第95話 同盟と今孔明
さらに数日後、ついに市ちゃんと俺の隊の一行は北近江の小谷城へ到着した。小谷城では前回追い掛け回された俺も含め歓迎された。誰も俺がお嬢様の服を剥ぎ取り、浅井長政の腹を撃ちぬいた犯人とはバレていないらしい。
「浅井家当主・浅井久政である」
「織田家大使を務める、坂井大助だ。歓迎感謝する。此度、私共は織田家と浅井家の同盟について……」
「まあまあ、その話は明日にでも。長旅でお疲れかと思います故、今夜はこの小谷城でごゆるりとお過ごしください」
「感謝する」
その夜は宴が開かれた。俺たち使節団歓迎の宴である。浅井久政・長政親子はどちらの出席しているがお嬢様ことお慶の姿はないことに俺は胸をなでおろす。お嬢様には顔を見られてるからな。
「大助殿は武勇はここ近江まで届いております。何しろ大助殿の部隊だけで犬山城を落としてしまわれたとか」
「ええ、まあ」
「織田家の中でも一、二を争う猛将だと。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。ですが織田家には優秀な武将が多くいるので一、二というのはいささか盛りすぎなような気がしますが」
「ご謙遜なさるな。一部隊で城を落とせる隊などなかなかおりませぬぞ」
浅井久政さんがなぜか俺をめっちゃヨイショしてくる。褒め殺しだ。なぜだろう、俺は怒鳴られるようなことはしていても、そこまで褒められるようなことはしていない。
「なあ、長政?」
「そうですね、同盟となれば心強いです」
久政は長政にも話を振る。長政も穏やかな笑みで答えている。正体がバレたらこの穏やかな笑顔が鬼神の如き形相になることは想像に難くない。
そんな感じでワイワイと話す俺達とは対極的に市ちゃんは緊張がほぐれない様子だ。
「市ちゃん、大丈夫ですか?」
さりげなく小声で聞いてみると、
「ちょっと大助! 聞いてないわよ、あの浅井長政ってすっごいカッコいいじゃない! 一益たちなんて足元にも及ばないくらいの!」
ドンマイ一益。
「どうしよう……結婚ありかも……!」
そこまで気に入ったのか……、やっぱメンクイだな。っていうかまだ初対面から数刻しかたってないぞ? 顔だけで決めちゃっていいのか? この子の将来が心配だ。令和だったら悪い大人に騙されてるぞ。
そんな各々の思惑が入り乱れる宴会も一刻ほどで終わり、その日は小谷城で眠りについた。
翌日は今回の来訪の目的である同盟についての会談をした。同盟といっても互いに攻撃しない、美濃の斎藤氏への牽制のお願いなど簡単なものばかりなので会談は比較的スムーズに進んだ。
「~~ひとまずこのような形で如何でしょう? 何か付け足したいことなどあれば……」
「ああ、一つだけ。越前の朝倉氏、我らは長らく仲良くさせてもらっているのだ。もし、万が一にですが織田が朝倉を攻めるときは浅井に一報入れて欲しいのです」
一報入れろって言ってるけどこれほぼ朝倉攻めるんじゃねえぞってことだよね。まあ尾張から越前なんて日本縦断する距離だし攻めるとしてもだいぶ先になるだろう。今、この条件をのむことのメリットの方が大きい。
「わかりました、お約束いたします。あとは……信長様の妹君、お市様とそちらのご子息・長政殿の婚姻についてですが」
「ああ、それは長政本人も呼ばないとな。おい、長政を呼んで来い」
「ハ!」
久政の命令で長政が連れてこられる。そして久政が単刀直入に聞いた。
「長政、お前、信長殿の妹君、お市の方と結婚しろって言われたらどうだ?」
「私としては側室としてなら構いません。私の方よりお市殿の方はどうなのですか?」
「わかりません。断固拒否、という感じではありませんがまだ悩んでいるようです。これに際しまして近いうちにお市様と長政殿の顔合わせをしたいと考えておるのですがいかがでしょう?」
「構いません、大助殿もここに長居は出来ないでしょうし明日にでも。ですが私とお市殿の婚姻がなくても同盟は結べます。あくまでも婚姻は織田と浅井の関係を強固にするためのものですから」
「そうですね。ではここでひとまず……」
「ええ」
俺と久政が握手する。続いて長政とも。
織田と浅井の同盟が成立した瞬間だった。
その翌日に長政と市ちゃんの顔合わせが行われた。俺や久政はそこには参加しなかった。将来の夫婦への粋な計らいだ。だから何を話したのかはわからない。でも悪い雰囲気ではなかったんだと思う。なぜなら、翌日俺たち一行が尾張に帰る時、
「大助、私はここに残るわ」
「え? もしかして、結婚するんですか?」
「しない。まだ」
まだ、ねえ。
「もう少し、あの人を見極めてみる。今のところは……アリかな、って。でもまだ知らないところも多いし」
「わかりました。常道を連絡役として置いていく予定でしたので、自由に使ってください」
「ええ、ありがとう。あと、兄様にもよろしく伝えておいて」
「了解です。結婚するんだったら尾張に一報くださいね。信長様も連れて結婚式に行きますよ」
「そうね、わかったわ。じゃあ、大助たちも気を付けて」
「ええ、お市様も慣れない環境で気を揉むことも多いかと存じますが、何卒お体にお気をつけて」
「最後だけそんなかしこまった喋り方するの?」
「それも変だな。じゃ、またな! 市ちゃん!」
「ええ、大助」
そうして常道隊を除いた俺の隊は尾張への帰途についた。
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それとほぼ同刻、美濃国・新加納口。
「い、いかん! こんな所にも伏兵が!!」
「ふ、伏せろ!! 矢が!!」
「の。信長様をお逃がししろ!! あ”ッ!?」
信長方の兵士が次々と倒れていく。そしてその様子を少し高い所から見下ろす男がいた。
「ふん、今勢いのある織田信長とやらもこんなものですか。全く、面白みのかけらもありませんね」
つまらなそうに戦場から目を離し、ゆっくりとした歩調で丘を降る。そしてそこで待っていた武将に命令を下す。
「義道に伝令を、そこにいる織田軍を殲滅しろ、と」
「は!」
「我らの主は?」
「今は天幕にてお休みになっています」
「どうせまた女遊びでしょう。全く、我らの主も困ったものですね」
その言葉に武将は苦笑いを浮かべるしかない。
「仕方ありません。我らだけでやりましょう。直本に織田の後ろの林に兵を伏せるように伝令を、守就は少し東に離れたところでたくさんの旗を掲げて待ち構えるようにと」
「は!」
この男、戦の天才・竹中半兵衛。またの名を”今孔明”。斎藤軍で唯一、いや、今日本で唯一天才と呼べる武将が信長の前に立ちはだかった。




