第98話 新加納口の戦い 参
「若、前方に敵が」
「たぶんサルたちを破った敵だろう。あいつらの報告だと相当手強いようだが時間はかけられない。彦三郎に始めさせろ」
「は!」
秀吉と輝政を倒した敵が新加納口に向かう俺たちの行く先を阻む。わざわざ足止めを食らうわけにはいかないので、さっさと終わらせよう。
彦三郎が弓や鉄砲で攻撃を仕掛ける。さらに悠賀が彦三郎に気を取られている敵の横腹に攻撃を仕掛けた。正面から見るとわかりずらいが確かにそこには隙があった。本当に悠賀は戦況がよく見えてるな。って感心してる場合ではない。悠賀が作ってくれた隙を無駄にはしない。
「大吾、行くぞ!! 突撃だァァ!!」
「うおらぁぁぁ!!」
大吾が矛を振るい敵最前線をまとめて薙ぎ払う。やっぱり矛って槍にはできないこういうことができるんだよな。盛豊といい、素でパワーが高い人は槍より矛を好む印象だ。ちなみに矛というのは槍の前身のような武器で斬撃と刺突どっちもできるのが矛、刺突特化が槍、斬撃特化が薙刀だ。こう言うと矛が一番万能でよさそうに見えるが矛は重量があるからそうとも言えない、むしろこの3つで最も使用者が少ないのが矛だ。重いイコール扱いずらいだからね。
だが大吾はそんな扱いずらい矛を軽々と振るい、次々と敵を倒していく。結局のところ武器なんて自分がうまく扱えるかっていう話だしね。そして俺が最もうまく扱える武器は……もちろん銃だ。リボルバーで敵の将校らしき人を次々と遠距離から狙い撃ちにする。相手の将がどれだけうまく策を使えたとしても、それを兵士に指示する将校がいないと策は使えないからね。
敵は次々と将を失い、大吾に次々と首を跳ね飛ばされていく前線の地獄のような様相を目にした兵は次々と逃げて行った。そして残されたのは敵指揮官とわずかな兵士のみ。無論、その程度の戦力では俺たちの相手にはならない。
「投降しろ、命は保障する」
「ふざけるな!! 誰が投降などするものか!!」
「この侵略者どもめが!!」
「くたばるのはお前らだ!!」
俺が善意でそう声をかけたというのに敵兵士は囲まれているという状況の中そんなことを口走る。だが敵指揮官だけは違った。
「降伏する。私はどうなってもいいが兵士の命は助けて欲しい」
「我が主・信長様に誓う。お前が指揮官か?」
「ああ、市橋長利だ」
「お前は聡明なようだ。俺の下につけ、いきなり部隊長にしてやるよ」
こいつは後の天下人であるサルをコテンパンに打ちのめした。部隊長にするだけの価値はある。
「……なぜ私を?」
「織田はこれから勢力をもっともっと広げていく。部下は多ければ多い方がいい。それだけだ。使えないと判断したら切り捨てる」
逆に言えばこいつが俺に価値を示し続ける限り殺さない。その意図が伝わったのかはわからないが結果的に長利は、
「選べ、今死ぬか、俺に仕えるか」
「配下に、なります」
「許す。捕えた兵たちは各隊に分散させて連れていけ。急ぐぞ、新加納口に」
「お待ちください。今から新加納口に向かってもおそらく遅いと思います。今斎藤軍を率いてる竹中半兵衛殿は私が知る限り、最強の武将です。新加納口には半兵衛殿が織田軍が攻めてくることを想定して大量の伏兵がいます。あそこに入った軍は一日も経たずに全滅するよう、半兵衛殿がありとあらゆる場合を想定して策を立てていましたから」
「なんだと!? 竹中半兵衛なんて聞いたことも無いぞ」
「まだ若いですから。一昨年、犬山城の戦いがあったとき、斎藤軍を率いて信長殿を退けたのが初陣だったはずです」
あの時も確かに信長は長時間足止めされて結局負けたんだっけか。そんな厄介な武将がすべての場合を想定して伏兵をおいた配置した所で戦をしてるってのか。ならなおさら行かないと。
