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第一章:召喚と適応 — 失敗作と呼ばれた存在 1

【AIツールの使用について】

本作品は、作者自身が物語の設定やプロット、世界観の構築を行い、文章作成・修正支援としてAIツール『ChatGPT(OpenAI)』を使用しております。


作者の文章作成能力が未熟なため、推敲や修正が十分に行き届いていない箇所もあるかと思いますが、温かく見守っていただければ幸いです。お気づきの点がございましたら、ご指摘・ご感想をいただけると励みになります。


何卒よろしくお願いいたします。

 第1節. 新たな世界での目覚め



 **――漆黒の闇。**


 何も見えない、何も聞こえない。ただ虚空を漂う感覚だけがそこにあった。まるで深い海の底で、意識だけがかろうじて残されているような、そんな不思議な状況。


 ふと、自分が何者だったか思い出そうとしても、記憶の断片は宙に溶ける。"死んだ"のかもしれない、そんな漠然とした不安が頭をよぎるが、その確証もない。自殺したような気がする……でも自信はない。思い出せない。――現実なのか、夢なのかもわからない。


 それでも、そこには確かに"意識"があった。身体は感じないのに、意識だけが生きているなんて、皮肉だと思った。失ってしまった何か大切なものを取り戻したいような、だけど諦めてしまったような矛盾した感情が胸をかき乱す。


 ――ここはどこ?


 声に出そうとしても、自分自身が口を動かしているかすらわからない。闇の中に響かない声は、ただ虚無に吸い込まれる。どこにも行き場がなく、まるで永遠にこの黒い空間に閉じ込められているようだ。


 そのとき、遠くの方で"光"が生まれた。ほんの微かな輝き。瞬く間に大きく広がり、世界そのものを塗り替えていく。それは眩しくて、痛みすら感じるほどの光。――私は考えるより先に、その光に吸い込まれていった。



 ### 邪魔する眩い閃光


 次に感じたのは、強烈な息苦しさと身体中を襲う痛み。空気を吸おうとしても、まるで肺がうまく動かない。熱に浮かされたように頭がぼんやりしている。――それでも、"生きている"という感覚だけは確かにある。


 まぶたを開こうとするが、光が強すぎて瞳が焼かれそうになる。耳鳴りの中で、誰かが走り寄る気配を感じた。複数の足音が混ざり合い、不安げな声が飛び交う。


「……定着が、不十分……!」


「だが、このままでは……っ、早く煎じ薬を!」


 断片的な言葉。"定着"とは何を指しているのか。――考える暇もなく、身体に苦い液体が押し込まれた。薬草のような独特の匂いが鼻を衝く。思わずむせながらも、喉を通っていくその薬草汁が、じわりと腹の底に染み渡る。すると、不思議と呼吸が少しだけ楽になった。


「魔力汚染を抑えないと……死んでしまう……!」


 興奮交じりの声が聞こえる。死んでしまう? やっぱり私は死んだはずじゃ……。脳裏に浮かぶ疑問を抱えたまま、ほんの少しだけ瞳を開くと、見えたのは――角を持つ人影。赤い瞳をした灰色の肌の男が、焦燥した面持ちでこちらを覗き込んでいるのがぼんやりとわかった。夢か幻か、理解が追いつかない。


 だが痛みはリアルだった。頭痛と倦怠感が、確かに現実のものだと告げている。


「……っ……このままじゃ……!」


 誰かが絶叫に近い声を上げ、私はそのまま意識が遠のくのを感じる。抵抗したかったが、まぶたは重く、次の瞬間には暗闇へと引き戻されていた。



 ### はじめての目覚め――"異世界"?


 どれくらい眠ったのか。再び意識が浮上したとき、世界は幾分か落ち着きを取り戻していた。


 薄暗い石造りの天井が見える。身体を起こそうとすると、まだ鈍い痛みと倦怠感が残っていて、思わず呻き声が漏れた。


「目が覚めましたか……?」


 優しい声。振り向けば、青みがかった長い髪をツインテールにまとめた少女が、ベッドの横に座っていた。彼女は――そう、角と尻尾があるタイプの魔族ではなく、角がないように見える。肌はうっすらと人間に近い色合いだけれど、瞳は赤紫に煌めいている。


