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第一章:召喚と適応 — 失敗作と呼ばれた存在 8

 第八節 人間軍の侵攻と初めての戦場


「……来るぞ、こっちへ!」


 エルザの声が響き渡り、私は慌てて身を伏せた。荒れた大地に腰を落とし、心臓が鼓動を早める。頭上を覆う結界の淡い光が時折明滅し、遠くで魔力がぶつかり合う音が聞こえる。ここは、城から少し離れた前線拠点の周辺。人間軍が小規模部隊を送り込んできたという報せに、私はエルザたちと共に急行していた。


 エルザは部隊の指揮を任されている。私のほかに十数名の魔族兵がここに配置され、人間軍に対抗するという構図だ。正直、私はまだ戦力と呼べる状態ではないが、前線の兵が足りず“少しでも魔力を扱えるなら役に立つかもしれない”という理由で参加させられたのだ。覚悟はしていたものの、現場に来ると一気に恐怖が押し寄せる。


「シオン、離れすぎるな。私の指示に従うんだ。」


 エルザの厳しい声。私は汗ばんだ手で短めの魔術用杖を握りしめる。まだ人間との戦争には抵抗がある。だが、今は目の前で魔族たちが本気で戦っている現実から逃れられない。


 ――パシューン!


 遠くで何かが炸裂し、土煙が舞い上がる。人間側が放った魔導矢かもしれない。エルザはすかさず「回避陣形!」と声を張り上げ、周囲の魔族兵が素早く散開する。私も指示どおり身体を低くして駆け出すが、足の震えが止まらない。


(これが……戦場……なの?)


 数日前まで、私は研究施設で“魔力と化学の融合”なんて興味深いことを話していた。それが今や、“生きるか死ぬか”の場に立たされている。私自身、まだ覚悟も技術も半端なまま。もし敵と正面衝突したらどうなるのか想像もつかない。


「敵部隊はせいぜい三十名ほどだが、油断するな。神の祝福を受けている兵がいるかもしれない!」


 エルザがそう叫ぶ。神の祝福――勇者ほどではないにしても、一部の人間兵は神の力を授かっているらしい。魔力の扱いに長けた魔族でも、下手をすれば逆に殲滅される可能性がある。

 私には防御の才能がある......といっても、未だ完全にコントロールできていない。攻撃面の訓練も十分じゃない。そんな私が本当に役に立つのだろうか。焦りだけが増す。


「シオンさん、落ち着いて!」


 横にいたミアが声をかける。彼女も一緒に来てくれた――研究者なのに、戦場に駆り出されているのは人手不足ゆえだろうか。彼女が戦闘魔法をどれほど扱えるのか知らないが、こうして同じ部隊にいるだけで心が少し楽になる。


「は、はい……でも、私……何を……」


「大丈夫。エルザさんの指示どおり、“後衛のサポート”に徹してください。攻撃魔法が無理でも、もし神の力を使う敵が来たら、防御バリアを……!」


 そうだ、防御バリア――私が無意識に発動していた“魔力シールド”を自覚的に使えば、仲間を守れるかもしれない。そう言われても、実戦でできるかは未知数だが、やるしかない。

 私は杖を握り直し、脳裏に練習したイメージを思い浮かべる。“魔力を身体の外へ薄い膜のように展開させる”――それができれば、物理・魔力の一部を遮断できるらしい。


「……やってみる。ありがとう、ミア。」


 彼女が小さく微笑む。それだけで少し勇気が湧いた。


 部隊の配置が完了すると、すぐに戦闘が始まった。人間側が魔導矢や魔弾のような遠距離攻撃を放ち、魔族兵がそれを迎え撃つ。私の耳には爆音、土煙、叫び声が同時に飛び込んでくる。目が回りそうな混乱だが、必死に耐える。後ろでミアが「シオンさん、こっち!」と叫び、私は彼女の隣に移動する。


「エルザさんが敵の前衛を押さえるみたいです。私たちは周囲の味方を守りながら……!」


「わかった……!」


 私の鼓動はバクバクで、杖を持つ手も震える。けれど、頭を振って集中しないと命の危険がある状況だ。


 敵の姿が見えた。遠方の木陰から人間兵が何名か飛び出し、こちらに突撃してくる。誰もが鎧を纏い、手にした剣や槍が神の紋章のようなものを帯びて輝いている。

「うわ......本当に人間なんだ」――と他人事のように思ってしまうが、向こうは容赦なく魔族を排除しようとしているはずだ。私の視界に、エルザが素早い動きでその兵たちを迎撃する姿が映る。


 ガキンッ!

