第4話 時には昔を
ボロ車に乗り込み鍵を回し、アントンの店を後にする。
「……酷いもんだ」
ヘラルトは車の窓から見える光景を見てそう漏らした。
「港の積み込み作業! 定員5名! 1日200万ゲルダだ!」
トラックを背に、薄汚れたシャツ一枚の男が怒号をあげる。
「安すぎるぞ! このケチ野郎!」
「だったらよそへ行け! このウジ虫野郎共が!」
仕事を求める若い男達がはした金で雇われトラックの荷台に乗り込み始める。だが仕事にありつけているだけまだましなのだろう。あぶれた男達は舌打ちをしながら散っていく。
他の方へ視線を向ければスリをしようとして失敗し殴られている子供がいる。倒れた浮浪者の目をカラスが啄んでいる。車に向かって飛び出す者もいた。
「……ッチ」
そうやってよそ見をしながら車を走らせているとヘラルトの車の前に籠を持った子供が立ちはだかった。早く行きたいヘラルトは思わず舌打ちをする。
「……なんだ?」
車の窓を開け、忌々しそうにヘラルトは子供に話しかける。小さく痩せぎすでまだ5歳くらいの女の子、不安そうな顔をしていて着ている服もかなり汚れている。
「あの、お花いりませんか?」
見れば女の子の持っている籠には黄色い花が入っていた。これからいく場所に持っていけば少しは喜んでもらえるだろう。
「……束でくれ」
ヘラルトは花を受け取りながら懐から札束を取り出し渡した。
「じゃあ退いてくれるか?」
「あ、はい。ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀をして去って行く女の子。彼女はこれからも通りがかる車を呼び止め、また花を売るのだろう。
「クロッカスか」
助手席に花を置き、車を走らせた。
夜になる頃、ヘラルトは目的の場所にたどり着いた。
駐車場に車を停めて煙草に火をつけると、ヘラルトは目の前の建物に目をやった。3階建てのその建物、街の名前を取り『ホテル・アーメルス』と呼ばれている。
ヘラルトは駐車場に並んでいる車を見ながらホテルの中へと入っていった。受付を通りすぎ、向かった先は1階にあるステージだった。
「ジュネヴァをくれ」
「はい」
併設されたbarのカウンターで酒を頼むと、ヘラルトは舞台の中央に目をやる。そこにはピアノの音色と共に歌を歌う女性が立っていた。
深い海のような青いドレスに身を包んだ歌姫の澄んだ歌声に、その場にいる人々は目を閉じて静かに聞き入っている。
まるで祈りを捧げているかのような、そんな声だった。
「いい声だ」
「ヘラルトさん、お静かに」
「すまんな」
そうしてしばらく聞き入っていると、歌は終わり、歌姫は客と握手を交わしながら舞台を降りていく。
「ヘラルトさん。久しぶりですね」
歌が終わるとバーテンが酒をグラスに注ぎながら呟いた。
「ここのところ仕事が立て込んでてな。稼ぎ時ってやつだ」
「潤うのはよいことです。しかしあまり無茶はなさらないで下さい。オーナーが泣きます」
「泣かないさ。アイツは」
ヘラルトはバーテンの話を聴きながらグラスに口をつけ、一気にジュネヴァを飲み干す。薄められていない酒は久しぶりで、すぐに顔が火照ってくる。
「いらっしゃいヘラルト。どうだったかしら、私の歌は?」
そうしてしばらく飲んでいると隣の席に座ってくる女性がいた。先ほど舞台で歌っていた歌姫だ。そして、ヘラルトがここに来た目的の人物でもある。
「良い声だった。賞を貰えるぞエフェリーナ」
歌姫、エフェリーナの方を見ながらヘラルトはそう答えた。
エフェリーナ・オーフェレーム。ここホテル・アーメルスのオーナーであり歌姫、暗い茶髪と黒い瞳をもった妖艶な女性だ。
「貴方に素直に褒めて貰ったのは久しぶりね。よほどお酒が進んでいるのかしら」
「ああ、ここの酒はいい。なにせ水で薄めてないからな」
ヘラルトは横目に見ながら話をした。最近のこと、仕事の話など他愛ないことを。
エフェリーナはヘラルトの話を微笑を浮かべながら聞いていた。まるで子供の話を聞く母親のように。
「ねぇヘラルト、上で夕食はどう? 話したいこともあるから」
しばらくしてから、エフェリーナはこんなことを言ってきた。表情は変わらないが、少し寂しそうにも見える。
ヘラルトは何かを察したあと、エフェリーナの後を着いていくことにした。
3階の角にある部屋がエフェリーナの私室だ。銀の装飾がついた調度品や夜空を描いた美しい絵画が飾ってある。まぁそれ以上にところ狭しと並べられている贈り物の箱が目立つが。
ヘラルトとエフェリーナは蝋燭と月明かりに照らされながら席についた。
「色々な人からプロポーズを受けるの。全員に言ってあげたわ。私と一緒になる人は全員死んだって」
「…………」
エフェリーナはヘラルトに手紙を差し出した。
差出人は、軍からだ。
「分かったんだな……北部か」
「ええ、5年待ったわ」
手紙にはエフェリーナの夫だった人物が死んだということが記されていた。『あなたは尊い犠牲を捧げられた』だの『ご主人には心からの感謝を捧げる』だの書かれていたが、そんな言葉が一体何になるのか。
ヘラルトは手紙を静かに机の上に置いた。
「冥福を……いい友だった」
「夫に……」
2人でワインの入った杯を掲げ、一息に飲み干した。




