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第一章:召喚と適応 — 失敗作と呼ばれた存在 3

 第三節. 初めての魔法と適応訓練



 **魔族の中央拠点**と呼ばれるこの城での生活が始まって、数日が経った。


 三日間の昏睡状態から目覚めた後、私は何とか歩けるようになり、簡単な用事なら一人でもこなせるようになっていた。しかし、この世界に存在する“魔力”は、今も私の身体をじわじわと侵食しているらしく、ときおり強い倦怠感や頭痛に襲われることがある。ガルザという老魔族によれば、完全な“定着”にはさらに時間がかかるとか。


 それでも私は、生きている。見知らぬ異世界で、魔族たちに囲まれて生活する日々は、とにかくすべてが新鮮だった。壁や天井に刻まれた魔術的な紋様や、魔力を動力源とする機構の数々。通路を歩いているだけでも、まるでテーマパークを回っているような感覚だ。


 ――とはいえ、私がここにいるのは観光のためではない。人間の“勇者”と戦うため、魔族が禁忌の召喚術を使って呼び寄せたのが私である。最初こそ信じ難かったけれど、魔族たちの真剣な眼差しを見れば、彼らがどれだけ必死なのか分かる。だからこそ、私も少しでも役に立ちたいと思うようになった。


 だが、そのためにはまず“魔力”を扱えるようにならなければならない。肉体的にも、魔法的にも、まだ戦いの場に立てる状態じゃない。――今日は、そのための一大イベント、「魔力測定」と呼ばれる儀式のようなものが行われると聞いている。簡単に言えば、私の魔力量や魔法適性を確かめるのだとか。


「シオンさん、準備は大丈夫ですか?」


 朝の廊下で私に声をかけてくれたのは、いつものようにミアだ。青みがかった長い髪をゆるく結び直しながら、私の顔を覗き込む。


「うん……緊張はするけど、行ってみようと思う」


 倦怠感はまだ残るが、動けないほどではない。何より私にとって初めての“魔法関連の正式な場”だ。逃げている場合じゃない。


「そうですね、ガルザ様やエルザさんも一緒に立ち会ってくれるはずですから、あまり気負わなくて大丈夫ですよ。もし危ないことがあっても、すぐに止められますから」


 ミアが励ましてくれるが、内心は「危ないことがあるのか……」と気にしてしまう。魔力測定って、ただ数値を計るだけではないのだろうか? どうやら魔族式の測定は、少し荒っぽいらしい。




 私はミアに連れられ、城の一角にある“魔法訓練場”へ向かう。そこは広いドーム状の空間で、壁や床には魔術的な紋様が幾重にも重ね描かれていた。上方にはクリスタルの巨大な塊が吊り下げられており、それが魔力を反射して空間を淡く光らせている。


 すでに何人かの魔族が待機していた。見覚えのある灰色の肌の魔族兵や、学者風の年配魔族などが、私が入ってくるのをじろりと見つめる。その中に混じって、銀髪の女戦士――エルザの姿があった。彼女は例によって腕を組み、仏頂面でこちらを見ている。


「ようやく来たか。遅かったな……」


 エルザが吐き捨てるように言うが、実際のところあまり待たせてはいないはず。私が少しばかり準備に手間取っただけだ。だが彼女の苛立ちには慣れてきたので、軽く肩をすくめる。


「ごめん。……今日はよろしくね」


 短く言うと、エルザは鼻を鳴らし、視線を横にそらした。どうやらまだ心を開いてくれたわけではないらしい。しかたない、彼女なりに期待と不安が入り混じった状態なのだろう。


 そこへ、すっと杖をついた老魔族が現れる。白髪を束ね、深い皺の刻まれた顔。そして鋭い赤い瞳。――召喚術師のガルザだ。


「ほう、ちゃんと歩けるようになったようだな、シオン。……どうだ、定着率は上がっているか?」


 ガルザは私の全身をひと目見るだけで、何かを察したのか、小さくうなずく。私は「だいぶ動けるようになりました」と答えるにとどめる。自分でも細かい数値などわからないし。