 鋭い金属音が響き、エルザの木剣(正確には魔法強化された剣)と、人間兵の剣がぶつかる。火花が散るのが見え、エルザは一瞬後ずさるが、すぐにカウンターを放つ。その動きは洗練され、圧倒的に強そうに見えるが、敵兵も驚くほど踏み止まり、逆に神の光を剣に纏わせて反撃してきた。


(……すごい。これが本当の戦場か……!)


 私は言葉も出ずにそのやり取りを見つめる。――が、その一方で別の人間兵がこちら側の魔族兵に向かって魔導矢を射るのが見えた。

「まずい……!」と思った瞬間、矢が光を伴って放たれ、魔族兵の盾を貫きかける。その後ろにいたのは――まさにミア。


「ミア、危ないっ……!」


 咄嗟に杖を前に突き出し、頭の中で「防御バリア、展開!」と強く念じる。すると胸の奥が熱くなり、ざわざわと魔力が走る感覚があった……のだが、何も起きないまま矢は彼女へ向かう。私は思わず悲鳴をあげて目を瞑るしかなかった。


 が、次の瞬間、

 バチンッ!


 という音とともに、矢は何かに弾かれたように消えた。目を開けると、薄っすらと白い膜がミアの前に張られている。私が作り出したバリアだろうか? いや、よく見るとミア自身の魔法陣が足元に浮かんでいて、彼女は息を詰めながら耐えている。


「ごめんなさい、シオンさん……! 私のバリアで何とか防ぎました……!」


 私が不発だったようだ。恥ずかしさと無力感が込み上げる。必死に念じたのに発動しなかった……。


(……またか。やっぱり意識的に出せないんだ……!)


 歯を噛みしめる。一方、ミアは安堵の息をつき、「でも、ここが破られたら後ろの兵も危険です。シオンさんももう一度試してください!」と急かす。

 そうだ、諦めるわけにはいかない。私は再び、今度こそバリアを意識しようとするが、攻撃はさらに激しさを増す。魔族側も反撃しているが、敵の数がやや多いように感じる。迫る人間兵の足音が耳を打ち、剣戟の響きが混ざり合い、頭がぐちゃぐちゃになる。


「くっ……落ち着いて、イメージを……!」


 繰り返し念じるが、魔力の制御が上手くいかない。そもそも、戦闘訓練を受けてから日が浅いし、無意識で使えていた防御だってコントロールできる段階にない。こんな混戦状態で集中なんてできるわけもない――その事実が痛烈だ。


「はぁ、はぁ……どうしよう、役に立たないよ、私……!」


 混乱のまま後ずさると、背中が誰かとぶつかる。振り返れば魔族兵の一人が「すみません!」と息荒げに通り過ぎていった。もう誰も私をカバーしてくれない。みんな戦いに集中しているから、それどころじゃないのだ。私は孤立しかけている。


 視界の隅で、エルザが複数の人間兵を相手に必死に剣を振るっている。瞬間的に魔法の火花が散り、どちらが押しているか分からない。だが、彼女の表情は明らかに焦っている。やはり相手にもそこそこの力があるのかもしれない。


(私……何もできない……!)


 焦燥と恐怖が絡まり合い、身体が震える。目の前では命のやり取りが繰り広げられているのに、私はただ立ち尽くしているだけだ。


 そのとき、青白い光弾が魔族兵の鎧を撃ち抜き、悲鳴が上がった。息を呑む。仲間が倒れたのだ――まさか、こんなにあっさりと目の前で命が散るだなんて……。ショックと絶望が込み上げ、胸が詰まる。


「ひっ……!」


 思わず喉を押さえて後ずさる。血が飛び散り、倒れた魔族兵が苦しげにうめき声をあげる。誰かが助けに駆け寄ろうとしているが、人間兵の攻撃は止まらず、次の一撃が降りかかる――。


「や、やめて……!」


 思わず声を上げるものの、当然人間兵が聞く耳を持つはずもない。彼らは神の名のもとに魔族を排除するのだろう。私は思い出す――洗脳が解けない人間には交渉の余地がないって、ミアやエルザが言っていたっけ。


「なら……なら、私が何とかしないと……!」


 足を震わせながら、杖を振りかざす。敵の視線がこっちを向き、ニヤリと嘲るように笑った気がした。きっと私が弱そうに見えるのだろう。彼は青白い光の矢を作り出し、こちらへ狙いを定める。

 全身から血の気が引いていくけど、逃げたら味方がまたやられるかもしれない。私が一歩踏み出すと、男は矢を放つために腕を大きく引いた。


「魔力展開、バリア……バリア……!」


 苦痛に似た叫びを上げながら必死に念じる。視界の端でミアが「シオンさん!」と声を投げかけるが、聞こえてはいても応答できない。全神経を注いで魔力を呼び起こす。深呼吸をして、身体の内から外へ……大丈夫、やれるはず――。


 ビューン!

