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出陣

 ついにこの日が来ました。

 私たちは、ゆったりとした足取りで、ドラゴンが滞在しているという渓谷に向かいます。

 足音は二つだけ。


「結局、皆、薄情な者だ。志願者しか連れて行かないと言ったら誰も志願してこなかったのだから……まあ、処刑台に自ら上るようなものだから仕方ないが……」


 次期殿を守る気概があれば、出世も間違いないというのに、志願してくるものはいませんでした。

 ただ、それは、

 

「いいことですよ。こちらの世界には、主君に命じられて、腹を切るようなものはいないのですから」


 私の前世では、主君に命じられて、忠義を見せるためだけに、自ら腹に刃物を突き刺す者がいました。


「腹を切るだと!? 怖いことを言うんじゃない。さすがに自分の命より、主君を取るものはいないだろう」


「そう思える若は、素敵ですね」


 自らの命が一番大事。

 それが、人間らしさというもの。

 元の世界で異常だと思っていたことが、正しく異常であると指摘してもらえて、ワタクシは胸がすく思いでした。


 ワタクシは、晴れやかな気持ちで太陽の日差しに目を細めます。

 今日という日が素晴らしい日に思えてきました。


「ワタクシにとっては若と二人っきりというのは、願ったり叶ったりですわ」


「なぜだ?」


 ワタクシは、意外そうな若に笑って見せます。


「二人っきりということは、つまり、逢瀬ということですからね」


「逢瀬とはなんだ?」


 言語は同じはずなのに、時々通じない言葉があります。

 方言のようなものでしょうか。


 ワタクシは、若に柔らかく微笑んで言った。


「こちらの言葉では、デートでしょうか」


「で、デートだ!?」


「嫌でございますか?」


「い、嫌ではないが、デートならもっとふさわしいところがあるだろう。観劇や音楽の演奏会に行ったり……すくなくともドラゴンを倒しに行くことではないはずだ。お前は何かしたいことはないのか?」


「季節の花でも眺めながら、お茶を飲みとうございます」


「それはいつもしているだろう。欲がない奴だな」


「変わらぬ日々が尊いのでございます。ただできれば……」


「できれば?」


「若と一緒がうれしいですね」


「ドラゴンを無事倒せれば、いくらでもしてやるよ」


 ワタクシは、若に詰め寄って言った。


「本当ですね?」


「ああ、俺は嘘はつかない」


「約束ですよ!」


 ドラゴンを倒します。

 そして、生き残ってみせましょう。

 ささやかな自分の望みのために。

 それが、人間らしさなのですから。


◇ ◇ ◇


「ついに見つけたぞ」


 若の見つめる先に、目的の生物がいました。

 赤き鱗を持つ、火山から生まれたと言われる炎の化身。

 火山竜ボルケーノドラゴン。


「さて、いきましょうか」


 ワタクシは、竜にまっすぐ歩いていきます。


「おい! 正面から行くのか?」


「もちろんです」


 ワタクシの武器は、薙刀。

 近づいて、振り下ろすそれだけです。

 真っ向勝負こそが人生。

 小細工は必要ないでしょう。

 

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」


 ワタクシの頭に、前世での流行り言葉が駆け抜けます。


『やればできる、やらなければできない、何事も。できないのは、その人がやろうとしないから』


 竜だろうがなんだろうが、倒そうと思えば倒せるそういうことです。

 もちろん気持ちだけではどうしようもないことも世の常。


「備えあれば憂いなし」


 魔力を生み出せないこの魂でどのように魔法に対抗すれば良いのか。


 武器、防具を揃えました。


 今日のような日がこないといいと思いながらも、武芸に励んできました。 


 全ては整っています。

 

「わびさびの心こそが大切なのです」


 すべてを受け入れる心。


 あの日見た炎の残酷さ。


「それすらも乗り越えてみせましょう」


 前世の過去に決別し、今こそ前に進みます。


 隣で若が剣を抜きます。


「相変わらずなに言ってるかわからぬが、よい。俺も全身全霊で戦うとしよう」


 なにより最愛のパートナーが隣にいてくれます。

 これほど心強いことが他にありましょうか?


 あなたとふたりでならどんな困難も乗り越えていける。


 心技体すべてを揃えて、ワタクシは薙刀を構えます。 


「いざ尋常に勝負です!」

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