「いいだろう。ではさっそく、“魔力測定”を行うとしよう。……少々荒っぽい方法だが、我々の手持ちの手段としてはこれが確実なのだ」


 そう言って、ガルザは杖の先で床をコンッと叩く。すると、床に描かれていた幾重もの紋様が淡く光り始める。その中心に立っているのは……私らしい。いつの間にこんな位置に? と一瞬戸惑うが、どうやら自然と誘導されていたようだ。


「シオンさん……大丈夫ですから、落ち着いてくださいね」


 ミアが心配そうに声をかける。私は小さく息を吐き、首を縦に振る。心拍数が上がっているのが自分でもわかるが、それでも逃げ出すわけにはいかない。ここで正確な測定ができれば、私の立ち位置も少し明確になるのだろう。


「では――始めるぞ。……"解放"の術式だ。衝撃に備えよ」


 ガルザが杖を高々と掲げ、紋様に魔力が一気に流れ込む。すると、私の足元から青白い光が噴き上がり、まるで竜巻のように身体を巻き込んでいく。


「……っ……!?」


 一瞬、息が詰まる。足元から登る魔力の流れが、私の身体の内側まで侵入してくるような感覚。熱を伴ったエネルギーが細胞の隅々まで染み渡り、全身が震えた。


 "対消滅"――とはいかないまでも、外部からの魔力が内部に干渉することで、私の“魔力容量”が表出する仕組みなのだという。ガルザ曰く「魔力に魔力をぶつけて測る」のが手っ取り早いらしい。荒っぽいが、精度は高いとか。


「くぅ……っ、痛い……」


 身体が軋むような苦痛を感じ、思わず膝をつきそうになる。だが、なんとか踏ん張った。目を閉じてしまうと意識が飛びそうなので、あえて薄目で周囲を見渡すと、ミアやエルザが緊張した面持ちでこちらを見ている。


 ――耐えなきゃ。


 私は歯を食いしばり、その魔力の奔流に身を委ねる。ここで倒れたら“失敗作”の烙印が余計に深くなるだろうし、何より自分の立ち位置すら証明できない。それだけは避けたい。


 ガルザの呪文らしき言葉が、低く鳴り響く。床に刻まれた紋様がさらに輝きを増し、私の身体はほとんど光の渦に包まれる。痛みと熱が混ざり合い、呼吸が乱れていくが、意外と限界は来ない。――少しずつ、この感覚に慣れてきたような。


(これが……私の身体に流れている“魔力”……?)


 自分の内側に何か大きなエネルギーの塊があるような感覚。それは普段は眠っていたが、外部からの魔力で刺激され、一気に覚醒しかけているかのようだ。だけど、それをどう扱えばいいか、まったくわからない。ただ大きいだけで、制御が効かない粗削りな塊。


 ――バチンッ。


 突然、空気が弾けるような衝撃音がした。床を走る光が断続的に明滅を繰り返す。ガルザが低く唸る声が聞こえる。


「これは……相当大きいぞ。……だが、制御がまるで効いていない……っ」


「ガルザ様、測定器の水晶がッ……」


 学者風の魔族が慌てて声を上げる。私の足元を見ると、設置されていた水晶球が激しく揺れてひび割れを起こしていた。どうやら私の魔力量が規定値を超え、測定器が耐えられなくなっているらしい。


「ここまでとは……っ。……シオン! その場から動くな、制御の護符を使う……!」


 ガルザが杖を振り下ろすと、私の足元の紋様が一気に収束し、光はすうっと収まった。だが、身体の中で暴れ回っていた魔力は一瞬で消え去るわけでもなく、しばらくはじりじりと疼くような感覚が残る。私はなんとか膝から崩れ落ちるのをこらえ、歯を食いしばった。


「これで測定は終了だ。……ふぅ、危ないところだったな。途中で装置が壊れるかと……」


 ガルザが何やら呟きながら、床に埋め込まれた水晶を取り外している。ひび割れたそれは、一部が崩れて粉々になった。私はそれを眺め、罪悪感のようなものを覚えるが、どうやら私の責任ではないという話らしい。


「要するに、シオンさんの魔力量は想定以上に多い。けれど、コントロールができていない……ということですね……」


 ミアが結論を口にする。私もなんとなくそんな気はしていた。確かに自分の内側に巨大なエネルギーの塊が眠っているのを感じるが、指先ひとつ動かしてもそれを意のままに操れそうにはない。


