星の船出
気がつけば、闇の中にいた。
ねっとりとまとわりついてくるような、闇。一寸先も見えない闇とは、このことだろうか。私は、途方に暮れて周りを見回す。
空を見ても地面を見ても、光はない。ただ、どこまでも闇が広がっているだけだ。
軽いパニックに襲われた。
ここは、どこだ。私は一体、どこに迷い込んでしまったのだ。
「誰か、いませんか?」
叫んでみても、私の声は闇に吸収されるだけ。
「誰か、いませんか!」
更に叫び、耳を澄ませる。耳が痛くなるような静寂があった。
まるで、私ひとりを残して世界が滅んでしまったかのような感覚に襲われる。
ここには、何もない。誰もいない。
私は無我夢中で駆け出していた。そうすることで、この闇から逃れようとして。
だが、走っても走っても、闇はいつまで経っても私を取り巻いている。
そうして、気づいた。
自分がどこの誰で、ここに来る前に何をしていたのかもすっかり忘れてしまっていることに。
この闇か。この闇が、私から全てを奪うのか。それならば、すでに目も耳もなくなっているのかもしれない。だから、こんなに暗くて、静かなのかと。
私は笑った。
孤独が、私をおかしくしてしまったのだろうか。意味もなく、笑いが止まらずにいた。
その時だ。
小さな光が見えたような気がした。青白く輝く、光明。ずっと渇望していた、光明だ。私は急いでそちらに向かって駆け出す。光が消える前に。
だが、光はすぐに消えた。落胆する間もなく、また小さく瞬く。
からかっているのか?
今度は注意深く、そろそろと近づく。光はまたたき、また消える。
誰かがいる。
闇は相変わらず濃く、見えるわけではないが、そんな気配を感じる事が出来た。
不安と恐怖、そして高まる期待感に満たされる。
誰か、居るのか?
また、小さな光が瞬いた。その光に一瞬照らし出されたのは、少年の顔。
少しほっとして、私はその少年に声をかけた。
「何をしているんだ?」
「ああ」
と、少年の声が答える。
「僕はね、星の欠片を集めているんだ」
そう言って手に持っていた袋の口を開ける。そこから光が溢れた。
「星の欠片?」
何とも詩的な表現だ。光を放つ何かが落ちているのだろうか。
闇の中で目を凝らす。目をしっかりと見開いていると、やがてそこに砂の粒よりも小さな光を見つける事が出来た。
これが、星の欠片なのか。
伸ばした手の先で、光はすぐに闇に紛れてしまった。こんな小さなものを拾うことは、不可能だ。
それでも少年はゆっくりとそれを拾い上げてまた袋に入れる。袋の口を開いた時だけ、小さな光が溢れる。
「それ、ずっと開けておくわけにはいかないのか?」
「どうして?」
「ここは、暗すぎる」
そう言うと、少年の困ったような声が答える。
「ごめんね。でも、それは出来ないんだ。星の欠片が見えなくなるもの」
そう言って、少年はまたひとつ欠片を拾う。
「集めて、どうるんだ?」
「海に帰すんだよ」
海に?
「もうすぐ、船が出るからね。それまでに集めてしまわないと……もうちょっと、待っていてね。君も連れていってあげるから」
この少年が何者なのか、いや、自分のことすら誰かも解らないのだ。そんなことはどうでも良い。
とりあえず、話が出来る相手がいる事に嬉しさを覚えた。
「海に行けば、どうなる?」
「星になるんだよ」
ああ、そうか。
そう言うことか。
やっと、ここが何処なのかが解った気がした。そして、自分に何が起こったのかも。
しばらく作業を続けていた少年が、やがて私の手を取る。袋からひとつまみの星の欠片を取り出すと、それは私の足下をぼおっと照らしてくれる。
「さあ、行こう」
少年に先導されて歩きながら、私は彼に問いかける。
「君は、何者なんだ?」
「私がどうしてここに来たのか、解るのか?」
「私が誰なのか、知っているのか?」
私の質問に、少年はおかしそうに笑った。
「そんなこと、どうだっていいじゃないか」
そうだ、確かにどうでも良いのだ。私はただ、彼と話がしたかっただけだ。
そう、孤独と戦うのはもう飽きていたから。
「ほら、もうすぐだ。潮の香り、解らない?」
言われて鼻をひくつかせる。どこか懐かしい香りが鼻孔をくすぐった。
それは、遠い遠い昔に嗅いだことがある匂い。そう、母の胎内で嗅いだ匂いに似ていた。
海についたのか。でも、相変わらず闇は深く、どこからが海なのかが解らない。
「じゃあ、星の欠片を流すよ」
そう言って少年が袋の口を開ける。
闇の海に、青い光がきらきらと広がった。それは、海に浮かぶ夜光虫の群れのような、輝き。まるで、星の海だ。
その美しさに目を奪われていると、声が聞こえた。
星の海に、いつの間にか一隻の船が浮かんでいた。そこに居る人々が私を手招いている。私を、呼んでいる。
「あれに、乗るのか?」
尋ねると、少年が頷く。
「良い浪が来ている。きっと、良い旅になるよ」
私が乗り込むと、船は出航した。
星の海を道しるべに。遙かな……その、地へと。
この作品は、参加申請中の「5分企画」(弥生祐さま主催)の習作、別の言い方をすればボツ作です。
実は、書きたい作品が二つあって、そのうちのひとつでした。気に入っておりますので、あえて習作としてUPしました。
推敲前に下読みをしていただいた、ある作者様たちへ、本当にありがとうございました。m(._.)m