「……あなたは……?」


 声を出すと、喉がカラカラに渇いているのを自覚した。少女――ミアと名乗る子が、小さな水筒を差し出してくれる。感謝しながら水を飲むと、いくらか喉の痛みが和らいだ。


「ミアといいます。あなたは三日間眠り続けていました。……異世界からの召喚、ですよね。とても不安定な状態だったんですが、なんとか助かってよかったです。」


 異世界――そうだ、確かに角や灰色の肌の者たちが目の前にいた。それを思い出して、私は再びあの場面を脳内で反芻する。眩い光、魔力汚染、何とか薬を与えられたこと……。


「ここは、どこなんですか……?」


 少し身体を起こそうとしても、まだだるくてうまく力が入らない。上体を少しだけ起こした姿勢で、ミアの顔を見上げる。彼女は困ったように微笑んでから、小さく息をついた。


「ここは、魔族の中央拠点と呼ばれる場所。……ええと、あなたにとっては“異世界”になるんでしょうね。私たちは“魔族”という種族で、神に従う人間たちから領土を守るために、こうして城や拠点を築いて生活しています。」


 人間と神、それに抗う魔族。聞き慣れない単語が多すぎて頭が痛くなるが、ミアが言うには、私は“勇者に対抗するための切り札”として呼び出されたらしい。神に従う勇者が、この世界で猛威を振るっているとか……。


「そんな……私に、何ができるって言うんだろう。」


 思わず本音がこぼれる。私はただの人間(だったはず)だ。戦争なんてしたこともないし、魔力とやらも扱えない。


「わかりません。でも、ガルザ様たちは言うんです。『神の祝福を受けない魂』なら、神や勇者に対抗しうる可能性があるって……。」


 ミアの言葉は切実だ。彼女も確かな希望を欲しているのかもしれない。だけど、その期待を背負わされる私の方は困惑しかない。

 何も思い出せないが、少なくとも“戦う”なんて想定外だ……。



 ### エルザとの初対面――救世の切り札?


 ガチャリと部屋の扉が開く音がした。振り返ると、銀髪の女戦士が立っている。肌を大胆に露出させた戦闘服に、革のアーマーを部分的に身につけ、腕を組んでこちらを睨むように見下ろしていた。


「ふん、やっと目覚めたか。まったく、三日も寝ていたらしいじゃないか。」


 低く鋭い声。瞳は赤く、肌は人間よりも少し白っぽいけれど、どことなく筋肉質な印象を受ける。角があるかと見たが、彼女は角が生えていないようだ。ただ、背中には何か模様があるのかもしれない。


「……あなたは……?」


「エルザだ。……名乗るまでもないがな。あんたが“救世の切り札”とか呼ばれている子か?」


 エルザ……確かに“救世の切り札”なんて、ガルザ様? か誰かに言われたような。私にはピンと来ず、ただ苦笑いを浮かべるしかない。


「何にもわからなくて……ごめんなさい。」


 そこまで言って、さすがに私も申し訳なくなる。召喚された側とはいえ、彼女たちの期待を裏切ることになるかもしれないのに。でも、エルザはフンと鼻で笑い、肩をすくめた。


「謝ることはないさ。事実、お前は寝てただけだろ? だが、こっちも余裕がない。お前が本当に勇者に対抗できる存在かどうか、早急に見定めねばならん。」


「勇者に……対抗……」


 その言葉があまりにも突飛すぎて、私は頭を抱えたくなる。勇者なんて、ゲームや物語の存在じゃないの? でも、この世界では違うらしい。


「ええ。勇者は神の力を宿している。普通の魔族なんかじゃ太刀打ちできない。神が創り出した最強の存在だからな。……だからこそ、禁忌の召喚に賭けたんだよ、私たちは。」


 エルザの声には苛立ちが混ざっている。彼女自身、私のような頼りない存在に期待などしていないのかもしれない。けれど、その苛立ちの裏には強い危機感が滲んでいる。どれほど“勇者”というものが恐ろしいのか、想像もつかないけれど……。