「厄介だな」


 エルザがぼそりと呟く。彼女は最後まで無表情を貫いていたようだが、どこか納得しかねるような苛立ちが目に浮かんでいる。


「確かに潜在力は大きい。けれど、制御不能の力など、戦場で使い物になるか? 下手をすれば周囲を巻き込んで自爆するだけだぞ。」


 厳しい意見だが、否定できない。私自身、今のままでは大きな魔力をただ抱えているだけで、使いこなすどころか爆発しそうな危うさがあるかもしれない。もし実戦で無理に魔法を使ったら、味方にまで被害が及びそうだ。


「ただ、可能性がないわけではない」


 ガルザが杖をつきながら近づいてくる。彼の赤い瞳は相変わらず鋭く、私を貫いているようだ。


「定着率が上がり、魔力と身体が馴染めば、徐々に制御もできるようになるだろう。問題はお前がどれだけ訓練に耐えられるか、そして魔力の暴走を抑えられるか……という点だな。」


「……がんばります。正直、まだどうやっていいか分からないけど……」


 息を切らしながら答える私に、ガルザは小さく頷いた。それだけで何か満足したのか、杖を翻して学者たちの方へ向かい、壊れた測定器の片付けを指示し始める。


「ならば、早速基礎から学ぶことだ。……エルザ、例の件を頼む。」


「わかってる」


 エルザが短く返事をし、私の方へ振り返った。彼女は相変わらず険しい表情をしているが、その目には微かに期待の色も混じる。


「……私が、お前の戦闘動作を基本から叩き込む。身体がなまっていてはどうにもならないし、魔法を扱うにしても最低限の動きは習得しろ」


「え、エルザさんが、直接……?」


 思わず驚いて問い返す。てっきり誰か別の訓練士がいるのかと思っていたが、彼女が担当してくれるのか。


「不満か?」


「い、いえ……よろしくお願いします。」


 エルザは腕を組んで気難しそうに顎を引いたが、そのまま私を連れて訓練スペースへ向かう。ミアはついて来ようとしたが、エルザに「お前はお前で魔法の基礎を教えてやれ。こいつの身体動作は私が鍛える」と突き放されてしまう。どうやら役割分担をするらしい。


 私の目の前には広めの空間があり、床にはクッションのような素材が敷き詰められている。おそらく格闘や回避の練習をする場所なのだろう。――さっきまでの魔力測定とは別のエリアに移動したようだ。


「基本の動作って……私、本当にゼロからなんだけど……」


 おそるおそる聞くと、エルザは「知ってる」と言いたげに肩をすくめる。


「いいか、まずは歩き方からだ。今のお前は身体に魔力が馴染んでいないせいで、筋肉の動きがギクシャクしている。そこを矯正しないと、戦闘どころか普通に走ることすらままならんぞ。」


「わかった……覚悟してます。」


 言ったそばから、私の足はふらつく。エルザは「ほら」と言わんばかりに腰に手を当て、私の歩き方をチェックし始める。すると彼女はすぐに、私の肩をグイッと掴んだ。


「頭をぶらさず、腰を軸にして歩く。腕は力を抜いて、でもブレないように意識するんだ。」


 そのまま私は何度も廊下を往復させられ、微妙な姿勢の違いをエルザに指摘される。最初は「歩く程度なら普通にできる」と思っていたが、彼女の指導は細かく、魔力が影響している部分にまで注意が及ぶ。


 ――なるほど、意識してみると足の筋肉の動きがいつもと違う。重心が少しずれるだけで魔力の流れが不安定になり、バランスを崩してしまう。これが“魔族の世界”での生活ということか……。


 息を切らしながら歩き続ける私に、エルザは辛辣な言葉を投げる。


「その程度でへばってどうする。勇者とやらは、もっと圧倒的に身体を使いこなせるんだぞ。」


「わ、わかってる……でも……」


 苦しさが先立つが、弱音を吐くわけにもいかない。こっちはまだ魔力適応さえ終わっていない新参者なのだ。しかし、エルザにはそんな言い訳は通用しないだろう。


 一通り歩き方を教わった後は、軽い走りやステップの練習に移る。床に敷かれたクッションのおかげで転んでも大怪我はしないが、何度も転ぶたびに身体が悲鳴を上げる。エルザは容赦なく私の動きをチェックし、ダメ出しを繰り返す。周囲で見守る魔族兵士たちが、呆れたり薄く笑ったりしているのがわかる。


