第54話 浮野の戦い (7)
「あるじ様、報告」
俺が傷を治療していると、氷雨が報告にきた。ちなみに天弥はすでに帰還している。
「なんだ?」
「まず右翼、滝川一益殿が我ら同様、敵左翼の堀尾泰晴に突撃。敵左翼は撤退。敵将は討ち取れてないみたい」
「あっちにそんな兵力はなかったはずだけど」
「池田恒興が入ったみたい」
それなら納得だ。でも恒興は中央の守備だったはず。中央が薄くなっては敵の中央を薄くして信長を狙う、敵の策の思い通りの展開になってしまうのでは?
「そうか。それで中央は?」
「ん。敵中央とこっちの中央の戦いは始まってない。でも敵中央に奇妙な動き」
「奇妙な動き?」
「陣形が見たことない感じになってる」
「どんな感じ?」
「分厚い層が何層もある感じ」
「? よくわからんが早く行った方がよさそうだな。氷雨と天弥は引き続き中央の見張りを頼む」
「了解っす」
「ん」
氷雨と天弥が再び戦場にかけていく。
「よし、そろそろ俺たちも行くぞ!!彦三郎、大吾!!」
「はい」
「がはは!やっと出番かいな!!」
「敵右翼は長秀殿に任せて俺たちは敵中央を攻めるぞ!!」
「「おおおぉぉぉ!!」」
「全軍、出るぞぉぉ!!」
「「おおおぉぉぉ!!」」
馬に飛び乗り号令をかける。
この作戦の目的。敵の中央の側面、もしくは背後を攻め、敵軍総大将織田信賢を討つ。できれば氷雨の言っていた変な陣形が何かする前に攻めたい。そう思い、俺たちは急いで馬を走らせた。
物事はそう上手くはいかないものである。銀行に入ったら銀行強盗と鉢合わせることもあれば、研究をして部屋を吹き飛ばすこともある。そしてそれが取り返しのつかないことになる場合もまたある。
俺たちが中央についた時にはすでに敵の軍は動き出していた。敵の第一陣はすでに信長様の本陣近くで戦闘を行っており、二陣ももうすぐ到達しそうだった。三陣もすでに突撃を始めており、俺たちが攻めるはずだった場所にはもう数少ない予備隊しか残っていない。あの中に敵将はいないだろう。それどころかあの数の軍に攻められたら信長本陣が先に壊滅する。最悪の場合、信長が討ち死にだ。
「クソっ!遅かったか!」
「我が主、如何いたしますか?」
「急いで追いかけるしかないだろう」
「はっ!」
「彦三郎は敵の予備隊に矢を打ち込んでから来い。あれに背後を取られると俺たちは壊滅する」
「了解」
「大吾、俺たちは急ぐぞ!!」
「おう!!」
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時は少しだけ遡り、信長軍中央。
前田利家、森可成ら中央守備の軍は壊滅の危機を迎えていた。敵第一陣の攻撃に少数だった前田利家の隊は叔父の前田左馬氶と従兄弟の前田源介が討ち死に。利家は死にかけながらも森可成に合流してなんとか耐えている状況だった。
せめて両翼があればもう少し楽なのだが。左翼の大助、右翼の一益はそれぞれ敵両翼の殲滅に向かった。お互いがまるで示し合わせたかのように同時に行ってしまった。そのしわ寄せとして後方守備の丹波長秀が両翼の守備を担当している。本陣を助けられる軍はない。大ピンチだった。
「がんばれ! 耐え凌げば敵の後方から大助と一益が来てくれる!!」
利家は兵士に檄を飛ばしながら向かってくる敵を槍で串刺しにする。
「利家様! もう限界です! 少し下がりましょう!!」
「ダメだ!! これより下がったら信長様が本当に危なくなる!!」
「よい。又左、少し下がって体勢を立て直すぞ」
後ろから肩に触れられるのと同時にここで聞こえるはずのない声が聞こえた。
「の、信長様!? なぜここに? ここは危険です!!」
「危険なのは承知の上だ。これは戦、しかも俺が始めたな。俺ばかり安全なところで見ているというのはどうかと思うのだ。俺も戦うぞ」
言いたいことはある。信長が討たれたら負けなのがわかっているのか、とか安全なところで見ているのも将の役目ですよ、とか。だが主人の決定だ。何も言うまい。それにこうして肩を並べて戦うのも悪い気はしない。
信長は刀で利家の横にいた敵を切り捨て、利家は信長に切り掛かった敵を槍で突く。信頼しあう主従のなせる技だ。
「やるぞ、又左。この戦、勝つのは俺たちだ」
「ハッ!!」
数刻後、信長と利家らはついに敵に囲まれ絶体絶命のピンチを迎えていた。森可成らとは逸れ、家来の数はついに一桁台になっていた。
「ハァ、ハァ。大助、遅いですね」
「ああ、ハァ、帰ったら説教だな」
返り血まみれ、息も切れている利家。同じく傷だらけの信長。
「俺たちで何人切ったかな?」
「さぁ、どうでしょう? 10や20じゃないですね。それにまだ記録は伸びますよ」
「だな。もうひと頑張りするか」
2人は再び武器を持つ手に力を入れる。
「「ハァァァ!!!!」」
近くの敵を信長が切り、隙ができた信長を狙う敵を利家が突き殺す。
だが、次の瞬間には大量の敵が2人に襲いかかっていた。
「・・・・・・ッ!?」
「クソっ!?」
2人に刃が振り下ろされる。
パパァァァーーーン!!
「!! 遅いぞ!! だいす・・・・・・」
「大助じゃありませんよ。橋本一巴と手勢100人、遅ばせながら参上いたしました」
「一巴!!」
昨晩、慌てて呼び戻した橋本一巴が間に合った。右肩を射抜かれたと言うのに左手だけで銃を操るとは。
「オイラもいるぜ!!」
そう声が聞こえ、周囲の敵が全て死体に変わる。
「可成!!」
「いいタイミングでとうじ・・・・・・」
「「テメェどこで何してやがった!!」」
いいタイミングで登場!!と言い終わる前に信長、利家から罵声が飛ぶ。当然だ。守るべき主人をほったらかしてどこ行ってたのか。
「す、すみません・・・・・・」
「本当によく来てくれたな、一巴」
「ええ、使者が大慌てで来たので。僕も大急ぎで来ました」
「本当によくやった!!」
「ええ、ここは僕らに任せてください。2人は治療を」
「ああ、助かる」
「ありがとうございます」
「あ、そういえば大助が山内盛豊を討ち取ったと報告が入っていました。あと一益殿も堀尾泰晴を撤退させたと。もうすぐこっちにくるはずですよ」
「おお!!さすがあいつらだ!!」
「大助、山内盛豊を討ち取ったんですか。本当に末恐ろしい武将ですね」
「だな」
「本当ですね」
3人は大助の功績と大助の強さに苦笑いを浮かべた。
信長たちは怪我の応急処置をし、すぐに戦場へと舞い戻る。
「さぁ、反撃開始だ。大助と一益が戻るまで耐え凌ぐぞ!!」
「「おおおぉぉぉ!!」」
大助の勝報にこの場の兵士の士気が盛り返す。
(あいつに助けられたな・・・・・・。いや、あいつがいないせいでこんな厳しい状況になっているんだが・・・・・・。プラマイゼロってとこか)