「でも……私、ただの人間、だったと思うんです。神にも祝福されていないかもしれないけど……戦えるかどうか。」


 声が震える。こんな状況で誰も助けてくれないのかと心がすくむ思いだ。だが、ミアはすぐに私の肩に手を置いてくれた。


「大丈夫ですよ。まずは身体を慣らすこと。そして、この世界のことを知ってください。すぐに戦えとは誰も言いませんから。」


「そうだな」とエルザは低く言う。「今のお前が戦場に出ても、死ぬだけだろう。三日も寝込んでたなんて、話にならない。」


 厳しい物言いだが、確かにその通りだろう。私だって戦いたいわけじゃないし、できるとも思えない。でも、何もしなければ、ここで生きる道すら失ってしまうかもしれない。心の中で不安がぐるぐる回る。


「とりあえず、立てるなら立ってみろ。歩けるようなら、少しは動く練習をしろ。身体が馴染んでいないうちは、何も始まらん。」


 エルザはそう命令口調で言うと、部屋の片隅にある小さな椅子に腰掛け、腕を組んで私を見下ろす。試されている気がする。――今は抵抗する気力もなく、私は布団を払い、ゆっくりと足を床に下ろす。


 地面は冷たく固い石の感触。思わずビクンと足がすくむが、ミアがそっと肩を支えてくれる。


「ゆっくり……焦らないでくださいね。」


「うん……。」


 ゆっくりと力を込めて足に体重をかける。膝が震えるが、なんとか立ち上がることはできた。先ほどまでの倦怠感は強いが、歩けないほどではないかもしれない。


「……ふん、少しはマシになったか。」


 エルザが立ち上がり、私の隣で様子を眺める。彼女は私よりも少し背が高く、筋肉が引き締まっているのが見て取れる。戦士として鍛えられた身体なのだろう。対して私は、何もかもが初めて。


「あなたが……人間、なんですよね?」


 思わずそう尋ねてしまう。角がないからか、少し人間に近い雰囲気を感じるが、やはり瞳や肌の質感は違う。それでも、異世界の基準ではどうなのか、私にはわからない。


 エルザは軽く眉を寄せ、「そう見えるかもしれんが、紛れもなく魔族だ。角がない魔族もいるんだよ。」と吐き捨てるように言う。少し気分を害したのかもしれない。私は失礼だったかと「ごめんなさい」と小さく呟いた。


「まあ、無理もない。人間と魔族の見分けなんて、お前にはまだ難しいだろう。……だが、私たちはお前のことを“同族”とは思わない。人間という種族に見えるのは確かだし、何より神の祝福を受けていないという異質さがある。」


 何度も"異質"と言われるのは、心地よいものではないが、確かに事実として、私はこの世界の住人ではない。魔族でもなければ神に仕える人間でもない、まさに宙ぶらりんな存在だ。


「でも、だからこそ……勇者に対抗できるかもしれないって……?」


 繰り返しになるが、私にはまだ理解しきれない理屈だ。エルザは鼻を鳴らし、「ガルザ様に聞け」とバッサリ言い放つ。


「少なくとも、私はお前が何者であろうが関係ない。ただ、使い物になるかどうか、それだけが問題だ。……お前自身も、生きたいのなら必死に学べ。魔力の扱いも、戦闘技術も、何もかもゼロからだろうがな。」


 突き放すような言い方をされ、心がひどく痛む。けれど、彼女の言葉の裏にある焦燥を思うと、責める気にもなれない。彼女がそうまでして私に厳しく当たるのは、それだけの理由があるのだろう。


「わかりました……がんばってみるよ。何もわからないけど……」


 小さく息を吐き、エルザに向かって頷く。すると、彼女は軽く目を丸くしてから、顔をそむけるようにぷいと視線を外した。


「……なら、動けるようになったら、廊下を歩いてみろ。お前を連れて回るのはミアの役目だ。私には他にやるべきことがあるからな。……くれぐれも無理はするなよ、倒れられても面倒だ。」


 最後の一言は、彼女なりの気遣いなのかもしれない。少なくとも完全に見放されたわけではなさそうだ。私はほっと胸を撫で下ろし、彼女の後ろ姿を眺める。エルザは何かを言いかけたが、そのままドアを開けて去っていった。


