第20話 失敗、そして次へと
翌日の正午。ヘラルト達はムステル共和国へと帰還した。
2人仲良くずぶ濡れの格好、その状態で船をつなぐ係留柱に腰掛け、カモメの飛ぶ青空を眺めていた。
「おー寒い、死ぬかと思ったぜ。身が縮む」
「お前は少し痩せた方がいい。チッ、湿気って吸えん」
ヘラルトは濡れに濡れた煙草を箱ごと海に投げ捨てた。
ヘラルト達は研究所からの脱出中、爆風によって船が転覆した。気が付いた時には2人仲良く船の破片にしがみついたまま海を漂っていて、たまたま通りがかった船にしがみつき港まで移動した後、そこからわざわざムステル行きの船に乗り、さらにそこから────
「愛しいおうちに帰ろうや。ヴォスには俺から情報を入れとく。それだけでも駄賃にはなるだろうさ」
「あいつら、あの爆弾を何に使うつもりだ?」
ヘラルトは手近にあった石を海に投げ怒りを治めようとしてみる。しかし特に効果は無く、アントンを睨むだけだった。
「爆弾なんだから人か建物に使うに決まってるだろ。つべこべ言ってないで歩くぞ。その傷も消毒しないとな。それが終われば遅めのモーニングコーヒーついでにヘンプでも買えばいい」
「なにがなんでも止めるぞ。アントン、船を探せ。メラント島に殴りこもう」
「あらよっと」
急に立ち上がったアントンはヘラルトの背中を思いっきり蹴り飛ばし、海に叩き込んだ。
「ぶはっ! アントン! 何をする!」
「黙れアホンダラ。テメェの脳みそが茹で上がってたから冷ましてやったんだ」
「ああ!?」
激昂しながら足と手を動かして泳ぐヘラルトに、アントンはしゃがみながら話す。
「冷静になれ。腹に大穴開けて勝てるほど奴等は弱くない。お前がこだわる理由は分からんでもないが。今は傷を治して、仲間かき集めて仕掛けるんだ。何事も準備を欠いちゃいかん」
「……クソッたれ!」
「第一俺に蹴り落とされるような状態で連中に勝てるか」
盛大に水面を叩く。ヘラルトの下腹に開いた傷は焼いて止血したがいまだに痛みで主張をしてきている。出血はないが、病院に行くべきだろう。
ヘラルトは深呼吸して落ち着いた。
「しかしお前の土手っ腹に穴開けるやつが居るなんてな。人狩り隊の名前は伊達じゃないな」
「ただの隊員じゃない。500m以上先から撃ってきた」
「ってことはルベルの若頭、ウィレムの仕業か。狙撃手としても殺し屋としても有名なやつだ。今度会ったら頭に風穴開けてやるといい。とりあえず上がれ」
「ウィレムか、一体どんな顔してるんだろうな」
アントンが笑顔で差し出してきた手を、ヘラルトは引っ張って海に引きずり込んだ。
同日、ヘラルトの腹に穴を開けた男、ウィレムはムステル共和国の北部、海に浮かぶメラント島にいた。
塹壕、堡塁、沿岸砲、飛行場に兵器を生産する工場まで存在するここはルベルの本拠地である。
「例の賞金稼ぎですが、邪魔してきたので撃ちました。死体は確認していませんが下腹を撃ち抜いています。もはや生きてはいないでしょう」
そんな島の中心部、鉄筋コンクリートで作られた建物の中でウィレムはある男と会話していた。
腰まで届く白髪と右目に付けられた革の眼帯、そして両の肩に袈裟懸けにされた弾帯が特徴の男……
ルベルの頭領、エーリク・マイヤーその人である。
「死んだかどうか、確認するまでは安心するな。しかしなんで奴が現れたのか……」
「それについては大体推測が出来ます」
「ほう? 言ってみろ」
子供の姿を見守る親のような顔で、エーリクはウィレムを見る。
「まず今回の件は何処も知らない情報です。奴等がどうやって嗅ぎつけられたのかは分かりませんが、奴は研究員を積極的に狙ってきた。我々とシェフィール兵も攻撃はしてきましたが研究員は特に積極的に狙ってきた」
エーリクは笑いながら2人分のグラスを取り出すとジュネヴァを並々注ぎ始める。
「奴は新型を奪取するために来たわけではない。誰かに依頼されて来たわけでもないでしょう。そうなると理由は主に2つ。賞金稼ぎヘラルトは何らかの正義感に突き動かされてあそこまで赴いた、または俺達に恨みを持っている」
「お前はどちらだと考えている?」
「正義感でしょうな。確証はありませんが」
愉快そうに笑いつつ、今度はオレンジ色のチーズを取り出して大雑把に切り分け酒の肴として食べ始めた。
「俺達の事が気に食わんのは間違いないだろうな。まぁ生きていれば射殺しろ。それと、正確な日にちは不明だが調印式があるそうだ。ヴォスと救済同盟の」
「ほう?」
「下には絶対に邪魔するなと伝えておいてくれ。相手するのは軍を片付けてからだ」
「心得ております」
満足そうに頷いたエーリクは酒を飲み始める。
「そうだ、もう一つ仕事があったな。救済同盟の……」
「はい、新兵と新米指揮官の教育がてらに」
「一人前になればいいがな」




