第96話 新加納口の戦い 壱
大助が長浜でデートしている頃、信長と家臣団は犬山城に集結し、再び美濃へ攻め込もうとしていた。総大将は織田信長、その他丹羽長秀、柴田勝家、森可成、佐久間信盛、前田利家ら。墨俣城の木下秀吉も参戦し、清洲守備の滝川一益と近江へ行っている坂井大助を除いたほぼ全軍で犬山城の西、新加納口から美濃に侵攻した。
墨俣城方面軍の木下秀吉と池田輝政が別動隊として動き、犬山との二方面軍で稲葉山城を囲む算段だった。
だが、犬山から出陣した信長が率いる本軍が木曽川を越えるところで問題が起きた。
「木曽川だ。これを越えれば美濃だ。一気に稲葉山城まで攻めあがるぞ」
信長方の先方・島田秀満隊300人がや対岸に着いたところでそこに一斉に斎藤軍が襲い掛かった。川を渡っている織田軍にも矢が降り注ぐ。
「あ”ッ!?」
「ギャッ!!」
「信長様、お下がりを!!」
「一度戻れ!! 一時退却だ!!」
織田勢が一度尾張側に戻ろうとすると……なんと尾張側にも斎藤軍が布陣していた。
「放てェェ!!」
尾張側の斎藤軍からも矢がはなたれる。大した数ではないが尾張側に戻れない。敵の動きが早い。もうほぼ包囲されている。
「信長様!! 撤退を!!」
「どこに逃げる場所がある!! それより権六を前に出せ、活路は前だ!!」
「前ですか?」
「前の秀満と権六の突破力で前に抜ける。墨俣城から美濃へ侵攻している猿と合流して墨俣側から尾張へ帰還する」
「なるほど、では勝家殿を前に……」
「お待ちください!!」
信長と利家が判断し軍を動かそうとしたところに慌てて前に出てきた長秀が待ったをかける。
「そんなことをすれば激しい追い打ちを受けます。もしくはここにいる斎藤軍が尾張に雪崩れ込み犬山城を攻められます!!」
「その可能性もあるな。ではどうする?」
「ここで敵を殲滅しましょう。奇襲で翻弄されていますが数はこちらの方が敵の倍ほどです。落ち着いて戦えば勝てます」
「なるほどな。よし、まずは勝家に秀満を助けに行かせる。長秀は後ろを頼む」
「は!」
そう、数で言うと5000弱(秀吉たちを含めれば6000強)の織田方と3000強の斎藤軍で織田方の方が圧倒的に有利な状況だった。有利な状況のはずだったんだ。
「信長様! 秀満様討ち死に!! その隊も全滅だと!!」
「なんだと!? 権六はどうした?」
「敵の大隊に囲まれています!! 救援をと!!」
「利家、行けるか?」
「お任せを。敵の指揮官は明らかにただ者ではありません。どうかお気をつけて」
「おう」
利家は自らの兵300人ほどを率いて勝家の救出に向かう。利家の隊が近づくと敵の大隊は勝家の包囲を解いて離れていく。
「又左衛門殿、感謝する。秀満殿のことは申し訳ない」
「ええ。それよりすぐに包囲を解いたのが気にかかります」
「どうせ殲滅する敵だ。私共で潰しておきましょう」
「……わかりました」
利家には直感的に引っかかるところがあったが勝家の言っていることは間違っていない。利家と勝家で逃げた敵の追撃戦を行うことになった。斎藤軍は新加納口の方へ背を向けて逃げていく。利家と勝家はその斎藤軍の背を追って美濃国の内部へ入っていく。
「ほう、1000ほど入ってきましたか。ではそれは指定の位置まで引き寄せてから直本に殲滅させてください。義道に新加納口をふさぎ、今の軍と本軍を分断させなさい。それで織田軍はほぼ詰みです」
「は!」
「信周の隊300を川にいる織田軍に突撃させなさい。信長が討てればよし、討てなくても大打撃を与えることができます。その援護で道利に弓を放ち続けるようにと」
少し離れたところから斎藤軍に指示を飛ばす竹中半兵衛。今、織田軍は”今孔明”の手のひらの上。
「ふん、今勢いのある織田信長とやらもこんなものですか。全く、面白みのかけらもありませんね」
利家と勝家の離れた信長軍に半兵衛から放たれた斎藤軍の必殺の矢、岸信周が襲い掛かる。
「信長を討てッ!! ここで憎き織田軍を葬り去ってやれ!!」
「信長様を守れッ!! あ”ッ!?」
「ギャッ!?」
「信長様、お下がりを!! うわッ!?」
信長の近臣が次々と倒れていく。信長自身も刀を抜き、敵を斬り殺していく。だが信長自身もついに敵に囲まれた。
「クソッ!! 一点突破するぞ!!」
「おお!!」
「させるな!!」
「「オオオォォォ!!」」
圧倒的な兵力差で囲まれていて一点突破なんてそうそう上手くいかない。だが敵が外側からも攻撃を受けていれば話は別だ。信長の親族の織田新十郎が信長を囲んでいる斎藤軍に攻撃を仕掛けたことで信長はギリギリで包囲から脱出した。
「新十郎、よくやった!!」
「まだ危険なことには変わりありません。殲滅は厳しいでしょう。先程から勝家殿と利家殿とも連絡が付きません」
「む、仕方ない。尾張側の敵のみを殲滅し尾張側へ一時退却だ!! 勝家と利家にも退却の旨を伝えろ!!」
「は!! 全軍退却だ!! 殿は私の隊でやります」
「任せる。行くぞ!!」
だが、その直後。
「放てェェ!!」
全方位から矢が降り注ぎ、織田の兵士が次々と倒れていく。
「今だ! 突撃だァァ!!」
信周の隊が信長と新十郎のいる所に突撃してくる。新十郎が応戦する。
「迎え撃て!! あっ?」
「新十郎!?」
「織田の武将・織田新十郎を信周様自ら討ち取ったり!!」
「「オオオォォォ!!」」
「クソッ!!」
「信長様!!」
「待たせたっすね!! オイラ参上!!」
信長の周りの兵が次々と倒れていき、再び信長が窮地に陥る。そこに乱入してきたのは長秀と可成だ。この二人はあわせて2000ほどの兵がいる。これでひとまずは大丈夫だ。
「長秀。どうする?」
「殲滅は無理ですね。後ろの敵を突破して尾張に撤退するのも手ですがそれをすると利家殿と勝家殿が敵地に取り残されてしまいます」
「先ほど使者を出したが……」
「まず届かないでしょう。すでにあっちの歓声も聞こえません。だいぶ離れてしまっているようです」
「あの二人を見捨てるのは今後のことを考えるとナシだな。なら全軍で利家と権六を追いかけ合流した後、墨俣から進軍してきている秀吉と合流して脱出するか。犬山城が攻められるのは仕方ない」
「そうですね。すべてを守るのは不可能です。では早く行きましょう。ここにいるとあっという間に包囲されます」
「ああ。可成は先鋒、長秀は殿で新加納口へ進め」
「「ハッ!!」」
信長は新加納口に兵を進める。すべてが”今孔明”の手のひらの上だとも知らずに。