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第一章:召喚と適応 — 失敗作と呼ばれた存在 5

 第五節 初めての戦闘訓練とエルザの挑戦


 城の中庭に面した一角に、広めの訓練場が設けられている。敷石が敷き詰められ、一部には土がむき出しの演習スペースがあり、壁際には木剣や木槍のような訓練用武器がずらりと並んでいた。まるで学校の体育館倉庫にも似た雰囲気だが、違うのは、扱うものがより実戦寄りという点だろう。どの木剣にも魔力を通すための紋様が刻まれ、普通の木剣より頑丈そうに見える。


 日はすでに高く昇っており、中庭に差し込む光が明るい。けれど、ここの城の結界によるものか、空はやや赤みがかって見える。異世界だということをいやでも思い出させる光景だ。


 私は訓練場の片隅に立ち尽くし、静かに足元を見つめていた。目の前には、銀髪の戦士・エルザが腕を組んでいる。彼女が落ち着いた声で話を始めた。


「今日は、お前の“戦闘能力”を確かめる。戦士としての素質があるかどうか、見極めたいんだ。」


「……うん。わかったよ。」


 そう返事はしたものの、内心はドキドキが止まらない。私はまともに戦った経験なんて皆無に近い。確かに街を歩いたり、魔法の講義でちょっとした基礎は教わったが、実際に“戦う訓練”なんて初めてだ。


 エルザは倉庫の棚から木剣を取り出し、私の前に放り投げる。慌てて両手で受け取ろうとしたがバランスを崩し、危うく落としかけてしまった。


「あ……っ、とっとっと……」


 辛うじてキャッチしたものの、そのさまはお世辞にも格好良くない。エルザは呆れたように首を振る。


「……大丈夫か? その程度の反射神経で、まともに剣を扱えるとは思えないが。」


「だ、大丈夫……まだ慣れてないだけ。」


 言い訳がましく呟きつつ、木剣を改めて見下ろす。見た目は普通の剣よりも簡素だが、持ち手には魔族特有の文様が彫られている。先端のほうには白い魔力の線がうっすら走り、叩いてみると金属に近い硬さを感じる。普通の木とは違う、特別な木材なのだろう。


「それで、具体的に何をすれば……?」


 尋ねる私に、エルザは淡々と説明を始めた。


「まずは実際に木剣を振ってみろ。どれだけの筋力があって、どんな動きをするのかを見たい。あと、魔力の通し方も含めて、お前がどれほど戦闘に向いているかを確かめる。」


 そう言うと、エルザ自身も似たような木剣を手にし、軽く素振りをしてみせる。サッと風を切る音が鳴り、その刃の軌跡には微かな光が宿っている。まるで一瞬で何かが切り裂かれたような錯覚を覚えるほどの鋭さだ。


(……うわ、やっぱりすごいな。)


 見とれていると、エルザは「おい、ぼんやりするな」と私を叱咤する。


「まずは素振り。今習った通りのフォームで大丈夫だ。力の入れ方を間違えると怪我するから、丁寧にな。」


「うん……やってみる。」


 深呼吸をして木剣を握り、先ほどミアやほかの魔族から聞いた基本の構えを思い出す。足を肩幅に開いて、利き手を前に、逆の手を添える。腕力だけでなく、腰や体幹を意識して振る――はずだが、実際にやってみるとぎこちなくなる。


「ふっ……とうっ……」


 何度か振ってみるが、エルザが驚くほどの反応を示す様子はない。むしろ、その表情はどこか呆れ気味だ。呼吸が乱れてきたところで、エルザが口を開いた。


「力はある程度出ているようだが、まったく無駄が多い。あと、そこまで非力でもないが、戦士の動きには程遠いな。」


「そ、そうなんだ……自分じゃよくわからないけど。」


 木剣を振るだけで腕が疲れてくる。魔力を絡めるにしても、その仕組みがまだピンとこない。ミアから“魔力を剣に通すイメージ”と聞いてはいるが、言うは易し、実行は難し。何度か意識してみるが、剣先が白く光るような兆しは一切感じない。


「……次は私が相手をしてやる。木剣同士、軽い模擬戦だと思え。」


 えっ、もう模擬戦? 心の準備ができないまま、エルザがスッと構える。まるでブレがなく、無駄のないフォームに一瞬見とれてしまう。彼女は“戦士”という言葉がぴったりの存在だと思う。