 光の矢が放たれた。私はもはや反射的に両腕を突き出し、必死に“防御”のイメージを抱く。さっきまでは焦っていたが、今は“守りたい”という気持ちが強い。自分自身を守るだけではなく、ここにいる仲間をも救いたい。その思いが強く燃え上がり、頭の中を走る。


 ――すると、胸の奥が熱くなり、身体が一瞬軽く感じられた。


「……っ!」


 目を閉じていたが、何かが弾けるような衝撃を感じた。耳元でパチパチと弾ける音がし、そして消える。おそるおそる目を開けると、目の前には薄い白い膜が広がっている。さっきまで見えなかったバリアだ。そこに光の矢が当たって砕け散った跡が残っている。

 やった――成功だ。私が意図的にバリアを張れたのだ。安堵と興奮が入り混じり、一瞬呼吸を忘れるほど。周囲の魔族兵も「おお……!」と驚きの声を上げている。


(まだ、やれるかも……!)


 だが喜ぶ暇もなく、敵は複数の矢を放ち始める。私は必死にバリアを維持しようとする。こういうのは持続させるのが難しいと教わったが、今はとにかく気合いでカバーするしかない。

 しかし、次々と撃ち込まれる矢に私のバリアは軋み、薄くヒビのようなものが走り始める。――そう、私はまだ未熟。短時間のうちに大量の攻撃を受け止め続けるほどの魔力制御はないのだ。


「くっ……限界……かもっ!」


 視界がちらつき、頭がクラクラする。だが、ここで引けば仲間が攻撃を受ける。何とか踏みとどまろうとするけれど、矢の衝撃が積み重なり、ついにバリアが砕け散った。破片というか光の粒が飛び散り、私の足元に消える。

 反動が身体を打ち、私はその場に尻餅をつきそうになる。


「しまっ……!」


 次の攻撃は防げない――そう思った瞬間、横合いから火球が飛んできて、敵の兵士を牽制してくれた。振り向けばエルザが片手を突き出し、魔法を放ったらしい。火球は敵に直撃こそしなかったが、爆発で一瞬視界を奪い、攻撃を止めさせる程度には成功している。


「シオン、下がれ! もう無理するな!」


 エルザが鋭く叫ぶ。私を救ってくれたのだろうか。普段はクールな彼女が焦るような声を出しているのを初めて聞いた。

 私はヘロヘロの身体をどうにか動かし、後衛に退こうとするが、足がもつれて上手く走れない。頭がぼうっとして、さっきのバリアで魔力を使い果たしたのかもしれない。


(……ダメだ、私、まだ何もできないまま……)


 意識が遠のきそうになる。ただ、私の防御が一瞬でも役に立ったのは確か。もしこれが無意識で終わらず、意図的にもっと強く維持できるようになれば――なんて思いが頭をよぎる。


 戦闘自体はその後、魔族の援軍が駆けつけたらしく、人間の小隊を何とか押し返す形で終息した。あくまで小規模な衝突だったためか、人間軍も深追いはせず撤退していったようだ。大きな勝敗というよりは“局地的な撃退”にすぎないが、魔族側にとっては貴重な一勝かもしれない。

 しかし、被害は出ている。負傷した魔族兵が何人もいて、そのうち一人は命を落とした。私の目の前で倒れた兵士だ。私はその現実に動揺し、戦いのリアルを突きつけられて完全に気力を失っていた。