「隆康と悠賀は木曽川沿いに進んで尾張側から新加納口に入れ。残りは俺と一緒に美濃側から行く!!」
「お待ちを、本当にいかれるのですか?」
「ああ、主人が死にかけてるんだったら俺が助けてやらないとな」
「……わかりました。私も僅かながらではありますが半兵衛殿の策を知っております。お役に立てるでしょう」
「ああ、お前は俺たちの方について来い。くれぐれも後ろから刺したりなんて考えるなよ」
俺たちは信長を救出するため新加納口へ急いだ。
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「頭をできるだけ下げて尾張側に向けて走れ!!」
「ダメだ!! 尾張側にも敵がいる!!」
両側の高地から矢を撃たれ続け織田軍はもうそろそろ限界に近い。大きな一手が必要だ。
「勝家、利家、長秀、可成、お前たち4人で尾張側に活路を拓け。早くしなければここで全滅する。俺たちの命運はお前にかかっているぞ」
「は!」
「お任せを」
先頭に織田家有数の猛将を配置した全力の突破陣形。これで脱出できなければここで織田軍は全滅する。
「行くぞ!! 全軍、突撃だ!!」
「「ウオオオォォォ!!」」
織田軍全力の突撃を迎えうつのは美濃3人衆が一人氏家直本。斎藤道三の代から斎藤氏に仕え、数々の武功を上げてきた名将だ。直本は何層にもわたり防御陣形を展開し、織田軍の攻撃を受け止めようとする。だが織田軍の全力の攻撃だ。そう簡単には止められない。一層、二層、三層と勢いよく抜いていくがそれも五層までだった。五層に到達したときには勢いが衰え、七層に入る時に止められた。
「クソォォォ!!」
「最後の手だったのに!」
「も、もう終わりだ……」
織田軍の中にはもう諦めてへたり込む者もいる。信長も思わず唇を強くかんだ。
「放て!!」
勢いが完全に止まったところに一斉に敵の矢が降り注ぐ。終わった、ここで全滅だ、とだれもが思った。
「撃てぇぇ!!」
だが終わりの瞬間は訪れなかった。突如、左側の高台に鉄砲、弓隊が現れ、右側の敵の弓隊に攻撃を加え始めた。その部隊の旗印は……丸に立ち沢瀉、坂井氏の家紋。今それを使っている武将は……
「大助!!」
信長が名前を呼ぶのとほぼ同時に美濃側の包囲を突破して矛を持った大男とリボルバーを構えた若い男が戦場に乱入してくる。さらにそれに続いて味方が続々と。
「信長様!! ご無事でしたか?」
「ああ、よく急いできてくれた!!」
近江に行っていたはずなのに。きっとどこかで話を聞いて急いで駆け付けてきてくれたのだろう。
「安心するのはまだ早いですよ、今から尾張側に脱出しましょう。尾張側からも俺の部下に攻撃を加えてもらっているので守りは緩くなっているはずです」
「そうか、じゃああともうひと踏ん張りだな」
「いえ、俺たちが先導します。皆さんはついてきてください。分断されないように気を付けて。分断されたらもう助けには戻れません」
「わかった、任せていいんだな?」
「ええ、すべて俺たちに任せてください。さあ、今しかありません、全軍撤退の命を下していただければ全員動けます」
「ああ、織田軍は全軍撤退!! 戦闘は大助隊に任せとにかく一人でも多く脱出を目指せ!!」
信長の命令で織田軍は一斉に退却を開始した。先頭と殿の最もきつい部分を大助隊が担当し、できるだけ多くの兵を尾張に逃がした。だが後ろから弓で撃たれたり、木曽川を渡るところで奇襲を受けたりなど退却の際も多くの兵を失った。
だが信長や勝家など重臣たちこそ生き延びることができたものの、新加納口の戦いは織田軍の損害2000人以上という織田軍の大敗北という形で幕を閉じたのである。