「やっぱり……私は失敗作なのかな……」


 思わず口をついて出た弱音に、エルザは少しだけ眼を見開いた。


「言ったろ、まだ身体が馴染んでないだけだ。落ち込むヒマがあるなら、一歩でも走れ。」


 その声は厳しいが、どこか励ましにも聞こえる。彼女なりに私に可能性を見ているのだろうか。それとも単純に諦めるなという意地か。いずれにせよ、まだ見捨てられていないのは救いだった。




 午前中の身体訓練が終わると、私はもう立っているのがやっとという状態だった。エルザは満足そうでも苦々しそうでもなく、無言で去っていったが、きっと少しはマシな結果だったのだろうと勝手に解釈しておく。


 昼食の時間を挟み、午後からはミアの魔法レッスンが待っている。身体がバキバキに痛むが、魔法を覚えるのも急務だ。自室で軽く仮眠をとり、痛み止めの薬草を飲んでから、指定された魔法練習室へ向かった。


 そこは先ほどの訓練場より狭いが、壁面に数多くの魔術的道具が並ぶ部屋だった。クリスタル球や草花の入った瓶、無数の巻物……正直何が何だかわからない。中央には魔法陣が描かれ、周囲を低い書棚が囲んでいる。ミアはその書棚から一冊の書物を取り出していた。


「あ、シオンさん、お疲れ様です。身体は大丈夫ですか?」


「うん……何とか……。だいぶ筋肉痛だけど。」


 へとへとな私に、ミアは苦笑を浮かべる。私が膝に手を当てて息をついていると、彼女はほんのりと微笑みながらテーブルを指差した。


「じゃあ、まずは座りましょうか。立ったままだと疲れちゃいますよね。」


「助かる……。よろしくお願いします。」


 ミアに言われるまま、私はテーブルの椅子に腰掛ける。彼女が持ってきた書物は「エーテス概論」と表紙に書かれていた。魔族が使う文字なのだが、不思議と内容がなんとなく読める。この召喚術による翻訳効果が働いているらしい。


「えっと、まず“エーテスとエナトス”の関係について、ご存じですか? シオンさんには一度、ガルザ様からざっくり教えられたかもしれませんが。」


「あんまり詳しくは聞いてない。2種類の魔力があるって話くらいかな……」


 世界には大きく分けて二つの“力”が存在するとミアは説明する。**エーテス**は大気や大地に満ちる根源的な魔力。一方で**エナトス**は生命体に内在するエネルギーに近いらしい。魔族は主にエナトスとエーテスの相互作用で魔法を行使し、人間も同様に扱う……が、神による干渉が強いらしい。


「シオンさんは召喚で異世界から来た影響で、エナトスとエーテスのバランスが崩れてるみたいなんです。……特にエナトスが極端に弱いのに、エーテスを大量に取り込む潜在能力が高いというか。」


「え、じゃあ、私は自分の内側にあるエナトスが少ないの? それって不利なんじゃ……」


 生命エネルギーが少ないと聞くと、命が脆いようにも感じるが、ミアは「一概に悪いとは言えません」と首を横に振る。


「確かにエナトスが弱いと、自前の魔力は小さいかもしれません。でも、その分エーテスを外部から大量に取り込むことができる……とガルザ様は見ているようです。言い換えれば、制御しさえすれば膨大なエネルギーを操れるかも、ということですね。」


 制御、か。さっきの魔力測定でも、制御不能な大きな力があると言われたばかりだ。なるほど、エーテスを取り込む能力が高いからこそ、ああいう結果が出たのかもしれない。


「じゃあ、その制御を学ぶにはどうすれば……?」


 私が尋ねると、ミアは嬉しそうに「それをこれからやりましょう!」と言う。テーブルの上に小さな水晶玉を置き、「これで簡単に練習しますね」と続けた。


「まずは小さな魔法、たとえば“風を起こす”とか“火を灯す”とか、そういう基礎的なものを試してみましょう。シオンさんがどれだけ外部のエーテスを取り込めるか、確認したいんです。」


