第22話 狙撃手、再び
その日のうちにヘラルトは救済同盟の拠点が存在する場所へと足を運んだ。
村の外にある茂みから車に乗ったまま双眼鏡を構え様子を伺う。時間は夕暮れ、教会の鐘が鳴っている。普通ならば家に帰る時間なのだろうが……残念ながら帰りたがる人間はこの場には居ない。
『既に場があったまってるみたいだな。見えるかヘラルト?』
ヘッドホンの向こうからアントンの声が聞こえる。
「ああ見えてる、というか聞こえてる。結構な激戦地になってるな」
ヘラルトの目に飛び込んできたのは畑の中に存在する無数の撃破された戦車と、倒壊した鐘塔の姿だった。鐘の音が鳴っていたのは落下した鐘に銃弾が当たっていたかららしい。なんとも罰当たりな光景だ。
平時には穏やかな時が流れていたであろう村には迫撃砲や野戦砲の砲弾が撃ち込まれ、機関銃は雄々しく泣きわめく。周囲は硝煙と鉄、そして死体が焼ける嫌な臭いで一杯だ。
応戦する救済同盟の人間も見える。ここに来る前ヘラルトが写真で見たようなのどかな村はどこにもなかった。
『救済同盟の連中もかなり善戦したらしいな。だが数が違いすぎだ、周囲は完全に包囲されてる。早いとこどっかに突破口を……』
「いや、それより先にやることがある」
『あん?』
ヘラルトは村の周囲を重点的に見ていた。
畑の中、撃破された戦車の後ろ、ひっくり返って死んでいる牛、踏み倒された小麦畑の中……あらゆる方面に目を向ける。
絶対に前線に居るはずだ。ヘラルトにはそう確信があった。
「居たぞ。あの糞野郎め。アントン、サイロの上だ。下からでも見える場所に陣取っていやがる。舐めやがって」
『ああ、お前にとってはそっちが本星だったな。まぁ好きにやれ』
ヘラルトが双眼鏡を向けるのは畑に設置されているサイロ。その上部にうつぶせになっている人間だ。
「ルベルの若頭ウィレム……久しぶりだな。あの時のお礼をしてやるぞ。熱々の銃弾をプレゼントしてやる」
他の敵の位置を確認するとヘラルトは車のアクセルを目一杯踏み込んだ。
サイロの上で小銃を構えるウィレム。状況はルベルの方が有利だったがウィレムは冷たい目で眼下の村を見据えていた。
──予想外の損害だ。まさか逃げて行く先に大量の伏兵を隠していたとは。お陰で部下が死んだ。
ルベルがこの村を強襲した時、救済同盟はただ逃げまどうのみであった。村に逃げたのを確認して追撃を加えようとした瞬間、野戦砲や機関銃射撃によって大きな損害を被ったのだ。
「さっさと終わらせてやる。そら姿を出せ。撃ち殺してやるから」
ウィレムはサイロの上から狙撃で敵の足を撃ち抜くと、助けに来た仲間を撃つ。その他にも野戦砲の砲手を射殺するなど一定の損害を与えた。
だが救済同盟も完全に無抵抗というわけではない。敵の銃撃によってルベル側にもわずかながら損害が出ている。
「ああ、誰かたすけてくれ!」
「死にたくない……しにたく」
不用意に村へと突撃したルベルの構成員が即座に撃たれ倒れている。ウィレムと同じく、助けに来た者を撃とうとしているのだろう。
「馬鹿が……敵の射線に出るなとあれほど……」
ウィレムが見ていると助けに行こうとした仲間が撃たれた。仲間の悲鳴を聞いて勇気を出したのだろう。それも徒労に終わったが。
──俺は完璧な狙撃手だ。この程度で心は揺るがん。
ウィレムの見守る中助けを求めていた仲間と助けに行った仲間は死んだ。仕方のないことだ。戦果をあげようと急いた結果だ。
「……」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ迷いが生まれた。もっと自分が周囲に気を配っていれば結果は変わったのではないか?
そう思った。
「いかんな、歳か? 不要な考えばかり頭に出てくる。集中できていない証拠だ」
気を取り直して再び小銃を構える。
次の敵はいずこか?索敵を始めた、その瞬間だった。
「うん?」
背中に怖気が走る。
──昔味わったことがある。敵の大軍が後ろから来た時や思わぬ伏兵が居たときのあの感覚だ。
ウィレムは一旦村から目を放すと周囲に視線を移す。そして見つけた。
「貴様は……」
後ろだった。うつぶせのまま後ろに体ごと向けたその瞬間、ウィレムの頬を一発の銃弾が掠めていく。銃声の聞こえた方向を見れば一台の車が猛スピードで突っ込んできている。
車に乗っているのはたった1人、筋骨隆々の男だ。そして、ウィレムはその男を知っている。
「ヘラルト・ファン・デン・ベルク! あの野郎あの手傷で生きていたのか」