「こい。遠慮はいらん。そっちから仕掛けてもいいし、守ってもいい。お前の実力を見たいだけだ。」


「わかった、けど……怪我したりしない……?」


「うぬぼれるな。私がお前ごときに傷を負わされるとは思えんが、一応手加減はする。」


 しっかりとした自信というか、舐められているというか……。でも、私もここで逃げるわけにはいかない。軽く息を吸い、木剣を握り直す。心臓がバクバクするが、ここは踏ん張るしかない。


「……っ、行くよ!」


 気合いを入れて前に踏み込む。右足を一歩踏み出し、腰を回して木剣を振り下ろす――つもりだった。ところが、エルザは軽くステップしただけで私の攻撃範囲から消え、私の剣は空を切った。あまりのスカりっぷりにバランスを崩しそうになるが、何とか踏ん張ったところでエルザのカウンターが飛んでくる。


「はや……っ!」


 見えたと思った瞬間、木剣の柄で肩を軽く叩かれ、私はたまらずよろけた。エルザは明らかに力を抜いているので、痛みはほとんどない。しかし、相当の速度差を感じさせられる。


「その程度か。もう少し工夫しろ。」


 悔しい。もう一度剣を構えて、少し冷静に動こうと考える。勢いに任せてただ振るのではなく、フェイントでも入れてみるか……? いや、フェイントの仕方すら分からない。仕方なく、再度突撃する。


「やああっ……!」


 今度はスピードよりタイミングに意識を置いて、エルザが避ける方向を読もうとする。が、それでも読めない。まるで私の動きを先読みしているかのように、私が剣を振る前にすでにそこから退いている。二度、三度と挑んでも、かわされるだけ。そして即座に叩かれる。


 痛くはないにしても、イライラするくらい当たらない。私の反射神経が鈍いのは分かっていたが、ここまでとは……。見た目が大きく動いていないのに、結果的にすべて避けられるなんて、まるで相手になっていない。


「攻撃が単調すぎる。そして動きが見える上、魔力も伴っていない。これではただの素人だな。」


 エルザの冷ややかな声が耳に突き刺さる。素人……確かにそうだ。私は何も知らないまま、この世界に来た。だけど、“救世の切り札”なんて期待される中で、このザマだ。胸が痛いし、悔しい。


 頭に血が上り、「それでも何とか当ててやる」と息を荒げて突っ込むが、エルザはまるで子供をあやすように受け流すだけだ。何度振り下ろしても、空を切る。すぐに体力が尽きそうになる。呼吸が苦しく、動悸も激しい。すると、その隙をついてエルザがほんの少し本気を出したのか、木剣を私の胸元に当ててみせた。


「そろそろ限界のようだな。」


「はぁ……っ、はぁ……」


 私は剣を落としそうになりながら膝に手をついてうずくまる。汗が額から滴り、全身がだるい。腕は震えているし、足もガクガクだ。頭がクラクラして、息がまともに吸えない。


「ちょ、ちょっと待って……はぁ、はぁ……なんで、こんなに疲れるの……?」


 エルザは呆れたように木剣を肩に担ぎ、低く吐き捨てる。


「魔力の使い方がなっていないからだろう。身体を動かす分には魔力をスムーズに回せば、体力負荷が多少軽減される。だが、お前はその術をまるで知らない。」


 まったく知らない。確かにミアやガルザから理論的な話は聞いたけど、実戦でどうすればいいかまでは掴めていない。呼吸を整えようとするが、それすらままならない。


「加えて、戦士としての基本的な動作を学んでいない。筋力や持久力も鍛えられていないし、剣の扱いも雑だ。……言っておくが、今のお前は“戦士”になれるような素質は感じない。」


 ズキンと胸が痛む。素質がない――それは覚悟していた言葉だが、面と向かって言われるとショックが大きい。


「でも……私は、戦わないと……魔族に協力……」


 言葉がうまく紡げない。エルザはその苦しそうな姿を見つめ、わずかに溜息をついた。人の痛みを感じないのではなく、むしろ「だからこそ、厳しく言う」という態度なのかもしれないが、今の私にはそっとしてほしいとも思う。


