒、そしてエフェリーナが放つ雰囲気は荒んだ構成員達を癒す。
今では熱心すぎるファンも現れる始末だった。後ろを見れば握手する構成員の姿が目に入る。その姿を見て、ヘラルトは特に何も思わなかった。
日の落ちかけた時間、ヘラルトとエフェリーナは並んでバルコニーに座っていた。
ヘラルトは口に煙草を咥えると、火を付け軽く吸った。
「もう少ししたら俺はここを離れる。メラント島に行く」
「そう……いよいよ最後なのね」
2人とも顔は合わせず、空だけを眺めていた。エフェリーナの表情は当然見えないし、見たとしても微笑みを貼り付けたあの顔に違いない。しかし声音が不安そうだった。
「ねぇヘラルト。平和を取り戻したら、何がしたい?」
「そうだな。昼間っから家でソファに寝っ転がって、煙草をふかして酒を飲む。窓から景色でも眺めて皆が働いてる光景を見ながら、ラジオから流れてくる甘ったるいラブソングを聞こう」
「それが願い?」
エフェリーナの問いに、ヘラルトは煙と一緒に答えを吐き出した。
「本当の事を言うと、浮かばない。俺には使命がある、戦友たちの願いを叶える使命がある。だがそれ以外に願いはない」
「そう……」
エフェリーナはヘラルトの煙草を口から奪うと、自分で吸い始めた。
「げっほげっほげっほ……ごっほごっほ」
「おい、エフェリーナ」
派手に噎せ返るエフェリーナの背中をさすりながら顔を覗き込むヘラルト。
「初めて吸ったけど、こんなの人が吸っていい物じゃないわね」
「ほっとけ」
ヘラルトの口に口紅の付いた煙草を再び戻すと、エフェリーナは喋り始めた。
「戦友の願いが聞けるなら私の願いも聞いてもらおうかしら。ヘラルト、貴方はこの戦いが終わったら、そうね……私の手料理の味見をしてもらおうかしら。自分で料理したことないから」
「……大変そうだな。戦争に行くよりも死亡率が高そうだ」
「約束よヘラルト。絶対に、絶対に生きて帰ってきて。私からの命令」
「請け負った」
吸っていた煙草を投げ捨てると、ヘラルトは立ち上がった。