「ちょっと不器用な人なんですよね、エルザさん。……本当はすごく優しい人なんですけど、今は戦況も厳しくて、ずっと気が張り詰めてるんだと思います。」


 ミアが申し訳なさそうにフォローする。私も同意するしかない。この世界が戦争で危機に瀕しているのなら、彼らにとって“召喚された私は最後の希望”なのかもしれない。そう考えれば、エルザの態度も理解できる気がする。


「うん、わかってる。怒ってるわけじゃないよ。……私だって、こんなとこで悠長にしてる状況じゃないのはなんとなく感じるし。」


 言いながら、私はもう一度足をゆっくり動かしてみる。まだ多少のふらつきはあるが、三日間寝込んでいた割には動ける方だと思う。魔力適応云々で身体が変化しているのかもしれない。普通ならもっと体力が落ちてるはずだし。


「じゃあ、試しに少し歩いてみますか? まずは部屋の外の廊下を移動できるか見てみましょう。それだけでも結構大変ですよ、シオンさんは魔力に慣れていないはずですから。」


「うん、やってみる。」


 そうして私はベッドを離れ、ミアに軽く支えられながら歩き出す。深呼吸して足を一歩踏み出すと、まるで浮遊感と重力感が同時に押し寄せるような妙な感覚が走る。慣れない魔力が自分の身体を通っているためだろうか。だけど、頑張ればなんとか進める。


 ドアを開けると、そこには石造りの廊下。先ほどまでの夢うつつのような世界とは違い、確かな冷たさと現実感が漂っていた。やはりここは“城”らしく、左右には同じような扉が並び、天井には赤い模様のランプがいくつも浮いている。


「わあ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。まるでゲームやファンタジー小説の世界観をリアルに体感しているようだ。魔族の城の廊下、と言われてもすんなり納得してしまいそうなほどの中世風の造り。それなのに、壁や天井には動き回るような魔力のラインが走っていて、どこか近未来的な雰囲気さえ漂う。


「……すごい。現実なんだね、ここは。」


「はい。私たちにとっては当たり前の光景ですけど、異世界から来た人には不思議かもしれませんね。」


 ミアが微笑む。私は足を進め、石床の感触を確かめる。先ほどのエルザの言葉を思い返しながら、この世界で生きるには私も必死にならなくてはならないと改めて思う。"救世の切り札"と呼ばれるほど大層なものではないけれど、何もしないままでは、きっと追いつめられる日が来る。


 廊下をしばらく歩くうちに、吐く息が荒くなる。運動不足というより、“魔力汚染”の残滓が身体に影響しているのだろう。時々頭がクラクラして、ミアの腕にすがる場面も出てくる。


「大丈夫ですか? 無理は禁物ですよ。まだ本調子じゃないんですから……」


 ミアが心配げに覗き込む。私は弱々しく笑ってごまかす。


「うん……ありがとう。もう少し歩いたら、部屋に戻る……」


 本当に情けないと思うが、これが今の限界だ。三日も寝ていて、しかも異世界の魔力が身体を蝕んだとなれば仕方ない。回復するまでは、日常動作すら一苦労だろう。とはいえ、私には時間がない気がして焦る。周囲の魔族が抱える問題は山積みで、早く力にならなければいけない気がするのだ。


「じゃ、あそこで引き返しましょうか。廊下の突き当たりまで行って、それで今日はおしまいに。」


 ミアがそう提案してくれる。私は無理せずに頷き、廊下の奥を目指す。


 突き当たりには、狭い窓があり、外の景色が少し見えた。といっても、城壁らしきものが見えるだけで、広大な風景は望めない。ここは防衛拠点という役割が強いらしく、ほとんど外の風景は遮られているのだろうと想像できる。

 ほんの少し見える空は赤紫が混じり、私の知る青空とは全然違う。――やはり、ここは"異世界"だと再認識させられる。


「ありがとうございます、ミア。……あとは、部屋に戻って休むよ。なんだか、いろいろ考えることが多すぎて頭がパンクしそう……」


 正直にそう言うと、ミアはクスリと笑いながら、背中をさするようにしてくれた。


「わかります。ゆっくり、慣れていきましょう。私も手伝いますから。」



 ### 一夜の安息――不安と期待


 その後、部屋に戻った私は、どっと疲れが押し寄せるまま、ベッドに倒れ込んだ。魔族たちのやり取りや、異世界の景色を目にしたことで、頭が完全にオーバーヒート気味だ。

 ミアが軽くお茶を淹れてくれ、それを飲むだけで少し心が落ち着く。


「……ありがとう。……こんなに色々やってもらって……」


「いいんです。私たちが勝手に呼び出してしまったようなものですし。でも、シオンさんには、この世界で生きていくためにも、元気になってもらわなくちゃ。」


 確かに、そうだろう。呼び出されたのは私の意思ではないけれど、今となってはこの場所しか居場所がない。眠りに落ちる前の暗闇のことを思い出そうとしても、はっきりしない。ただ、一つだけわかるのは——私はもう戻る場所がない、という事実。


