第5話 脅迫のお電話
しばしの沈黙ののちにヘラルトは懐から煙草を取り出し、トレンチライターで火を付ける。
「ヘラルト。貴方は居なくならないでちょうだい。寂しくなるから」
「まだまだやることがある。それが終わるまでは消えたりなんぞしないさ」
ヘラルトの話を頬杖を突きながら聞き、窓の外を眺めるエフェリーナ。蝋燭の明りに照らされた姿は美しいの一言。しかしどこか寂しそうでもあった。
「そろそろ帰る。邪魔したな」
「またいつでも来て。うんとサービスするから」
「ああ、そりゃいいな」
エフェリーナはヘラルトに近づくと顔を抱き寄せ口づけを交わした。
ヘラルトは家に着くや否や買った花を空き缶に突き刺した。特に水も入れるつもりは無い。既にしおれているが気にしない。
「……エフェリーナに渡しとけば良かったな」
ため息を吐きながらコートを投げ捨て、ソファーに寝っ転がりながら懐から煙草を出し──
「チッ……」
煙草の箱に一本たりとも残っていないのを確認、仕方なく缶に突き刺さっていたシケモクに再び火を付けた。焦げ臭い独特な風味を感じながらも煙を吐き出し、ぼぅっと天井を見る。
「ん?」
暗い家の中、壁に掛けてある電話がベルを鳴らし喚き始めた。
「誰だ? アントンか?」
シケモクを咥えたまま電話に出るヘラルト。基本的に根暗で友人の居ないヘラルトだ、電話してくるのはアントンくらいのものだが、聞こえてきたのはアントンの声ではなかった。
『ヘラルト・ファン・デン・ベルクだな? 賞金稼ぎの』
「誰だお前。仕事の依頼ならマネージャーのアントンを通してくれ」
聞こえてきたのは低い掠れた男の声だった。
『生憎だが仕事の依頼じゃない。俺はルベルの人間だ』
「ほう……ルベルの」
ルベル、ムステル最大のマフィアであり、今回の仕事における敵だ。
「で? ルベルの人間が俺に何の用だ? 酒でも恵んでほしいのか?」
『お前俺達の銃器工場を吹っ飛ばしただろう?』
先日の『仕事』のことであろう。
「何のことだ? 寝言はベッドで言うんだな。それか母親にでも聞いてもらえ」
『はぐらかさなくてもいい。お前がやったのは知っている。それから今度は国家維持局と組んでうちの可愛いモーレンを吹っ飛ばそうとしてるのもな』
「……」
ヘラルトは電話の相手が誰なのか知らない。が、こちらの仕事内容がばれているのだけは分かった。どこから漏れたのかは今は考える必要はない。
『悪いことは言わん。こっちに付け。維持局を裏切り、指揮官を殺せ。悪くない待遇で迎えてやるとも。あの大戦の後、俺達元兵士の待遇は悪くなるばかりだ。こっちは適切な給料と安定した仕事をくれてやる』
どこか嘲るような口調で言われ、ヘラルトも眉間に皺を寄せる。
「裏切りは俺の趣味じゃない」
『今現在戦友に銃を向けているお前がそれを言うか。まぁいい。俺達はいつでもお前を……いや、元兵士を待っているぞ』
そこで電話は切れた。
「これはちょっとまずいな」
受話器を戻しながら、誰も居ない部屋でそう呟く。
──どこから漏れた? いや今はそんな事よりもアントンと連絡を……
ヘラルトは受話器を取ると仕事を終えようとしていた交換手にアントンの名前を告げた。
受話器を戻し、暫く待つと……
『お話しください』
交換手の言葉の後、聞きなれたアントンの声が聞こえてきた。
『ヘラルト? お前からかかってくるとは珍しいな。どうした? 忘れ物でもあったか?』
「いいや違う。どうやら例の件、情報が漏れているみたいだ」
『なんだと?』
ヘラルトは先ほどの出来事をアントンに伝えた。
『……そうか。予想してなかったわけじゃないがやっぱりそうなったか』
「予想してたのか?」
『ヘラルト。ルベルの主な構成員、兵士が出身だって忘れてないか?』
ヘラルトは思い出した。
『『全てを終わらせる戦い』あの大戦の後、お役御免で首を飛ばされた兵士の中には、諜報員やら情報将校やらもまざってた。そいつらが今色んな組織に入って情報を集めてる。連中へ敵対しようとすれば……あとは分かるな?』
「ああ」
『今日はそのまま休め。ちっと俺は依頼主と話付けてくる』
電話はそこで切れた。