「あ、うん、わかった。やってみる。」


 私は水晶玉を手のひらに乗せてみる。透明な球体の中には小さな紋様が刻まれており、魔力を送り込むことで“風や火”を発生させる仕組みらしい。ミアいわく「子ども向けの魔導おもちゃ」みたいなものだそうだ。


「まずはリラックスしてください。変に力んでも魔法は出せません。呼吸を整えて、……そう、ゆっくり息を吸って吐いて。自分が空気を通じてエーテスに触れるイメージを持ちましょう。」


 言われるがまま、深呼吸を繰り返す。目を閉じ、意識を外界に向けて開放する……。すると、かすかに空気の流れが身体を撫でるのを感じる。いや、それだけではない。私の皮膚が何か微細な粒子のようなものに触れられているような錯覚を覚える。


(これが……エーテス……?)


 まるで空気の中に薄い霧が混ざっている感じ。手をかざしてみると、水晶玉に向かってエーテスが集まっていくのをなんとなく感知できた。自然に見えない流れが生まれている。――だけど、自分でそれを制御している実感はほとんどない。


「そこから、意識して水晶にエーテスを送り込みます。『風よ、集まれ』みたいに、軽くイメージしてください。」


 ミアの声に従い、私は頭の中で「風を集める」イメージを描く。すると、水晶の内部にかすかな渦が巻き、透明だった結晶が薄い緑色に光を帯びた。――おお、なんかすごい。


「できてる……?」


「はい、いい感じです! あとは、その渦を外に解放して、風を起こすだけなんですけど……」


 ミアが言い終わる前に、私はそのまま開放のイメージを一気に解き放ってみた。すると、まるで弾けるような衝撃が起こり、水晶玉の表面にひび割れが走る。


「えっ……あ……!?」


 強い突風が部屋を駆け抜け、書棚の巻物が何本も吹き飛んだ。ミアが慌てて背後の棚を押さえるが、それでもいくつかの瓶が落下して割れる。


「――ご、ごめんなさいっ!」


 あまりに唐突な爆風に、私自身も尻餅をつきそうになる。水晶玉は砕け散り、床に破片が散らばった。ミアは苦笑いしながら、安全確認のためか辺りを見回している。


「大丈夫です……けど、さすがに想定外ですね。こんなに一気にエーテスを流し込むなんて……」


 まさに“制御不能”を露呈した瞬間だ。私は申し訳なく、頭を下げる。さっきの魔力測定器といい、破壊ばかりしている気がしていたたまれない。


「いえいえ、気にしないでください! もともとこの水晶も簡易なものでしたし、私がちゃんと教えずに開放を急がせたのが悪いんです」


 ミアは落ちた巻物を拾いながら言う。部屋の片隅には練習用の予備水晶がいくつかあるようだが、同じことになりかねない。どうやら私には、かなり慎重なステップが必要だということだ。


「でも、わかったことがあります。シオンさんの外部魔力の取り込みは、想像以上に激しいんですね。エーテスを呼び込む力が強すぎて、あっという間にオーバーフローを起こしてしまう。……もっと段階的に魔力を制御する練習が必要ですね」


「うう、段階的に……。やっぱり簡単にはいかないか……」


 重いため息をつく。エルザの身体訓練といい、ミアの魔法指導といい、どれもハードルが高い。私が失敗作と呼ばれる理由が分かった気がする。潜在力はあっても、それを扱う“器”が整っていないのだ。


「まずは呼び込む量を意識的に抑えること。少しずつ小さな魔法で試していきましょうね」


 そう言ってミアは微笑む。心折れそうな私を励ますかのように、「絶対大丈夫ですよ」と優しい声をかけてくれる。その笑みに少し救われた気がして、私はこくりと頷いた。




 とはいえ、何度か試しても私の魔法は不安定だった。火の魔法を起こそうとしたら、燃え上がった火が予想以上に大きくなり、ミアが慌てて消火する事態にもなった。風を再度試そうとすると、また強すぎる突風を起こしてしまい、周囲を巻き込んでしまう……。


 結局、その日だけで練習用の水晶球をいくつか壊してしまい、私は多くの研究者や学者らしき魔族から嫌な視線を向けられた。彼らにしてみれば、私の制御不能な魔力は危険なだけで、役立つかどうかも不明なのだろう。――気持ちはわかるが、責められると辛いものがある。


