お茶会の後
若がいなくなり、一気に華やかさが抜けた他の令嬢たちを見つめます。
ワタクシに、恨みがましい視線を向けているような気もします。
直接、なにかを言われたりすることもないので、青い小鳥の羽の美しさを眺めながらお茶会を楽しんでしました。
「ユアリティーお嬢様、ユアリ様……雪花様」
ワタクシは、ようやく自分が呼ばれていることに気づきました。
「あ、はい。」
どうやら、じいやが、お茶会の片づけに来てくれたようでした。
「いつになったら、本名で返事してくださるのですか」
「すみません。どうも忘れてしまって」
「本名を忘れないでください……」
じいやが悲しそうな顔をします。
親不孝者といわれても仕方ないでしょう。
ただ、どうしても前世の記憶が長いので、この世界での自分の名前がなじみません。
どうして前世と言語は同じはずなのに、名前は変な名前ばかりなのでしょうか。
不思議でなりません。
名は体を表すというので、あの色とりどりの宝石のような瞳と髪には、ワタクシのような名前は似合わないかもしれません。
「それにしても」
つまらなそうにしている他の令嬢たち見ながら、じいやに言います。
「みなさま、お茶会に飽きてしまわれたようですね」
「お嬢様、みな王子の妻、つまり王妃の座を狙われているのです」
「そうなのですか? ワタクシと婚約していますのに」
「婚約破棄は定期イベントなのです。家柄良いもの同士で繋がりを強くするため、本人たちの意思に関係なく物心つく前から結ぶのが婚約制度。ただし王子ともなれば、多少のわがままが通るので、婚約破棄をする者が後を絶たないのですよ」
「そうでしたか。それなら、若も婚約破棄などせずに、全員側室にしてしまえばよろしいのに」
「お嬢様はそれでよろしいのですか」
「ええ、若が幸せならそれで。美女三千人ぐらい集めるとよいかと」
「さ、三千人ですか?」
じいやは、なぜか目をまわしています。
「ええ、若ともなれば、そのくらい普通でしょう。ワタクシは上臈御年寄となり、若を支える所存です」
「じょうろ? 相変わらず、お嬢様は、よくわからないことをおっしゃられますね」
「上臈御年寄とは奥女中の最高権力者のことですよ」
「余計わかりません」
「確かこちらの言葉では、ハーレ? ハレルヤ? そんな感じです」
じいやは首をかしげています。
ちがったかもしれません。
「それにしても、お嬢様があんな嘘で婚約破棄を乗り越えるとは思いませんでした」
「嘘?」
じいやの言葉に、今度はワタクシが首をかしげます。
「なんのことですか?」
「ですから、先程の婚約破棄の件ですよ。遠くからでしたか声はよく聞こえましたので。その刀は模造刀ですか?」
ワタクシは、じいやの前で懐刀を抜いて見せます。
月のように美しい刃が現れます。
「こ、これは……」
「この刀も本物ですし、歯の奥に毒を仕込んでいるのも本当ですよ」
じいやは、冷や汗を流します。
「ほ、本当に?」
じいやはどうやら信じていなかったようです。
「ふふふ、ワタクシは嘘つきませんよ」
前世で姫君だったのは、本当ですが、なんやかんやあってきっちりよぼよぼのおばあちゃんになって、子供に囲まれ、天寿を全うしてしまったのであんまり死は怖くありません。
ただ心残りもあります。
炎に包まれた城で、隠し通路まで、手を引いてくれて、逃がしてくれた名も知らぬお侍様。
最後に一瞬だけ見つめてくれた優しい瞳。
戦場に勇ましく戻っていく逞しい背中。
忘れられるわけがありません。
いつか御恩をお返したいと思っていました。
ですが、前世の過去に戻れるわけではありません。
なので、前世で受けた恩をワタクシは若にお返しすると心に決めていました。
ワタクシは、じいやに微笑みながら言いました。
「ワタクシは、今生では後悔のない生き方を目指しますわ」
◇ ◇ ◇
俺はお茶会から一人抜け出し、城の廊下を歩いていた。
「もう、何なのだあやつは、自由に生きたければ、俺となど結婚しなければよかろうに」
自由奔放を体現したかのような女。
ユアリティー。
他では見たことがない星々がきらめく真夜中のような黒髪と吸い込まれるような黒目の持ち主だ。
いつも着ている不思議な形の服が一層魅力を引き立てている。
「ようやく心を決めて婚約破棄を言い渡したというのに……」
婚約とは、約束。
破る方が悪いに決まっている。
王子である自分はお咎めなし。
彼女にも非がないのであれば、お互いにとっていいことだ。
そのはずだった。
なのに……。
「まさか自分を人質にとってくるとは……」
父上なども、どうにか説得して納得してもらったというのに、あんな手段をとってくるとは思わなかった。
別れた後も、いくつか選択肢は用意しておいた。
ユアリティーはあまりに自由気ままに生きているので、王都では、ねたむ女が多すぎる。
どこかの田舎の領主とでも結婚すれば、頭の良さを生かして領地を豊かにしながら幸せに生きられただろうに。
「どうして、この俺と婚約を続けたいのか……」
子供の頃に、親同士が決めた話だ。
王族の次に、地位の高い侯爵家の娘というだけ。
しがらみの多い王妃など嫌なことばかり。
さっさと別れて新しい人生を歩むと良いだろうに。
「はあ」
ため息が出てしまった。
父上に今日の件を報告するため、王の間へと向かう。
なにやら王の間着くと、深刻な顔をして父上と家臣が集まっている。
「どうされた父上?」
「ドラゴンが育ってしまったようだ……」
「なに!?」
そして、自分もその深刻な顔の輪に加わることになってしまった。