「……そうだね。私も、がんばってみるよ。」


 ミアにそう宣言すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして、「エルザも悪い人じゃありませんよ」と小声で付け加えた。


「うん……わかる気がする。厳しいのは、きっと切羽詰まってるからだろうし……」


 自分で言っていて、なんだか悲しい。ここまで追い込まれて、それでも神に抗っている魔族たち。きっと、状況は相当厳しいのだ。もし私が戦力にならなかったら、彼らはさらに崩壊の一途を辿るかもしれない。そんな重大なプレッシャーを、いきなり背負わされた形だ。


 ――だが、そうやって他者に必要とされるのは悪くないかもしれない。


 死にたかったはずなのに、今こうして生きている。"救いの芽"と言われてもまだ実感はないけれど、少なくとも“誰かの役に立てるかもしれない”という希望は、今の私にはもしかしたら救いになるのかもしれない。


 これから何が待ち受けているのかわからない。でも、私はここで生きていくと決めるしかないのだ。


「じゃあ、私はそろそろ失礼しますね。ゆっくり休んでください。明日になったら、少しずつお城の中を案内しますから。」


 ミアがそう言い残し、部屋を出ていく。部屋は石造りで簡素な机とベッドしかなく、まるで質素な牢のようにも見えるが、私は不思議と安心感を覚えた。ここが私の部屋なのだと思うと、少し安らぎを感じる。


 かすかに差し込む赤紫の光が、窓辺を照らしている。外は夜なのか昼なのか、今ひとつ判別がつかないが、ランプの明かりがやけに穏やかに見える。私はそのまま寝台に横になり、深く息を吐いた。頭の中は混乱だが、身体は限界を迎えている。いつの間にか瞼が重くなり、意識が暗闇に沈んでいく。


 —――ここが新しい世界、私は“召喚されて”来た異物。救世の切り札とやらに期待されるほどの力を持つのか、それとも本当にただの失敗作なのか。答えはまだわからない。けれど、もう逃げられない。どうせなら、前を向くしかない。


 夢の中で微かに、角を持つ者たちのざわめきと、誰かの優しい声を思い出した。三日間も眠っていたという事実は今でも信じ難いが、こうして私は生きているのだから、きっとそこに理由があるのだろう。


 “死にたかったはずなのに、生きることを許された”——そんな矛盾を抱えながら、私はそっと目を閉じる。この世界で何を掴むのか、どこへ向かうのか、それはまだ何も決まっていない。だが、この一歩が私の“再生”となるかもしれない。漠然とした希望を胸に、私は眠りの深みに落ちていく。



 ### 夜明け前の囁き


 いつからか、浅い夢の中にいた。遠くで人の声が聞こえる。ドクン、ドクン、と脈打つ鼓動。私はその音に引き寄せられるようにして、ほんの少しだけ意識を覚ます。部屋の空気は冷たく、石壁から染み込むような寒さを感じた。


 ドアの向こうで誰かの足音がしたような気がするが、確かめる気力もなく、またまどろみに落ちる。時折、微かな痛みが胸をチクリと刺す。それは……後悔なのだろうか。死の淵から無理やり引き戻された現実に、心が追いついていないだけなのかもしれない。


(私……本当は、何がしたいんだろう……)


 そんな疑問がふと湧くが、すぐに意識は再び遮断される。夢と現実の狭間で、私はただ漂う。自分の意思なのか、誰かの意思なのかもわからないまま。天井の向こうには、赤紫の空が広がっているはず。明日が来れば、また魔族の人々に会わなければならない。――不思議と、それをほんの少し楽しみにしている自分がいた。


