第29話 夢
会場となる平原にヘラルトとアントンが到着すると、そこはお祭り騒ぎだった。
背の低い草が生い茂るそこには屋台が無数に立ち並び、そこかしこから食欲をそそる匂いを漂わせている。
乱雑に並べられた席にはヴォスと救済同盟の構成員達が煙草をふかしながらビールや料理に舌鼓を打つ。
中央に敷かれた赤い絨毯と調印を行う台以外はがやがやと騒がしく、まるで屋外の酒場のようだった。
「ハーリングにビターバレン、キベリング、ワッフル、ワインにジュネヴァにビールもあるな。もうちょい高い酒が飲めると思ってたが。まぁこういう雰囲気も悪かねぇ」
「救済同盟主催の調印式って聞いてたが、連中の趣味じゃないな。ヴォスの趣味か?」
「だろうな。ヴォスの頭領はこういうのが好きだ。救済同盟の伝統を重んじる精神とはちと違う」
受付を済ませたヘラルトとアントンは早速料理を取りに行こうとした。
だが2人の前に、白いスーツに身を包んだ大男が立ちふさがる。
「よぉ! ヘラルトとアントンだな? よく来たな」
ムステル人の平均身長をはるかに超えるヘラルトよりも更に大きい筋骨隆々のその男は2人に握手をしていくが、ヘラルトはこの男が誰なのか分からず困惑した。
「ヘラルト。彼がヴォスの頭……車長のマンネスだ」
「アンタが? 随分とデカいな」
「おう! マンネス・デ・ヨングだ。お得意さんの賞金稼ぎがどんな面をしてるのかと思って呼んでみたが……うむ、なかなかどうしていい面構えだ。今日は楽しむといい。食い物も酒もたんまり持ってきたからな! ハッハッハッハ!」
赤い口髭を揺らし豪快に笑いながらヘラルトの背中をばんばんと叩き、マンネスは2人を席へと連れて行った。
「新型爆弾の件はすまなかったなマンネス。止められなかった」
「あの状況じゃ仕方がない。こっちもシェフィールまで送れるだけの戦力が無かったからな。というか情報すら流れてこなかった。それに俺達は海の上では無力だ。ッチ、胸糞悪い」
マンネスはどっかりと椅子に座ると、いつのまにやら持って来ていた酒瓶に口をつけ豪快に呷る。
「そら、お前も飲め」
「がぼぼぼぼ」
「おい、流石に一気飲みはダメだろ」
アントンの口に酒瓶を突っ込むマンネスを横目で見ながら、ヘラルトはビールに口をつける。
「がぼっごっほごっほほげぁ! 死ぬかと思ったぜ」
「美味かったか? 薄めてない酒をしこたま飲めて良かったな」
「飯取ってきてくれアントン。俺はこのヘラルトとおしゃべりの時間だ」
へいへいと言いながら時折咽つつ、アントンは屋台へと向かっていった。
「ふむ、ヘラルトよ。あのアントンは大事にしておけよ。あれはなかなか得難い人間だ」
「急にどうした?」
酒を飲み終わったヘラルトは煙草に火を付けながら話を聞き始めた。
「お前が使用している通信機器。あれは先の大戦中開発されていたものでな。戦後になってようやく完成したが今でも目玉が飛び出る値段の代物だ」
「あれはそんな代物だったのか……」
「加えて、俺達でも掴めていなかった情報をどこかから仕入れてくる情報収集能力。どこから仕入れてるのか分からない大量で質のいい武器。俺をはじめ各所に作られた人脈。後方支援としては最上だ」
アントン、見えない所で仕事をする男である。いや見えているが気にしたことが無かったというほうが正しいか。
「まぁ奴の話はここまでにしておこう。聞いておくことがある。俺達の無茶な依頼もこなしてくれていて強い男であると聞いている。さて……お前はその力を使って何を叶える? どんな夢がある?」
先ほどまで笑顔だったマンネスはビールを飲みながら、しかしその黒い瞳は獅子のような威圧感を持ってヘラルトを睨む。
「俺の願いは……『平和の維持』だ」
煙草に火を付けながらそう答えたヘラルトに、マンネスは一瞬呆けた。
「平和の維持、平和の維持か……しかしお前それがお前の夢なのか?」
「ああ、戦友からの願いだ」
ヘラルトの返答にマンネスは眉を顰める。
「お前自身の夢は?」
「だから平和の維持と」
「それは戦友の願った夢を叶えようとしてるだけでお前が望むものじゃないだろう? お前自身の夢はないのか? 誰かの願った夢じゃなく、お前自身の夢は」
「……」
ヘラルト自身の夢……そんなことはヘラルト自身、考えたことすらなかった。
「はぁー、全くもって駄目だな。いいか? 夢とは生きるための燃料だ。燃料の無い戦車は走れない」
「そんなわけないだろ」
「いいやある。夢の無い人生など死んでるのと変わらん。お前は燃料なしで、この先の人生を走ろうとしている。そいつは駄目だ。そいつは空虚だ」
「アンタに言われる筋合いは──」
「そうだな、まずは夢を探すほうに目を向けろ。そして夢が見つかったならそれに向かって走っていけ。叶ってもいい、叶わなくてもまぁいい。空っぽよりはマシだ」
「人の話を聞く気はないか? しかし夢か。アンタは?」
一向に話を聞く気はないマンネスに呆れながらヘラルトはそう聞いた。
「俺の夢は、この国の頂点に立つことだ! そんでもって経済を発展させて、金で世界を制御する! 血と死体で解決なんてのはもう時代遅れだ。金を使って、血を流さなくてもいい世界にしてやる」
目を見開き、大きな声でマンネスはそう言った。両手を広げ周りの仲間に見せつけながら。
「俺はそれが叶うまで走り続けてやる! 止まってなどやるものか!」
いいぞいいぞ、仲間達は口笛を鳴らし酒瓶を高く掲げながらマンネスを支持する。ムステルに存在する政治家や有名人でもマンネスの人気にはかなうまい。そう思わせるだけの人気が、マンネスにはあった。
「で、それが叶わなかったら?」
「そんときは俺と同じ夢を持った奴らが叶えるために走り出すさ。俺たちはヴォスだ。諦めの悪いどうしようもない馬鹿野郎の集まりだからな」
近くにいたヴォスの構成員を丸太のような腕で両脇に抱え、まるで子供のような笑顔を見て、ヘラルトは周りを見渡す。
──ああ、こんな奴だから。こいつらはこんな表情が出来るのか。
ここに居るヴォスの構成員たちは全員とてもよく笑っている。ヘラルトにはそれが羨ましくもあった。




