準備
お茶会がお開きになった城は急に慌ただしくなりました。
「どうしたのでしょうか?」
「聞いてきます」
じいやが城の者に確認しに行ってくれました。
「どうやら、国外で育ったドラゴンが国土に入り込んでこようとしているようです」
「なるほど、若もいつまでも戻ってこないと思ったらそういうことですか」
きっと対策案を考えているのでしょう。
他の令嬢たちにもどうやら事情が伝わっているのかあちこちでその話題で持ちきりです。
「嫌だわ、どうしましょう」
「軍が何とかするでしょう?」」
「国王様がなんとかしますよ。きっと……」
皆怯えているものの、他人事のように話しています。
誰一人、自分でどうにかしようとする者はいません。
ワタクシは、持っていた魔石で他の令嬢たちの魔力の大きさを調べてみて、ため息をつきました。
この世界の本来の住人には魔力があります。
特に男性に比べて、女性は魔力が高いのです。
この者たちが色恋沙汰だけでなく、ほんの少しだけでも、魔法に人生をかかげて束になって立ち向かえば、竜など簡単に倒せることでしょう。
「それも、仕方ありませんね」
死ぬかと思うほど酷い目に合わなければなかなかわからぬものです。
ただ国が滅んでしまった後嘆いても失ったものが元に戻るわけではありません。
「誰かが何とかしてくれるかもしれませんしね」
とはいえ、ワタクシも一緒になって他人に期待する気も、魔力などというないものねだりをする気もありません。
「では、準備はじめましょうか」
「お嬢様、いったいなにをするつもりですか?」
じいやの質問にワタクシは笑って答えました。
「もちろん。ドラゴン討伐ですよ」
◇ ◇ ◇
王の間で俺たちはうんうん唸っていた。
「魔王を倒した勇者パーティーを招集するというのはどうだろうか?」
とりあえず、何もないよりはいいと思い、案を出してみる。
「王都に住んではおりますが、なにぶん魔王を討伐したのは、50年前、勇者も賢者も魔法使いも僧侶もみな老いぼれております」
「そうか……」
魔王を討伐してから、すっかり平和になってしまったので、腕の立つ者がめっきり減ってしまった。
平和になったことは、いいことではあるのだが、ドラゴンが現れたとなると話は別。
人数のゴリ押しで倒せるような存在ではない。
口から放たれる高濃度魔力のドラゴンブレスをしのぎ、一撃で人を粉々にする腕を防ぎ、並みの武器では全く傷のつかない鱗に覆われた体にダメージを与えなければならない。
それこそ、勇者のような者でなければ……。
皆の顔が絶望に沈んでいると、
バンッ!
王の間の扉が勢いよく開かれた。
「では、ワタクシがドラゴンを倒してみせましょう!」
現れたのは自分の婚約者、侯爵令嬢ユアリティー。
堂々とした凛とした佇まい。
誰もがぽかんと口を開けてその姿を見ていた。
ユアリティーは、桜の花びらをあしらった上着に、スカートとは全く違う真っ黒な謎の服を着ている。
仕方なしに自分が代表して尋ねることにした。
「なんだその服は」
「袴でございます」
奇怪な服装はいつものこと、それよりも。
「なんでお前がその武器を持っている?」
勇者が使っていたとされる宝剣を先端に付けた、柄の長い武器を担ぐように持っていた。
「ワタクシ用の薙刀に改造いたしました」
しっかり宝物庫に保管してあったはずだが、勝手に持ち出した挙句、改造まで……、本当にやりたい放題だ。
「それに今さっきなんと言った」
「ドラゴンを倒してみせましょう!」
「誰がだ?」
「もちろんワタクシが」
「そんなできるわけが……」
「命にかえてでも倒してみせます!」
「どうしてお前はそうなのだ。もっと自分を大事に」
「ワタクシは死など怖くありません」
「そうだろうがなぁ!」
自分の身を人質にして、婚約破棄を撤回させるような女だ。
確かに怖くはないのだろう。
だが……。
「ドラゴンを倒して、お前になんの得があるというのだ」
兵士たちですら、ドラゴン退治に志願するものはいないというのに。
ユアリティーはまっすぐな目をして見つめてきた。
「ワタクシは、あなたに恩をお返ししたいのです」
「恩だと? なにもしていないであろう」
「あの炎の中で最後まで守ってくれた勇姿忘れるはずがありません」
「何の話だ。それは俺ではない。そんな記憶はない」
「なくてもいいのです。城から逃げ延び、身分を隠し、他の方と結婚し、子をなして、ゆっくり幸せに過ごしました。心残りはあの方が、ワタクシのために死んでしまったこと。ワタクシを見捨てれば、自分は生き延びることができたでしょうに」
「昔、聞いた前世とかの話か。それが本当だったとして、俺に何の関係がある」
「情けは人のため為ならずです」
「はぁ? ためにならないなら、情けなどかけなくてもいいだろう」
「そのような意味ではないのですよ。人にした親切が自分に戻ってくるということ。つまり自分の為なのです」
いつものように、訳が分からない。
「なぜ、俺に情けをかけることが自分のためになる?」
「この世でも、皆がワタクシの服装を笑う中、あなただけが似合っていると言ってくださいました」
「それは子供のころの話だろう。俺が自分の立場もなにもよく理解していなかった頃の……」
「その言葉一つでワタクシは幸せです。あなたが治める国のため、ワタクシはドラゴンを倒します!」
迷いのない言葉。
まぶしいほどのまっすぐさ。
「ああ、もう」
いつもそうだ。
俺の言うことなど、一度たりとも聞いたことはない。
俺が何を言ったとしても、勝手に出発しドラゴンを倒しに行くのだろう。
俺は、部下に聞いた。
「ドラゴンが襲来するまでどのくらいあるのだ」
「一月ほどかと」
長くはないが、まったく何もできないというほどでもない。
「急ぎ、勇者、賢者、魔法使い、僧侶を招集するのだ」
「ですが、先程、申した通り、もう老いぼれており……」
「戦わせるわけではない。指導を依頼する」
「指導ですか?」
「ああ、特訓だ!」
ユアリティーが初めて不思議そうな顔をして聞いてきた。
「若、それはどういうことですか?」
「俺も一緒に出陣するといっておる!」