「また壊したのか……」


「これでは、勇者どころか味方にも被害が出るぞ……」


 耳に痛い言葉が飛び交う。私は落ち込むしかないが、ミアは「大丈夫、まだ始めたばかりです」と庇ってくれる。助かるが、やはり申し訳ない思いが募る。こんなにも自分の力をコントロールできないなんて……。


 だが、練習が完全な無意味というわけではなかった。何度も失敗するうちに、少しずつ「呼び込むエーテスの量を抑える感覚」が分かりかけているような気がする。ほんのわずかだが、意識的に吸い込む魔力を絞れば、ちょっとした風の操作くらいは起こせそうに思えるのだ。


 ――もちろん成功率は低いが、それでもゼロではない。


 夕方になる頃には、さすがに私も心身ともに限界が近かった。ミアは「今日はここまでにしましょう」と声をかけてくれ、私たちは片付けをする。壊れた水晶の破片や、荒れた書類を整理するだけでも一苦労だったが、終わってみると妙な達成感があった。


「シオンさん、よく頑張りましたね。いきなりここまでやれるなんて、私は逆に驚いてますよ」


「そう、かな……失敗ばっかりだけど」


「失敗しながら少しずつコツを掴むんです。私も最初は何度も爆発させちゃいましたから」


 ミアの言葉に少しだけ救われる。彼女が微笑む顔を見ていると、どうにかやっていけるかもしれないと希望が湧いてくるから不思議だ。


 ただ、廊下に出ると、何人かの魔族兵がこちらを見てひそひそ話をしているのが見える。「また失敗したらしい……」「大丈夫なのか……」そんな声が聞こえた気がした。そりゃあ私の不安定な魔法に巻き込まれたくはないだろう。――自然と肩身が狭くなる。


(異質な存在……か)


 思わずうつむく私に、ミアは「気にしないで」と言わんばかりに肩を叩く。自分を責めても仕方がない。いつか彼らが私を受け入れるような実績を出さなくては、堂々と胸を張って歩けないのだろう。少し歯がゆいが、今は耐えるしかない。




 その日の夜、私は再び自室で仮眠を取っていた。昼間の疲れで身体中が痛むが、頭の中はどこかスッキリしている。魔力測定で「巨大な魔力が眠っている」と知り、さらに魔法練習で「制御不能」という問題点もハッキリした。曖昧なままでいるよりはマシだ。


 明日からも、エルザの戦闘訓練とミアの魔法練習が続くらしい。正直きついが、やるしかない。"死にかけた"はずの私が、こうして第二の人生を得たのだから、無駄にはしたくないのだ。――どんなに辛くても、ここで投げ出しては、私がここに来た意味がない。


(いつか、みんなから“失敗作”なんて言われないくらいになれるのかな……。)


 そんな淡い願いを抱きながら、私はランプの弱い灯りを眺める。気づけば外の空は赤紫のグラデーションを帯びている。魔力を反射するこの世界の空は、私にとって見慣れないものだけれど、少しずつ愛着が湧き始めている気がする。


 もし本当に、ここが私の第二の故郷になるならば、戦わなきゃいけない。"勇者"という神の道具と相対する日が来るのだろう。遠い未来の話のように感じるが、周囲がそれを望んでいるのなら、私も覚悟を決めるしかない。――潜在力だけは大きいと言われたなら、その力を正しく使えるように自分を鍛えたい。


 心を落ち着けるため、軽く深呼吸してみる。少しだけ身体が温かくなる。もしかすると、魔力を意識すれば、身体のだるさも和らぐことがあるのかもしれない。技術としてはまだ未熟だけど、これが魔法の第一歩なのだろう。


 明日も訓練は厳しいかもしれない。それでも、確実に一歩一歩前進しているはずだ。周囲の警戒を解くためにも、まずは"魔力制御"を身につけて「エナトスが弱くてもエーテスで補える」存在になる。――それが、私の生きる道。


 ――こうして、私の"未知の力"を制御する挑戦が始まった。背負わされた期待と失敗作の烙印、それらを乗り越えられるかどうかは、これからの努力次第。失った記憶と死の陰を抱えながらも、少しずつ光を探して、私は歩み続ける。



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