 すぐ近くにあった椅子に腰を下ろし、呼吸を落ち着かせようとする。エルザが木剣を置き、遠くを見据えながら低い声を出す。


「……だが、お前が無駄に頑張っても、死ぬだけなら意味がない。あの勇者とやらを倒せる戦士になってくれればいいが、この様子じゃいつになることやら。」


「う……っ」


 思わず涙が浮かびそうになる。ここまで何もできないと、自分の存在価値を否定されたも同然だ。私はほんの数日前に異世界に来ただけの素人。その現実を改めて思い知らされる。魔族の皆が期待するような“救世の切り札”ではないのかもしれない。


(どうしよう。私……このままだと、何もできないで終わる……?)


 絶望的な感情が広がりかけたそのとき、エルザが不意に私の肩を軽くつつく。振り返ると、彼女は険しい表情をしていた。


「……が、それでもちょっとだけ面白いことがあった。」


「え……?」


 何の話だろうかと首を傾げると、エルザは私の肩や腕に触れ、「力を抜け」と言う。何をするのか分からないが従ってみると、彼女は私の身体の各所に軽く魔力を通すような仕草をしている。


「お前、攻撃は全然通ってないのに、防御だけ異様に堅かったのを気づいてるか?」


「ぼう……ぎょ?」


 まったく自覚がない。そもそも防御をしていたつもりもないし、全部避けられたり叩かれたりしていただけだ。ただ、思えばエルザがカウンターで私を叩いたり、肩をぶつけたりしても、私はそこまで痛みを感じなかったような気がする。どうせ手加減しているんだと思っていたが……。


「私が何度かお前に当てたとき、あまり効いていないように見えたからな。最初は加減がうまくいっているだけかと思ったが、実際はお前が一瞬だけ無意識に魔力をまとっていたようだ。」


 無意識に……魔力をまとっていた? 私は困惑する。エルザは続ける。


「簡単に言えば、“防御特化”の魔力操作を発動してたってことだ。普通は意識しないと難しいが、お前は無意識でやってのけたらしい。」


 確かに、攻撃が全く当たらなかったのは私のヘタさが原因でもあるが、エルザの剣が私の身体を掠めるときに何かふわりとした感触を感じる瞬間があった。あれが魔力の防壁のようなものだったのかもしれない。


「でも、私、自覚なかったよ……?」


「それが厄介だ。無意識で出してるなら、制御はまだできないってことだ。……とはいえ、可能性は感じるな。上手く運用すれば、“鉄壁の防御”になるかもしれない。」


 エルザの視線が少しだけ明るくなる。私は半信半疑だけど、攻撃面がダメでも防御が優れているなら何かしら役に立てるかもしれない。そう考えると、少しだけ希望が浮かぶ。


「つまり、私は……防御向き……?」


「そうだな。大技を出せないなら、前線で守り役に回るのも一つの手だ。仲間を活かすために壁となる……それも立派な戦闘力だろう。」


 壁になる……。なんだか地味なイメージだが、戦場では重要なポジションだとミアも言っていた。味方を守れる存在がいれば、攻撃役が存分に力を振るえる。実際にその運用ができるかどうかは別問題だけど、少なくとも“まったく使い道がない”わけではないのだ。


(私が……守る、か。まだ実感はないけど、攻撃できないならせめて仲間を守る役になれるなら……)


 頭の中でそう思考を巡らせていると、エルザはフンと鼻を鳴らす。


「とはいえ、守りを活かすにも訓練は必要だ。無意識で発動するなんて頼りないし、お前がすぐに崩れたら仲間ごと死ぬだけだぞ。」


「う……っ、うん……そうだよね。」


 はっきり言われてしまったが、その通りかもしれない。せっかく“可能性”があるなら、それを伸ばす努力をしなくては――。


「よし、とりあえず今日のところは休め。身体が慣れていない状態でこれ以上やっても成果は薄い。これからは日常的に基礎訓練を叩き込むぞ。」


 えっと……さっきまで散々“戦士としての素養がない”と言われてショックだったが、エルザはなんだかんだ面倒を見てくれるのかもしれない。私は複雑な思いを抱きながらも、ありがたいとも感じる。