「シオンさん、怪我は……?」


 ミアが駆け寄り、私の身体をチェックする。かすり傷程度で済んだが、胸の奥が痛むのは精神的ショックのせいだろう。


「私は……大丈夫。でも、ほかの人が……」


 視線を落として呟くと、ミアは暗い面持ちで頷いた。


「ええ……残念ながら、犠牲が出ました。これが戦争なんですよね……」


 言葉が重い。先ほどまで普通に会話していたかもしれない仲間が、ほんの数十分の戦いで命を失う。これが日常なら、魔族がどれほど絶望を抱えているか想像に難くない。


 エルザがこちらにやってくる。鎧や腕に血が付いているが、自分の血ではないようだ。彼女は深いため息を吐き、私をちらりと見る。


「お前、よくやったな。バリアで味方を守ったらしいじゃないか。」


 予想外の言葉に目を見張る。私が何とか発動したバリアが、実際に攻撃を防ぎ、一部の仲間を救ったと聞いた。だが、それでも命を落とした者はいるし、私自身は途中で魔力が尽きて戦線を離脱した。


「でも……私は結局、ほとんど何も……。戦力にならなかった。」


 喉が詰まるような声が出る。エルザは目を細め、多少荒い口調で言う。


「初めての戦場で、あれだけバリアを維持しただけでも上出来だ。攻撃が通じないお前でも、防御が機能すればこうして仲間を守れる。気に病むな。死んだ者がいるからこそ、次はもっと生き残れるように力をつけるんだ。」


 慰められているのかもしれないが、その“死んだ者がいるからこそ”という表現が胸に刺さる。戦場の冷徹な理屈――死者を教訓にし、次に活かすしかない。私の罪悪感など誰も救ってくれないのだ。


「……わかった。もっと……頑張る。」


 それだけ絞り出すのが精いっぱい。エルザは「休め、今日はもう終わりだ」と言い残して離れていく。あれが彼女なりの優しさなのだろうか。


 結局、人間軍は本格的な侵攻ではなく、偵察や威力偵察に近い動きだったらしい。魔族側も大怪我を負う兵が数名、死者が1名、という被害で済んだのは不幸中の幸いという。

 けれど、私にとっては“初めての戦場”があまりにも残酷で、何の準備もないまま放り込まれた事実を噛みしめるしかなかった。人間との戦争は、こうして血を流し命を落とす現実――私が暮らしてきた世界とは次元が違う。


 帰還の馬車の中で、ミアがそっと隣に座る。私の顔を心配そうにのぞき込む。


「シオンさん……平気ですか?」


「うん、身体は大丈夫。でも、なんだかすごく……辛い。」


 声が上ずり、涙がこぼれそうになる。今日初めて誰かの死を間近で見た。勝利と呼べるかもしれないが、私には実感が薄い。むしろ何とも言えない虚無感が広がっている。


「私も、死を何度も見てきました。慣れるものではありません。けど、これが私たち魔族の日常なんです。……人間と神を相手にする以上、命を落とす覚悟が常にあります。」


 その言葉が痛切に響く。私はまだ“覚悟”もないまま彼らに混じっていた。そりゃ何もできないのは当然だ――そこに申し訳なさと自己嫌悪が芽生える。


「……私、魔族を助けたいって思っても、こういうところで怯えて役立たずになるなら……意味ないよね。」


「そんなことないです。初めての戦場でいきなり完璧に動ける人なんていませんよ。エルザさんだって、昔は震えながら剣を振っていたって聞きますし……」


 ミアの優しさが胸に沁みる。けれど、私の心の中の虚しさは消えない。このままじゃ戦力には程遠いし、人間を敵と割り切れない自分もいる。なのに、死の現実に直面すると否応なく“この戦争は本物だ”と思い知らされる。


(もっと強くならなきゃ……でも本当に戦うの? 人間だって、私がいた世界じゃ普通に暮らしてるのに……)


 頭の中で疑問がぐるぐる回る。もし相手が神に洗脳されているとすれば、話し合いの余地はないのか。私がこの戦場で感じたのは、彼らも本気で殺しに来ていたということだ。

 日常の延長などない。ここは命のやり取りをする場所。まだ私は受け入れきれていないが、それは甘えなのだろうか。


 馬車が揺れながら、私たちは城へ戻っていく。夕焼けに染まる空を眺めながら、私は心の中で誓う。

 ――次はもっと落ち着いてバリアを使い、仲間を守る。誰かが死ぬのをただ見ているだけなんて、もう嫌だ。

 それが私の戦闘スタイルになるかもしれない。攻撃できなくても、防御に徹すれば皆の力になれるかもしれないのだから。


 **「戦争の現実」**を知った今、私はもう何も知らない子供じゃない。生きるか死ぬかの世界で、せめて無力なまま終わらないように――それだけを胸に、私は震える手で杖を握りしめた。

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