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訓練

 ワタクシは、年老いても、なお強い勇者たちにしごかれボロ雑巾のようになって倒れかけた若を支えます。

 そのまま椅子に座らせます。


「そう簡単にはいかぬか」


「ふふふ、何事も積み上げでございますから」


「そうだな。不甲斐ない」


 人生で初めて全力をだしたのでしょう。

 若の運動神経は悪くありませんし、それなりに訓練もやっていたようですが、実戦経験がありません。

 初めて自分の実力が正しく計れて気落ちしています。


 ワタクシは励ますために、自分の膝を叩きました。


「膝枕でもいたしましょう」


「そ、そんなことはしなくていい」


 顔を逸らし、真っ赤にする若は可愛らしい。

 婚約者なのですから、遠慮しなくていいのに。


 仕方ありません。

 他の方法にいたしましょう。

 ワタクシは得意のお茶をいれて差し上げました。 


「どうぞお茶でございます」


「ん? うまいな。しかもこの間とちがい飲みやすい」


「訓練向けの水分多目のものですわ。お茶とは、用途に合わせるものなのです」


 若はワタクシの服を見ます。


「なるほど。お前の着ている服もそうなのか」


「ええ、これは馬乗り袴と言って、股の部分が分かれております。見た目以上に動きやすく戦いに適した服です」


「奇っ怪な服だとおもったが、ちゃんと考えられているのだな」 


「きっと若も和服似合うと思いますよ」


 若は、私の言葉に眉根を寄せます。


「俺にそんな柄を着ろと言うのか?」


 和服というのを花柄の服のことだと思っているようです。

 確かにワタクシが来ている着物はそのような物ばかりなので、誤解しても仕方ありません。

 ワタクシはクスクス笑いました。


「もちろん柄は男物でございます。若は黒や紺などが良いでしょう。男女で、着方も違いますよ」


 ワタクシは地面に枝で、絵を描いてみせます。


「そういったものもあるのか」


 どうやら若も和服が気に入ってきた様子です。


「ワタクシの前世の文化にも、興味を持ってくれてうれしゅうございます」


「良いものは取り入れないとな」


 そういった前向きなところが若の良いところ。

 

「それにしても良いのですか?」


「なにがだ?」


「ドラゴンはワタクシ一人で倒してきますのに」


「お前は婚約者を一人、ドラゴンの元に送り込んだ最低な人間という烙印を、俺につけたいのか」


「ですからちゃんと皆の前で、宣言したではありませんか。勝手にワタクシが倒しに行った……みなそう思いますよ。それに、若はワタクシと婚約破棄したかったのでしょう?」


「俺はお前に自由になってほしくて……」


「えっ? なんと言いましたか?」


 ボソボソ言っていてよく聞こえませんでした。


「なんでもない。大体なんでお前はそんなに強いのだ。元勇者たちもお前には訓練しようがないと言っていたじゃないか」


「それぞれ理由は違いますが……」


 魔法関係は、魔力がないため、教わりようがありません。

 しかし、単純な武術は、ワタクシの圧勝です。

 単純に老いぼれた勇者たちよりも、前世の記憶もあり経験量があるからです。

 それに、ワタクシは、幼い頃から自らの前世の知識を元に鍛えていました。

 女の身であり、平和な現世でも、鍛えていたのは……。


「この世界にも、魔王がいたと聞いたからでございます」


「この世界にも? 前世にもいたのか?」

 

「はい。ワタクシの前世は、戦国の終わり、遠い国では第六天魔王と呼ばれる武将が暴れまわっていたとも聞いております」


「なんだその恐ろしい名の魔王は、どんな魔力や魔法を持っているのだ?」


「魔力や魔法などありませぬ。身一つで神仏すらも滅ぼす者だったと聞いております」


「魔法も使えぬのに、神すらも殺そうとするのか……お前はそんな世界で生きていたというのか」


「それが普通でありましたから……」


 小さな国がひしめき合い、男たちは野望に燃えて、策略を尽くして殺し合う――地獄よりも地獄な世界でした。

 女子供であっても、禍根になることを恐れて、殺しつくされる世の中で生きていけば、身を守る武芸も必死で覚えるというもの。


「結局はその魔王も裏切りにあり、部下の一人が世界を統一しました」


「なんだと。では、その世界を征服した次なる魔王はどんな勇者が倒したのか?」


 若の言葉に首を振る。


「いいえ」


「いいえとは?」


「勝ったものが正義……つまり、勇者なのです」


「負けたものが悪ということか」


「そうなります。それが戦というものです。正義とは、勝った側が残すもの。負けたものは、歴史から消えていきます。前世のワタクシの故郷は、元の世界でも二度と語られることもないでしょう」


 生き延びた後も、国のことを話すことは二度とありませんでした。

 前世の祖先の生きた証はどこにも残されていません。

 私を救ってくれた憧れのあの人も……。


「それは、あまりに悲しいな……」


 ワタクシの悲しさを受けてか、若が目を伏せます。 

 

「いつ何時そのような世がこの世界にも訪れるかわかりませぬ。備えるしかなかったのです」


 不安を拭うためには、自分が強くなるしかありませんでした。

 自身の一振りが、大切な人――若の未来につながると信じて。


 そして、災禍はいま、ドラゴンによってこの国にもたらされようとしています。


「そうか。なら泣き言を言っている場合ではないな。俺はそんな世にはしたくない。今からでも出来る限りのことをするとしよう」


 若は、すくっと立ち上がると、再び、元勇者の待つ訓練場へと歩みを進めました。


 ワタクシは若の背中を見つめながら、小さな声で言いました。


「そんな若だからこそ、ワタクシは尽くしたいと思うのです」


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