第80話 八幡原の決戦 参
「わり、遅くなった」
「本当だよ、何してた?」
「家来を連れてきたんだよ」
「「はぁ!?」」
祈と利家が素っ頓狂な声を上げる。あんぐりと口が開いた二人に4人を紹介する。
「こちら新しく俺の部下になった方々です」
「茂です。よろしく」
「小二郎っす。よろしくお願いしまーす!!」
「そーだそーだ」
「遼太郎」
五郎丸、名前くらい言えよ。まあ、こういうキャラのやつが隊に一人くらいいても面白いよね。4人の自己紹介に続き、祈と利家が自己紹介する。
「どうも、大助の妻の祈です」
「「どうも」」
「織田家家臣、前田又左衛門利家だ」
「「どうも」」
「お前ら緊張しすぎじゃない?」
「だ、だってお侍さまとお話しすることなんて今まで……」
「そうっすよ! 変なこと言ったら打ち首っすよ!」
「そーだそーだ」
「……失言、注意」
「利家はちょっとくらいの失言なら許してくれるから大丈夫だよ。それに俺も侍なんだけど?」
「あ、そっか。組長も……」
「とにかく利家には敬語とか気を付けてれば大丈夫だろ。な?利家」
「ああ」
「は、はい! 気を付けます!!」
「そんなことより中央の戦地はどうだ? さっき歓声が聞こえたけど、そろそろ武田の本陣に政虎様が到達するくらいかな?」
「さすがご主人様、ドンピシャです。さっきの歓声は政虎様が武田方の軍師の山本勘助殿を討ち取ったときのものですね」
おおむね予想通り。でも意外だったのはあの隻眼の武将は頭で戦う感じだったのにわざわざ政虎とぶつかる前線まで出て行ったこと。でもまあ理由については大方予想がつく。自分の立てた作戦が原因で負けそうになったのを挽回しようとしたとかそんな感じだろう。
「おい大助! 早く登れ! 始まるぞ!!」
「ヤバイヤバイ! これだけは見逃せねえ!!」
慌てて木に登る。やっと始まる。俺がここに来た目的。武田信玄と上杉謙信の本当の直接対決。
______________________________________
「行けるぞ!! このまま突っ込め!!」
「信玄はすぐそこだ!!」
上杉政虎の部隊が信玄の本陣に突入する。信玄の側近たちを次々と切り捨て、敵大将の信玄の姿を探す。
白馬にまたがり、右手に刀を持った政虎はついに信玄の風林火山の旗印を発見する。2本たってるその旗の間に簡易椅子に座った、ひと際目立つ甲冑を身に着けた威圧感のある男。一目見て直感的に気づく。こいつが怨敵、武田信玄だ。
「信玄か!!」
「いかにも」
「覚悟!!」
信玄に向かい政虎の必殺の一撃が振り下ろされる。
______________________________________
ついに本陣にまで上杉軍が来た。弟・信繁と腹心の勘助も討ち取られた。だが別動隊はもうすでにそこまで来ている。あと半刻も経たずに到着し、形勢は逆転するだろう。我らはそれまで耐え凌げばいい。
だが、物事はそう思い通りにはいかない。それを深く実感した。陣の布に切り目が入り、その奥から白馬に乗った、白い布を頭に巻いた将が突入してくる。そしてその男が大声で我に尋ねる。
「信玄か!!」
「いかにも」
「覚悟!!」
シンプルな上から下への縦切り。それを何とか避けようとするが避けきれず頬に切れ目が入る。
だが当然それで終わりではない。次は右下から左上。それもかわそうとするが兜の鬼の角が折れた。
再々度、白い布を巻いた将が刀を振り上げる。
これは、避けられない。今まで見た剣技の中でも最高最速の一撃。完成された、至高の一撃だ。死んだ、と思った。
「示現流 ”雲耀”!!」
「んぬッ!?」
とっさに頭をかばった右手には戦場でいつも欠かさず持っていた軍配が握られていた。軍配に切れ込みが入る。ただの軍配ならあっさりと両断され、我が命まで奪っていただろう。だがこれは大将軍たる我が持つにふさわしい一品だ。軍配は半分まで切れたところで攻撃を受け止めた。
「まだ……!!」
「死ねぇぇ! 上杉政虎ァァ!!!!」
もう一度、白い布をかぶった将・上杉政虎が我に刀を振り下ろそうとするのを慌てて駆け付けた我の側近が阻止する。政虎は我の側近を事も無げに切り捨てると、我に向き直ろうとして……周りに我の兵が集まってきているのを確認し、馬の手綱を引いた。
「次はッッ!! 必ず貴様の首を取るッ!! 首を洗って待っていろ!! 武田信玄ッ!!」
政虎はそう言い残し、我に背を向ける。
「やれるものならやってみるがいい!! 上杉政虎ッ!!」
我はそう政虎の背中に叫んだ。
そして己の手にある切れ込みの入った軍配を見る。少し持ち上げると切れ込みの入った部分から折れ、地面に落ちた。
「フハハ!! 紙一重だったわけか!! 上杉政虎、我に劣らぬ凄まじい武勇を持った武将じゃ!! フハハハハハ!!」
______________________________________
「クソっ! 仕留めそこなった!!」
もう一度、刀を振る余裕さえあれば必ず信玄を討てた。その確信があった。あと一歩のところで敵の別動隊が到着し、千載一遇の機会を逃してしまった。
政虎は開いている左手を太ももにたたきつける。苛立ちで物に当たるなど普段の私なら絶対にしないことだ。どれほど悔しがっているのだろう。そう自分を俯瞰的に見つめなおし、フッと小さく笑う。
そして冷静に状況を認識し兵たちに指示を飛ばす。
「全軍、乱戦を解き善光寺まで撤退しろ!!」
上杉軍は武田軍の別動隊が到着したことにより形勢不利となり、善光寺まで撤退した。これをもって第4次川中島の戦いは終戦した。