「……わかった。よろしくお願いします……!」


 必死に立ち上がり、木剣を棚へ戻す。汗でベタベタの髪をかき上げ、息を整える。これから私は――攻撃ができなくても、防御ができるならそれを磨こう。そう決めたばかりなのに、身体が震えるのは単に疲れのせいか、それとも不安からか。


「とにかく一日や二日でどうにかなるわけがない。覚悟しておけ。お前には地獄の訓練をしてもらう。」


 エルザがニヤリと笑うと、私は苦笑いしかできなかった。きっと厳しい日々になるだろう。でも、今の私にはそれしか道がない。城にただ居候するだけでは、いつか追い出されるかもしれない。何より、私自身が“何のためにここにいるか”を確かめるためにも、強くなるしかないのだ。


 そのとき、廊下のほうから足音が聞こえ、ミアが顔を出した。どうやら私の訓練の様子を気にしていたらしい。彼女は私の姿を見て駆け寄る。


「シオンさん、大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ……」


「あ、ミア……うん、色々、疲れちゃって……」


 苦笑いしながら答えると、ミアは「エリザさん、もう少し優しく……」とエルザに視線を向ける。エルザは「これでもかなり手加減してる」と肩をすくめるだけだ。


「私はきつく指導してやらないと上達しないと思っているがな。」


 ミアは溜息まじりに微笑み、「シオンさんはまだ身体が完全じゃないから、無理は禁物ですよ」と助言する。エルザは納得いかない表情で、私を見つめる。


「……ま、お前の身体がついてこないなら仕方ない。だが甘やかすつもりもない。弱いままでいたら、戦場では真っ先に死ぬだけだからな。」


 その言葉に私は黙ってうなずく。弱いままでいたら――それは私もわかっている。ただ、すぐに強くなれるわけじゃない。でも、やらなきゃいけないのだ。


「頑張るよ。私にできることがあるなら、やるしかないから……」


 苦しい息の中でそう絞り出すと、エルザは僅かに笑みを浮かべた気がした。すぐに「なら良し」とそっぽを向くが、私は微かな期待を抱く。“この人が認めてくれる日”がいつか来るなら、それを目標に頑張ろうと思えた。


 訓練場を後にし、私はミアに付き添われながら部屋に戻る。全身が痛く、頭もぼんやりしているが、不思議と絶望感は薄らいでいた。厳しい現実を突きつけられた一方で、“自分が無意識に防御の魔力を使えていた”という小さな事実が希望につながっているからかもしれない。


 ベッドに横になり、ミアがタオルで私の汗を拭ってくれる。熱っぽさはそれほどないが、魔力を使いながら身体を動かしたせいで、異常に倦怠感が強い。


「シオンさん、無理しすぎちゃダメですよ。魔力がまだ安定していない状態で激しく動くと、体内のバランスが狂うこともありますから。」


「うん……でも、やらなきゃ何も変わらないし……」


 呟きながら、瞼が重くなる。思えば、今日の訓練はそこまで長くはなかったのに、これほど疲れるとは。私の身体はまだまだ未熟なんだと痛感する。


「エルザさんは、厳しいけど本当は優しい人ですよ。……多少言い方はキツいけど、ちゃんと面倒を見てくれるはずです。」


 ミアの言葉に、なんとなく救われる気がした。確かにエルザはキツい態度をとるが、それは私のためにもなるはずだ。こんな私を少しでも“戦える存在”にするために指導してくれるのだから。


「あとは、シオンさんの“防御力”がどこまで伸びるか。無意識でできているなら、意識的にコントロールできれば大きな武器になりますよ。」


 そうだ。攻撃がダメでも、防御があれば仲間を守ることができる。誰かの役に立てる可能性がある。勇者と直接戦うのは怖いし、到底勝てる気もしないが、少なくともそこへ向かう道がゼロではない。


 私は布団に沈み込みながら、ゆっくりと目を閉じる。身体を休めれば、また少し動けるようになるだろう。今は、とにかく回復が最優先だ。


(戦士としては素質なし――でも、防御だけはあるかも。そこを伸ばすしかないよね。いつか、役に立てる日が来るかな……)


 そんな想いを抱きつつ、意識が暗闇に沈んでいった。身体は痛むけれど、心はほんの少しだけ前向きだ。こうして初めての戦闘訓練は、私に“厳しさ”と“かすかな希望”を教えてくれた――。

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