第50話 クラーケン
ヘラルト達の前に、ついに件の潜水艦、クラーケンが姿を見せる。
全長200m、30cm2連装砲と両弦に28門の魚雷発射管を備えた海の怪物、ムステルの巨大兵器の1つ。ヘラルト達の乗る戦車が芥子粒に見えるほどの巨大潜水艦クラーケン。ヘラルトが所有しているダイナマイトやレウなどの通常兵器でこの怪物を破壊するのは困難である。
だが怪物を倒す役は古くから矮小な英雄と相場が決まっている。ヘラルトは車内から怪物を倒すための兵器を取り出した。
「装填手! ダミアン降りろ! 俺達は周りを引っ掻き回す!」
ダミアンとヘラルトを降ろした後、マンネスの駆る戦車は港へとやってくる敵に向かって主砲と機関銃を撃ちながら突撃していった。
「行くか。ヘラルトよ。臭い水兵どもを風呂に入れてやろう」
「入るのは水風呂だ。それも塩水」
「違いねぇ」
ヘラルトは短機関銃を肩に担ぎ上げる。腰にはいつもの如くダイナマイト、そしておまけの手榴弾を引っ提げて。
『ヘラルト。所定の位置に到達できたようだな。そいつを撃破する方法だが、まず後ろに回り込め、そしてそこにあるスクリューをダイナマイトで吹き飛ばすんだ』
「了解だアントン。と言いたいが……それは無理だ。おっと」
ヘラルトとダミアンは建物の影に隠れ、敵の攻撃から身を守りつつアントンに現状を伝えた。
『なんだと? ……ああ、今確認した。まずいな』
眼前に見えるクラーケンは、その巨体を徐々に港から遠ざけつつあった。速度は遅いが既にヘラルト達がスクリューを狙えるような距離ではない。
「おいダミアン。俺の合図で飛び出せ。あれを頂く」
「あれで行くつもりかお前!?」
ヘラルトが指さしたのは何ともみすぼらしい木造のボートである。とてもではないが戦闘に耐えられるような代物ではない。敵は既に駆逐艦や魚雷艇まで港から出して攻撃してきている。
「いいから行くぞ。このままあれを見逃したらこの戦いに駆り出された全ての人間が骨折り損になる」
「ああ畜生め、分かったよ」
ヘラルト達は潜水艦へと接近するためボロボロの小舟に乗り込んだ。
「ダミアン、全速力だ」
「うるせぇ! そもそもエンジンがかからねぇんだよ!!」
「何故?」
「お前がカスみたいな船選んだからだうぉおおおおッ!?」
ダミアンの言葉を遮って、敵の駆逐艦から機関銃が撃ちこまれた。水面に当たった弾は派手に水しぶきを上げていく。
小舟の後ろに取り付けられたエンジンは燃料こそ入っていたもののなんの反応もない。このまま動けなければ敵に狙い撃ちされ、追い付くことはおろかこの場で沈むことになる。
「どけダミアン。動け! 動きやがれこのポンコツが!!」
ズガン、拳をエンジンに叩きつけたヘラルト。なぜそうなったのかは分からないが、エンジンは黒煙をあげながら稼働し始めた。
「この手に限るな」
「お前はやっぱりまともじゃねぇ」
追いかけようとエンジンを弄くった、その時だった。
「おや? ヘラルトちゃん。こいつは...…」
「止まったな」
黒煙が止まり、エンジンの駆動音も止まった。本格的に動かなくなってしまったようだ。
「止まったな、じゃねぇよこのタコ! ええいこうか!? 動きやがれこのポンコツが!!」
ガン、とダミアンはヘラルトの真似をして拳をエンジンに叩きつける。
……エンジンは小舟から外れちゃぷんという音と共に海へと沈んでいった。
「ダメか」
いよいよクラーケンは港から離れ、駆逐艦や魚雷挺はもはや相手するのも面倒と言わんばかりにヘラルト達を置いて沖へと向かっていく。
「畜生め、取り逃がしちまったか」
「……いや、どうやらそうとも言いきれんぞ」
「あん?」
駆逐艦に撃たれながら、入れ替わるようにこちらへと向かってくる1隻の船があった。両弦に2門の魚雷を無理やりポン付けしたそれに乗るのは1人の太った男、アントンである。
『ヘラルト! そんなオンボロに乗ってないでこっちに乗り換えろ! 早くしないと逃げられる!』
ヘッドホンから聞こえてきたのは船に乗ったアントンの声。見れば船は新型爆弾を破壊するため、シェフィールへとヘラルトを運んだものと全く同じだ。
「そいつはいいな。少なくともこのオンボロよりは! ヘラルトも少しは見る目を養った方がいいぞ!」
「グダグダ言ってないで早く乗り込めダミアン」
船に乗り込みながら、ヘラルトは船に取り付けられた機関銃に急いで向かった。
「ヘラルト、クラーケンはその構造上、すぐには潜行できない上、潜れてもせいぜい50m程度だ。だが奴はその魚雷で撃たれる前に敵を沈めてきた海の怪物だ。魚雷の航跡を見逃すなよ」
「アントン。多分もう遅い」
ヘラルトの前でクラーケンは右に回頭し始めた。




