第36話 馬鹿な男
深夜、ホテル・アーメルスにて……
「救済同盟のお偉いさんが殺されたらしいな。これからお前みたいな賞金稼ぎは稼ぎ時になるだろう。よかったじゃねぇか」
「いいわけあるか。戦争するくらいならお前の糞を食う方がマシだ」
ヘラルトはダミアンと共に酒を飲んでいた。目の前に置かれた灰皿には大量の吸殻が堆く山を作り、酒を飲む量も普段よりかなり増えていた。
「飲みすぎは身体に毒よ?」
「毒だって使いようだ」
エフェリーナはヘラルト達の隣に座り一緒に酒を飲んでいる。普段なら賑わう時間帯だが、今は殆ど人が居ない。
現在ここに居るのはヘラルトとダミアン、そしてまばらに座る客だけ。貴重な客は、どう見ても堅気ではない。ヴォスか、救済同盟か、いずれにせよ周囲を警戒している。
「全面戦争となれば先の大戦と同等くらいの規模になる。巻き添えになる一般人もかなりの数になるだろうな。最悪だ」
「俺もいまやヴォスの一員だが、一般人は御免だな。特に女子供だ。殺せば心にくる」
カウンターで酒を飲む2人。そんな2人の所へホテルの黒服が駆け寄ってきた。
「ダミアン様、あちらにヴォスの方がお待ちです」
「ありゃ、お呼びがかかっちまった。おいヘラルト。俺の酒飲むんじゃねぇぞ」
「早く行ってこい」
ダミアンが席を外すと、ヘラルトはダミアンの残したグラスの酒と酒瓶の中身を一気に飲み干した。隣に置いてあったチーズのつまみも自分の酒と一緒にモリモリ食べる。
「怒られるわよ。ヘラルト」
「構わんさ。俺もそろそろ時間だ。あいつが戻ってくる前にばいばいするよ」
ヘラルトは口をモゴモゴと動かしながら札束を置き、そのまま帰ろうとした。だがエフェリーナはヘラルトの手を取って引き留める。
「どうした?」
ヘラルトがエフェリーナを見ると、彼女は黒い瞳を細め憂いを帯びた笑みを浮かべながら口を開く。
「……ねぇヘラルト」
「なんだ?」
「私ね、お金を貯めてるの。ホテル・アーメルスを他にも作りたくて」
ほう、と息を吐くとヘラルトはエフェリーナに顔だけ向ける。
「この国以外……遠い所ならどこでもいいわ。戦争なんてない国へ行って。そこで歌でも歌って、忙しくせわしなく働いて、おばあちゃんになるまで暮らすの」
「…………」
「ヘラルト、貴方も一緒にいかない? この国を捨てて、何もかも放り投げて、どこか遠くの国へ。どこか安らげる場所へ。危ない事とはさよならして貴方だけの人生を歩んでいくの」
「さよならね……だがそいつは、駄目だ」
エフェリーナの手を放すとヘラルトは目を逸らした。彼女の顔を、まともに見ることが出来なかった。
「貴方にとってそんなに大事なの? 死んだ人との約束が」
「俺はあいつらに生かされたんだ。だから、あいつらの望んだこと。できなかったことをやってやらなきゃいけない。それが生きた人間の責任ってもんだ。だから俺は平和を取り戻すために、そのために戦う」
ヘラルトは手を振ってそのまま去って行った。エフェリーナの顔は一切見ることなく。
「馬鹿……」
小さな声でそう呟くと、エフェリーナは棚から出した酒をヘラルトのグラスに注ぎ、一気に飲みほした。