 一度死んだはずなのに、なぜこんなにも“生きること”への興味が湧いてくるのだろう。わからない、でも確かなのは、私がもう一度足を踏み出すべきだということ。どうせなら、ここで息絶えるよりは、何かを掴むまであがいてみたいという気持ちが心の奥にある。


 そして、いつしか完全な眠りが訪れる。血の通った感覚、肌で感じる石の冷たさ、吐く息の白さ。すべてがリアルで、ここが“虚無”ではないのだと教えてくれる。――明日になったら、私はもう少し動けるようになるだろう。魔族と話をして、この世界を見て、そして勇者と呼ばれる相手がどれほどの脅威かを知ることになる。


 “召喚された存在”、"失敗作"と呼ばれるかもしれないが、私にとっては再スタートかもしれない。そう自分に言い聞かせるようにして、深い眠りへと落ちていく。



 ### 朝の訪れ――新たな一歩


 次に目が覚めたとき、部屋の中は仄かに明るかった。どうやら魔導ランプが自動で光量を調整しているらしく、昼夜の感覚を部屋の中でも作り出す仕組みだと後でミアから聞くことになる。


 布団から上体を起こすと、まだ多少の倦怠感はあるが、昨日よりはだいぶマシだ。足元にそっと力を入れると、よろめきはするが、歩けそうだ。――エルザに「立て」と言われたときほどの辛さはない。


(本当に……生きてるんだな、私……)


 改めて思う。死んだ先がここなのか、死にかけただけで救われたのか、それさえ定かではない。でも、少なくともこの身体は自分のものだ。まだ傷が癒えきってはいないかもしれないが、少しずつ動き始めなきゃ。何もせずにいたら、いずれ後悔するだろうから。


 ノックの音が聞こえ、「失礼しまーす」とミアの声がした。ドアを開けて入ってきた彼女は、また違う衣装を着ている。昨日は部屋着っぽい感じだったが、今日は少し動きやすそうなローブを羽織っている。胸元には魔導石らしきクリスタルが揺れていて、光が微かに明滅していた。


「おはようございます、シオンさん。体調はいかがですか?」


「うん、昨日よりはだいぶ楽かも……」


 笑みを返しながら、布団からすっと立ち上がる。ほんのわずかに頭がクラクラしたが、すぐに安定する。ミアが安心したように頷いた。


「よかった。今日は少しずつ城内を見学しながら、身体を慣らしましょう。ガルザ様も、あなたの状況を知りたがっていましたからね。」


「ガルザ様……ああ、召喚術を統括しているっていう老魔族、だっけ?」


「そうです。たぶん午後くらいにお時間をもらえると思いますよ。」


 エルザは朝早くから巡回に出ているのか姿が見えないらしい。ともかく、私はミアの案内で、この城の中を少し回る予定になっているようだ。


(……そうだ、まずは自分の足で立って、この世界を見なきゃ。)


 眠る前に考えていたことが、再び頭に浮かぶ。私はそっと胸に手を当て、深呼吸する。――大丈夫、昨日よりは確実に動けるはず。自分で選んだわけじゃないけれど、この世界で生きると決めた。ならば、受け入れるしかない。


「よし……行こうか。ミア、案内してくれるんだよね?」


「はい、任せてください♪」


 ミアが嬉しそうに微笑む。その明るさに、私の気持ちも少しだけ浮き立つ。なんとなく、彼女と一緒にいると安心できるのは、きっと心の優しい魔族だからだろう。――魔族、という言葉すらまだ馴染まないけど。


 扉を開けると、昨日と同じように石造りの廊下が待っていた。私は杖でもついて歩くかのように壁に手を添えながら、一歩ずつ進む。足取りはおぼつかないが、昨日と比べれば雲泥の差だ。


(大丈夫、私はまだ生きてる。)


 そう心で呟きながら歩みを進める。ここから私の物語が始まるのだと思えば、多少の倦怠感など気にならない。――死にたかった過去を、少しずつ忘れていけるだろうか。忘れてしまっていいのかはわからないけれど、少なくとも前を向かないと始まらない。


 こうして私は、角ある魔族たちの城を歩き出す。"失敗作"と呼ばれるかもしれないが、今度こそ自分の足で立って、自分の意志で進むために……。



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